幼女の問い
「おぬし、わしを養わんか?」
いきなり現れた謎の幼女は問う。
ハイドラットは困惑していた、目の前の状況に。
そして、その発言主に。
目の前にいるのは幼女。ただし、普通の幼女でないのは明らか。
誰もいるはずのない場所に、まるで封印されているかのごとく固定されていた。
何を言っているわからない言葉を暫く喋っていたかと思えば突然知っている言葉で話し始めた。
「何を言われてるのか解からん顔をしておるな。なに、話は簡単じゃ。
わしはこのような姿じゃろ。力もない。このまま、おぬしと戦ったところで勝てるかも解からぬ。
本来であれば、服従させてとこじゃが、此度はわしが折れよう。どうじゃ?」
それが当然のであるかのように言い切った。
完全に上からの物言いだ。
胸を張った態度にイラっとする。
まぁ、主張するほどの胸はないんだが。
「おまえは、いったい何者なんだ?」
ハイドラットは、相手の姿に油断せぬよう気を引き締め直し、片手を腰のナイフに手を据える。
「……。」
「……。」
沈黙が訪れる。ただし、静かなのは音だけだ。
幼女の視線は左右を彷徨いしばしば中心から上に上下している。これはあれだ。
「そのような些細なことはどうでもよい。」
「思い出せないんだな。」
「うぐぅ…。」
話を打ち切ろうとしたところに空かさず突っ込む。
どうやら正解だったようだ。
張り詰めた緊張が切れハイドラットは構えを解く。
観念したかのように幼女が口を開く。
「おぬしの言うとおり、自分が何者なのか思い出すせんのじゃ…。」
「いつから記憶してる?」
「おぬしと会ってからじゃの。それ以前は思いだせん。」
「自分のことも思い出せないヤツを養ってどうする。
俺になんの利益がある?」
追い討ちをかける。迷宮にいた幼女。それだけでもなんらかの価値はあるだろう。
ギルドに引き渡して調べればなにかわかるかもしれない。
もし、この幼女がなんらかの情報を持っているのならば、それを独占してしまうのも悪い手ではない。
「生活するには金がかかる。二人となればほぼ倍だ。
俺は冒険者ってヤツでな収入はここの探索で得ている。
ここへ潜るにはそれなりの金が必要なんだ。
お前にかける価値があるのか?」
「おぬしは、ここの深遠へと行きたいのじゃろ。」
幼女が食いついた。
「わしは、おぬしがこの先に行くと言うなら役に立つぞ。」
「それは、証明できるのか?」
「ここでは無理じゃが…」
「話にならんな。」
幼女が言い終わる前に身を翻して立ち去ろうとするハイドラット。
ハイドラットは戸惑っていた、自分に。
この幼女を相手にすると嗜虐心が刺激される。
未だ得体がしれないのは確かだが、相手の体格を考えてまず負けるはずがない。
人以外の人種である可能もあるが、全て曝け出している状態で亜人種であることを示す特徴はない。
仮に、魔法の放たれたとしても2、3発なら程度であれば問題ないし、その間に行動不能にしてしまえばいいのだ。
それに、当の本人も『戦ったところで勝てるかわからない』と言っていた。
つまり、恐れる理由がないのだ。
見た目に対し大きいその態度は、ついへし折りたくなる。
何かに目覚めそうだ。
「おまえさ、養ってというなら態度を改めたらどうだ。
今のおまえの言い方は、人に頼み事をする態度じゃない。」
「そうなのか?これは普通ではないのか?」
聞き返してくる幼女。その顔は驚きに満ちている。
本当に他のやりかたを知らないのかもしてない。
ハイドラットはどうするべきか考える。
「土下座しろ。人に頼み事をするときは土下座をするんだ。
土下座ってのはな、四つんばいになって頭を地面につけるんだ。
で、こう言え、『養ってください、お願いします』と。」
「ぐぅっ。」
幼女の目が潤み、体がワナワナと震えている。
本能的にその行為が屈辱であることを悟ったのだろうか。
耐え難いなにかがあるようだ。
数分葛藤した後、震えながらゆっくりと地に膝をつけた。
それから肘を落とし四つんばいになり何かに耐えるようにゆっくりと地面に頭をつける。
肘の角度が多少違うが見事な土下座である。
「養ってください、お願いします。」
幼女の震える声が響く。
何かに勝った気がした。
「考えてやる。」
「おぬし!!養ってくれる約束ではなかったのか!!」
立ち上がり激昂する幼女。やはり土下座は精神的に来るものがあったようだ。
「約束なんかしていないだろ。俺が言ったのは頼みごとをするには誠意を見せろって話だ。
誠意を見せるのと望む結果が得られるのは別だ。」
そう言ってハイドラットは幼女を嗜める。
「そもそもだ。養うにしても俺である必要ないだろ。
自分で言うのもなんだがお前を養うんだったら俺よりマシなのはいくらでもいるぜ。
外までは連れてってやるから他のヤツに頼めよ。」
ばっさりと切り捨てたつもりだったが、その言葉に幼女はハイドラットを見据える。
「確かに、養てっくれるなら誰でもよい。
じゃが、わしにも目的があり、それはおぬしと同じはずじゃ。」
「同じ?」
ハイドラットは、おもわぬ答えに聞き返す。
「先も言ったじゃろ。ここの深遠へと行きたいのかと
わしの目的もそこじゃ。」
「!!」
深遠を目指すということはつまり幼女の目的は、
「お前は神の叡智を知っているのか?」
「それな物は知らん。
じゃが、わしの欠けた記憶が深遠を目指せと言うておる。
それに、おぬしは他の誰もこれなかったこの場に一番最初に辿り着いたのであろう?
腕もそこそこ立つということじゃろ。
一緒に行くのにこれ以上の者はあるまい。」
「……」
幼女の目的はわからなかった。
だが、自分が深遠に行きたいから深遠を目指す者と一緒にいたい。
養ってほしいという言葉の裏はこういうことなのだろう。
自分がそこそこ腕が立つかは疑問ではあるが…。
「おまえは、俺の役にたつのか?」
「たってみせよう。」
即答。腕を組み自信ありげに言い放つ。
幼女の言葉が本当かだわからないが、証明ができるというのであればそれを見てから判断すればいい。
そう思いハイドラットは、
「わかった。もしそれが証明できたなら考えてやる。」
と言い放った。