*61*アレクシスとミゼリカのuntrue love story Ⅺ
兄上からエメリアの病の告白を受け、俺はミゼリカに、この事実を話すべきかどうか迷っていた。けれど、彼女は薄々気が付いていたようだ。
その夜、ようやく腹をくくった時には、悲しそうに「やっぱりそうなのね……」と一言呟いただけだった。
ミゼリカは、俺よりもエメリアといる時間の方が長いのではないかと思うくらいに、二人は姉妹のように仲が良かった。それが、この数週間、エメリアの来訪がぱたりと無くなったのだ。彼女の体調が芳しくなかったのは、当然ミゼリカも感じ取っていた。それ以上、俺には何も言っていなかったが、ミゼリカはミゼリカなりに考えていたらしい。
”その先”を考えたくなかった俺は、「ああ……」とだけ返答し、寝台へと横になった。ミゼリカも無言のまま俺に続く。
しん……と静まり返ったそこは、余計に嫌な想像を巡らせてしまいそうになる。眠れそうになかったが、かといって彼女を抱く気にもならなかった。
「アレクシス様」
「ん……?」
その時、突然に名を呼ばれた。ふいと振り返ると、間近にミゼリカの顔があり、俺は不覚にもドキリとしてしまう。
「なっ……ミゼリカ?」
ミゼリカはそろりと俺の体に腕を回し、胸に寄り添うようにして涙を流していた。唐突な彼女の行動に思い掛けず動揺してしまう。それに、彼女の方から、こんな風に触れて来たのは初めてかもしれない。
「アレク、シス様っ……わたし、嫌……ですっ……。エメリアが……死んじゃう、なんてっ……!!」
「ミゼリカ……」
必死に自分の想いを伝えようとする彼女の顔は涙で酷い事になってしまっているのに、どうしてか「綺麗だ」と思う。
それから、不意にミゼリカと結婚した日を思い出した。
そういえば、あの時も綺麗だと思ってた。
あの晩にミゼリカを泣かせてしまったんだ。
そんな事を考えていたら、無意識に「ふっ」と笑みが零れた。
こんな時に不謹慎だろうか。けれど、こんな時だからこそ彼女を支えてやりたいとも感じる。
俺は彼女の頭の後ろへと、そっと手を忍ばせた。
「大丈夫だ。きっと助かるさ」
安心させてやるように囁くと、ぐっとミゼリカの腕が強張るのが分かった。
本当は自分自身、エメリアが助かる望みが薄い事くらい気付いてる。けど、そう信じるくらいさせて欲しい。例え、その可能性が無いに等しくとも……。
それから俺たちは、互いの温もりを感じながら眠りについた――――
しかし、それから三日後、事態は急変した。エメリアの体調が急激に悪化したのだ。
医師たちの必死な看病も虚しく、その晩、彼女は息を引き取った。そんな事実、誰も信じたくはなかったし、受け入れたくもなかった。
けれど目の前に在ったのは、「エメリアが死んだ」という無情な現実だけだった。
礼拝堂の棺の中、両手を胸に添えて横たわるエメリアは美しかった。昔のように笑い掛けてくれそうな気さえする。だが、俺の好きだった若草色の瞳を見る事は、二度と叶わない。
彼女の周りには、たくさんの深紅の薔薇が散りばめられていた。彼女が、そう望んでいたらしい。
エメリアは、自分の「死」を予感していたのだ。
ミゼリカも、ローザリカも、彼女を想って泣いていた。それから、俺も……。
「エメリア……っ……」
只々悲しくて、涙が溢れて来た――
国葬の間中、兄上は虚ろな表情で俯いたままだった。必要最低限の会話のみで、俺とまともに視線を合わせようともしなかった。
けれど、それも仕方の無い事だろう。
もしも、ミゼリカが死んだら……?
ローザリカが死んだら……?
そんなモノ、考えたくも無い。想像するだけで「恐い」と思ってしまう。
だが、ずっと悲しんでなどいられないのだ。俺たちは、もっと大きなものを背負っている。自分よりも、はるかに責任感の強い兄の事だ。言葉には出さずとも「兄上も、きっと立ち直るだろう」と、この時は、そう思っていた。




