プロローグ
暗雲立ち込める中、魂を揺さぶるような嘶きが響き渡る。
常人であれば、恐怖に竦みあがり動けなくなる雄叫びだ。
だが、今日ばかりは違うようだ。
周りを取り囲む数千の人の群れ。
その顔には今までに見たことのない覚悟が現れている
どうやら、今回は手ごわそうだ。
人の群れは幾つもに分かれている。
そのうちのひとつから大きな喊声があがったかとおもうとそれに追随するように群れが動き出す。
最前の輩を蹴散らそうと構えると後方の群れから嵐のように焔や雷、雹などが吹き荒れる。
だが、所詮は嵐。
自身にとっては些細なことだ。
だが、煩わしい。
自分の使命はこやつ等からこの場を守ること。
相手にするには些か数が多すぎる。
ならば、どうするべきか?
選別だ。
意識を集中し、自分に与えられた権限を行使する。
暗雲を貫き3つの光の柱が人の群れを照らす。
「奇跡だ」「祝福だ」などの声があちらこちらからあがる。
その光は勢いを増して強くなり、数瞬後には何も残らなかった。
光が止み沈黙とともに暗雲が掻き消え青空が広がる。
太陽が姿を現すのと同時に絶叫が戦場を満たした。
―――数刻後―――
身体の中を走る新たな衝撃。
既に満身創痍だが倒れるわけにはいかない。
自分一人であればそのまま眠ってしまっても良かったが、今は戦闘中。
意識を失えば、今の自分が再び目覚める保証はない。
自身を失う可能性を認識してしまい恐怖した。
初めて感じる恐怖。それは、思考を曇らせ、秒単位で行われる戦闘において致命的な隙だった。
縦に走る衝撃。
勝敗は決した。
強かった。自分は強かった、圧倒的なまでに。
では、なぜ負けたのか?
弱くなったからだ。
なぜ弱くなった?自我を持ったからだ。
今までは作業だった。
群がるものを効率よく払ってきた。
生きているものは皆殺しに。
二度と立ち向かってこないよう徹底的に。
だが、近年はどうだ?
効率を捨て遊びを優先した。
いや、単純に群がるものに興味を覚えたのだ。
だから、中途半端に殺し、逃げるものは逃がした。
払っても払っても纏いついてくる。
恐怖に染めても、それを乗り越え立ち向かってくる。
それがなんなのかを知りたかった。
結果、多くの恨みを買ったうえに、一昔前には存在しなかった生存者を多く残した。
生存者は情報を残した。
残された情報は整理され、吟味・考察され弱点を突くに至った。
それが此度の結果だ。
遠くなる意識の中おもう。
この自我は自身を滅ぼす危険な存在であると。
捨てなければならない。
だが、おもう。
自我とは面白いものだなと。
自身に課せられた使命を遂行できなかったのは自我があったから。
人が恐怖に怯えながらそれでも立ち向かってくるのは自我があったから。
目に映る人を眺めながら閉じ行く意識の中おもう。
人を知りたいと。
そして、景色が黒に塗りつぶされた…。