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ネコミミ・カプリッチオ  作者: 小鳥こばと
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第2話『いちばん身近なヤベー奴』

 窓の外の晴天が鬱陶しく感じられるほど気だるい起床だった。

 頭が重くて(物理的に)なにか行動しようという気になれない。あったかい布団に包まってほかほかふかふか、一生このままでいたいとねこ子は思う。しかし今日の昼には用事があるのだからそうのんべんだらりと過ごしているわけにもいかず、墓から出てきた亡者さながら布団をべろりと剥がし、のろのろとした挙動でベッドから這い出る。一夜明けても直っていない耳としっぽを確かめて、この不可思議な現象についてどう伝えたものかとねこ子は考える。

『にゃっほー、お母さん♪ この度ねこ子は猫耳少女にメニャモルフォーゼしたにゃん♪』

 頭沸いてんのかという話である。かと言って、

『どうしようお母さん……、わたしこんな姿になってしまったの。ねえ、怖いよ……』

 そこまでホラーになるほど深刻な気持ちではない。尻尾も耳も鬱陶しいといえばまあかなり鬱陶しいのだけれど、慣れてくると動かし方のコツがつかめてくる。とりあえず、尻尾なんかは身体に巻きつけておくか、ロングスカートを履いて垂らしておけばそう目立つことはない。耳も大きめフードのパーカーなんかがあれば隠せる……のだけれど、フードをかぶった状態でひとと会うのは無礼だろうとも思う。

 ひとりで考えてみてもやっぱり答えは出ないと結論づけてねこ子は重い足取りで母親がいるであろうリビングに向かった。

 母と娘のふたり暮らしに2LDKは少しだけ広すぎる。築30年のマンションをリノベーションしたその内装は、備えつけの間接照明やコンクリ打ちっぱなしの部分もあったりして、モダンで細身なソファーなんかがよく似合う。ちょっと古くさい外観からイメージすると驚くくらいに今っぽくて、ねこ子にとっては友だちを連れてくるのにも恥ずかしくないとは思う。

 ただ、どうせなら寝室くらいは母親といっしょがいいなと思うのは、この年齢にしては幼い考え方かもしれない。

 フローリングの床をぺたぺた歩き、リビングの扉を開く前にフードをかぶり直す。深呼吸を一回、二回、三回。お母さんを深刻にさせないような表情とセリフを頭に浮かべてから、もう一度だけ深呼吸。よし、

 扉を開く。

 台所を横目に過ぎたところで、リビングのソファーに座っている母、猫宮心音ここねの姿を見つけた。

「おふぁようごじゃいます……」

 心音はねこ子よりも先にゆるーいあいさつをする。心音はいささか朝に弱い。

「おはよう、お母さん」

 作り笑顔で返事する、そんなねこ子を見て怪訝そうな表情の心音。それもそうだろう、フードをかぶっていようとも猫耳の存在感はかなり大きい。あまり長いこと誤魔化しておくのも自分の心臓に良くない。ねこ子は意を決して――

「あの、お母さん」「あの、ねこ子。もしかして!」

 声が重なった。こうなるとなんとなく数秒の間、相手の出方をうかがって沈黙してしまう。

「ねえ、ねこ子。もしかして、猫耳が生えたんじゃないですか?」

 先に言葉を投げかけたのは心音のほうだった。しかも幸か不幸かいきなり核心を突いた話題に切り込んでくる。ねこ子はその問いかけに首肯する以外できなかった。

「……そう。ねこ子、良かったですね! あなた大人の女猫になったんですよ!!」

 ぱあっと笑顔の大輪を花開かせて、心音が嬉々としてねこ子に告げる。

「……は?」

 対するねこ子は、まるで言われたことの理解が追いついていない様子で、その表情は完全に素の状態になっていた。ぽかーんとか「・・・」とかで漫画表現されそうな顔だ。

「あのですね、ねこ子。今まで説明してこなかったのですがわたしたち猫宮一族の女系は大人になるにあたって、初潮とかによって性徴を示すのではなく、猫耳が生えることによって大人になった証を得るのです♪」

 意味不明だった。友だちに宗教の話題を振ったら、めっちゃノリノリで自分の知らない教祖の名前とか概念とかを提示されてその宗教に勧誘されるくらいの衝撃がある。まして、相手は友だちとかではなく実の母親だ。生まれてきてずっとともに過ごしてきたという点で誰よりも近い存在であるはずの彼女に、そんなことを言われるとは思っていなかったに違いない。

 カルチャーがショックする。

 数秒か数分か、時間を数えてはいなかったが完全にねこ子は脳みその電源を落とした。

「はあああああああぁぁああああ〜〜〜〜〜????」

 音楽の授業でしか使ったことのない長音で、ねこ子は大きなクエスチョンを投げ返す。

「猫宮一族の女系ってなによ? すげえ曰くのある一族なのわたしたち? そもそもお父さんと結婚したはずなのに苗字変わってないのにゃんでだ―!! つうか猫耳生える一族とか言ってんのにお母さん耳生えてないしそもそもその変な因習なに平然と受け入れちゃってんのよ異常じゃんこの一家〜〜〜!!」

 一息にまくし立てた。

「猫宮一族についてはおいおい語るとしてですね……」

「いやいや、今語ってよ!」

「お父さんは婿養子ですよ」

「初耳だけど、今とにゃっては割とどうでも良い情報だよそれ!」

「あと、耳とか尻尾みたいな特徴は思春期が終わる頃には自然と消滅しちゃうから、あまり気にしなくていいので」

「気 に な る わ! 猫耳と尻尾つけて学校行ってみ? 絶対アレじゃん、風紀の先生に怒られるし挙句全裸にされて本当の尻尾かどうかチェックされたりして、わたしは泣きながら生徒指導室で超絶屈辱的な目に遭うんだよ! 穢れも知らないはにゃが散るよ―!」

「大丈夫ですよ! お母さんのときは、ちょっと痛いコスプレ癖と思われるだけでしたし」

「大丈夫じゃないじゃん! 思春期半ば棒に振ってんじゃん!」

 人生トップクラスの勢いで母親に反論しまくった。

 ツッコみ疲れてうなだれるねこ子の肩に手をやり、心音は「今晩は赤飯ですね」などと考えながら優しい笑顔で言う。

「おかしいことじゃないのよ」

「十分おかしいですやんそれ……」

 疲れ果てるほどツッコみを入れても、猫耳少女となった事実は変わらずねこ子の身体のあちこちに現出しており、ねこ子は体質の謎についての解明を一旦放棄した。

「はあ……で、どうするの? この状態でわたし義姉さんににゃるひとと会うの?」

「ええ、大丈夫ですよ。先方には猫宮一族はコスプレ好きだと伝えていますし」

「違う意味で大丈夫じゃないからねそれ!?」

 うちの母親の性格はこの猫耳体質よりもおかしいんじゃないか。

(頭を抱えてばかりじゃダメだ、わたしはせめてまともな常識人であろう……)

 そんな決意を胸に、拳を握り、尻尾をぴーんと張った。

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