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ネコミミ・カプリッチオ  作者: 小鳥こばと
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第1話『ねこ語は生えてくるものらしい』

「やべえ」

 二十三時の静寂に響く、少女の低くて昏い鳴き声。

 別に彼女が国際的なスパイで、義手とかから武器出るような追手に追われているわけでも、父の大事にしている壺をうっかり壊して頭を抱えているわけでもない。むしろ割と祝福されるような案件で少女は悩んでいた。

「どうしたらいいんだ……」

 視線の先、自室に設えられた姿見に映るはパジャマのフードをかぶり俯く阿呆が一匹。

 十五歳の少女、別に分かり合えない大人たちを憎むような性格でもなく、夜だからといってバイクを盗んで行く先も分からず走る必要もない。宿題も終えたし別にもう寝るだけだ。

 ただ、そのときの彼女にとって今日はいつもとふたつだけ違う夜だった。

 ひとつは彼女の母親が再婚をすることとなり、明日、義姉となる人間が家にやってくる予定であること。そして、もうひとつは――

「なんでこんにゃことに……」

 鏡の向こうの自分がかぶっているフードが、両側頭部付近でぽこっとふくらんでいること。それから、パジャマのズボンと下着の間を割と不随意に動くふさふさした物体が、どうやら尻から生えているらしいということだ。

「つまり、これって猫耳少女ってヤツにゃんだよな……」

 フードの中のぽこっとしたやつは三角錐に近い形をしており、その外側を触るとびっくりするほどふさふさしている。簡潔に表現すると「猫の耳」という感じなのだが、人間用のサイズなのか、自分の手に収まりきれない大きさでまあなんというか、帽子とかで隠せそうな存在感ではない。

「はあ、またにゃんでこんなときに」

 先程から五割くらいの打率で「な」を「にゃ」と発音している。そう言えば耳と尻尾が生えたあたりから、口の中にもなんか違和感がある。

「いっ!」

 鏡の前に顔を突き出して、イを発音する時の唇を指で大きく横に広げる。

「うぇっ!?」

 びびった。鏡を見た自分自身が驚いて仰け反るときた。歯並びに問題のないことがひそかな自慢だったはずなのに、犬歯が、なんだかめっちゃ長くなっている。

 猫宮ねこ子、十五歳。成績は上の中。容姿に強い自信があるわけではないが、別に親から変なものをもらったというつもりはない。父を仕事上の事故でなくし、しばらく片親で過ごしたことがねこ子の生育には結果的に良かったのか、中学では勉学に励みつつ家事の手伝いも自発的に行うなど割と親孝行で通っている。まあ、ちょっとマシな「普通の子」の範疇だ。

 それがどうだ、生まれたときから割りと違和感のあった「猫宮ねこ子」というフルネームが今ではびっくりするほどしっくり来る、猫耳少女としては普通の子だ。普通じゃない。

 もう一度、鏡の前で「いっ!」するが、犬歯は短くなっていない。これは夢じゃない、頭を抱えて座り込むと、耳とパーカーのフードがこすれてなんだか心地いい。違うそうじゃない。

 風呂に入るまでは普通だった。猫耳少女っぽい名前である以外は突出したところのない少女だった。身体を洗って浴槽に浸かっている間、Cat PowerやNeko Caseの楽曲を口ずさむ洋楽好きな一面を見せたりもした。バスタオルで身体を拭う前に思いっきり身体をよじって水滴を飛ばす、ん? あれ? それから残った水滴をバスタオルで完全に拭き取ったあとパジャマに着替えて自室でドライヤーを使い髪をブローする。喉のあたりにタオルを往復させているとなんだか気持ちいい。そうして髪も乾ききって、よっし明日はお姉さんになるひとと会うんだし早めに寝ちゃおうと思って部屋の姿見の前を横切った時のことだ。

「やべえ」

 クラスメイトの女子が使っていても自分では必死に使わないようにしていた雑な言葉が割と簡単に口を突いた。

 頭を猫耳ごと抱える。今は深夜二十三時、とても解決できる問題とは思えない。とりあえず朝一真っ先にお母さんと相談してみて、一日の身の振り方を決めよう……。

「お母さん、きっと驚くだろうにゃあ」

 へにょりと垂れた尻尾を身体に巻きつけて今は睡眠を優先することにした。なんだか、寝姿も猫っぽくなってないか、わたし。

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