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ネコミミ・カプリッチオ  作者: 小鳥こばと
5/8

第5話『トマトジュースと調整豆乳の弾丸』

「ねえ、ねこ子ちゃん。買い物に行かない?」

 午後八時、自室でくつろいでいたねこ子は日月の誘いを受けた。

「こんな時間にですか?」

「こんな時間だからこそ。普段はね、昼間に出歩くのってすごく疲れるの」

「吸血鬼の特性ってやつですか」

「そうそう」

「めんどうくさいから嫌です」

「すごく直球ね」

「変なひとと夜道歩きたくないじゃないですか」

「変なひとじゃないよお。吸血鬼だって」

「だからいっしょに歩きたくにゃいんですよ……」

 この間みたいにいきなり噛まれでもしたら夜道で声を上げてしまいかねないし、そうなれば家族から前科持ちの変質者がひとり誕生してしまう。

「姉妹じゃない」

「一応、そうですね」

「ねこ子ちゃんもまあまあ変な子じゃない」

「それでもいきなり噛みついたりとかしませんし」

「ぐぬっ……」

 まあまあなダメージを与えた。吸血鬼だってメンタルは人並み程度なのだ。

 読んでいたライトノベルに視線を戻すと、主人公の少年が変身能力を手に入れて猫に変身しようとしていたので、ねこ子は頭が痛くなってその本を閉じる。

「……まあでも、たまには付き合ってあげますよ。妹ですし」

 小説の展開がこうなったのもなにかの縁かもしれない。

「ほんと!? よっしゃすぐ行こう、やれ行こう、いざ行こう」

 急かす吸血鬼はうれしそうな顔で、それを見るとねこ子は少しくらい優しくしてもいいかという気持ちになる。

 軽く身支度を済ませて髪型だけ整えると、両親にはコンビニへ行くと告げて外に出た。

「しかし、心音さんって肝っ玉座っているよね。わたしが吸血鬼と知っていて、それでもお父さんと結婚しちゃったし」

 そうなのである。心音はあらかじめ日月の事情を知っていながら、それをねこ子には告げずに過ごしていた。「こういうのは親がどうこう言わないほうが上手くいくものよ」としたり顔で語っていたが、実際はただの放任主義なのだろう。まあ確かに、日月が吸血鬼であることを知ってからは以前ほど距離を感じなくなったではあるけれども。

「肝っ玉て。まあとにかく、お母さんはすごく適当なんですよ。ジャンルは変人」

 あれは人生に対する態度がゆるいんだとねこ子は思っている。

「しかし、夜でも家でも耳と尻尾はずさないねこ子ちゃんもやっぱり変人だよね」

「あーこれ、本物ですよ。っていうか日月さんはいつまで気付かにゃいんですか」

「……………………え?」

 めっちゃ長い間をとった。

「触ったら分かります。血管が通っているので体温もありますし」

 日月は驚きによってしばらく動きを止めていたが、我に返るとおずおずとねこ子の耳に手を伸ばす。

「ん……」

 猫耳をつまむように触ると、すぐに手を引っ込める。

「うわっ、気持ちわる!」

「吸血鬼には言われたくにゃいですね」

「コスプレだと思い込んでいたから、心臓の準備ができてなくてさ」

「心臓じゃなくて心でしょ」

「心臓のほうが吸血鬼の泣き所っぽくていいでしょ」

「はいはい。それで、コンビニ着きましたけどなに買いに来たんですか」

 どこにでもよくある数字のコンビニは、20時を過ぎてくるとすこしだけおっかない雰囲気になる。タイヤがハの字になっているヤンチャな車がエンジンを吹かしていたり、眉毛が逆ハの字になっているヤンチャな兄ちゃんがオラオラ風を吹かしていたりするものだけれど、今日は比較的静かなものだった。部活帰りの男子は店の前でホットスナックにかぶりつき、スマホを見たり周りを見たりと落ち着かない女子は塾帰りの送迎待ちにも見える。

「トマトジュースと調整豆乳」

「20代OLの買い物ですか」

「トクホのお茶とカップサラダ」

「健康診断に引っかかったお父さんか」

「冗談冗談。正直なところ用事とかなくて、ねこ子ちゃんと喋りたかっただけ」

 そう言ってにししと笑う。

「……家でも喋れるじゃないですか」

「でもさあ、家では猫耳の話してくれなかったし」

 ジト目でねこ子を見ながら。

「訊かれれば話しましたよ」

 視線を外すようにして日月に返答する。

「本当かなあ……。ところでねこ子ちゃんなにか飲む? おごるよ」

「そうですね。秘密がなくにゃった記念ですし、姉さんにおごられてあげます」

「!!」

「どうかしましたか?」

 銀の弾丸で撃たれたように胸を押さえてひざまずく日月。

「いやちょっと、吸血鬼の泣き所がキュンキュンってなったっていうか」

「意味が分かりません」

「さっきのもう一回言ってもらえるかなあ」

「意味が分かりません」

「それじゃないよ、もうちょい遡って」

「変なひとと夜道歩きたくないじゃないですか」

「さかのぼりすぎ!」

「おごられてあげます」

「惜しい。その手前」

「面倒くさいです。さっさと買い物して出ましょう、姉さん」

 今度はにししとしたり顔で言った。

「くっ……。かわいいのってずるいよね」

「まあ、妹はかわいがられるのが役目ですし」

「言っておくけど、かわいいもの見たとき血を吸わずにこらえるのって結構大変だからね」

「わたしはまだその吸血鬼設定信用してないですからね」

「ただの痛いひと扱い!?」

「変態でしょう」

 ねこ子に散々言われて日月はどうしたものかと考えこむ。それから数秒してなにか思いついたように笑顔で提案する。

「そうだ、ねこ子ちゃんわたしの胸触ってよ」

 と黒い洋装に包まれた控えめな胸を突き出す。

「……やっぱり変態じゃにゃいですか」

「ああん、違うのー。心臓止まってるから触ったらアンデッドって分かるのー」

「はいはい、設定いいですから帰りますよ。姉さん」

「はうあ!!」

 街灯に照らされた夜道を歩く少女の姿がふたつ、ひとつは準備のできていない心臓を押さえて苦しそうに、ひとつは楽しいおもちゃを手に入れたみたいに笑顔で。

 そのふたりの間には、トマトジュースと調整豆乳の入った袋が揺れていた。

続きます。

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