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*60*アレクシスとミゼリカのuntrue love story Ⅹ

 それから、やはりミゼリカに妊娠の兆候は見られなかった。医師(ドクター)の診断に誤りは無かったという事だ。

 その代わり、ローザリカが誕生してからおよそ二年後、再びエメリアの懐妊という吉報が届けられたのだ。二度目の出産であった為、彼女にとってもリオンの時程には不安では無いようだった。

 だが、エメリアが穏やかに腹をさする仕草は、一度目の時のそれと全く変わらなかった。傍に寄り添っているリオンへは、ニコリと眩しいくらいの笑みを浮かべ、愛おしそうに頭を撫でてやっている。それは母としての温かさをひしひしと感じさせ、俺の知っているエメリアでは無いのだという、どことなく心寂(うらさび)しさのようなものを抱かせた。


 時折り、ふと彼女のそんな姿を目にした。


 ”母”としてのエメリアは、”アルダン王妃”として凛とした佇まいを見せる時とは、また別の強さを感じる。彼女は母として、また、王妃として堂々と務めを果たしていた。

 そんなエメリアを見る度に、「自分は何をしているのだろう?」という惨めな思いに駆られる。


 ミゼリカとは、あの日以来、特に大きないざこざも無い。俺の隣にいるミゼリカが貴族たちの目に触れる度、「お綺麗な奥方様でいらっしゃいますね」と羨まれもした。今はローザリカも加わり、離宮(いえ)に戻れば妻と娘に囲まれた”幸せ”があった。

 きっと、(はた)から見れば”理想の家族”であり、”理想の夫婦”なのかもしれない。


 だが、恐らく俺たちは、いざこざを起こすくらいまで心を許していないのだと思う。

 けれど、彼女との結婚を決めた時、同時に「感情を捨てる」と決意した。


 

 だから、これで良い――――






――――エメリアの御産の目星が、あと一月程に迫っていた折だ。


 その頃俺たちは、元々脆弱(ぜいじゃく)な彼女の体が、以前にも増して弱々しくなっているのを感じていた。調子を崩す頻度が多くなっているのは誰の目から見ても明らかだったのだ。

 そんな時、兄上は執務中でも落ち着かない様子でいて、彼女の事を気にしているのは自分でなくとも感じ取っていただろう。「そんなに気になるなら、あとは俺がやっておきますから……」と進言しても、「いや、大丈夫だ」と(がん)として聞き入れようとはしなかった。

 何故なのかは分からない。だが、兄上は何かに突き動かされるように、只々がむしゃらに執務に没頭していたように見えた。




 暫くの後、エメリアの陣痛が始まった。直ぐ様、医師(ドクター)看護婦(ナース)、侍女たちが慌ただしく準備を進め始める。やはり兄上は彼女が気掛かりだったようだが、「今は何も出来ないだろう」という兄の言葉に(うなず)いた。それから、「今日くらいは執務を休んでも罰は当たらないか」と最後に言い添え、隣室で自分も共に待機する事にした。

 俺は「”休むな”と言った事など無いでしょうに……」と思ったが、それを口にはしなかった。 


 数刻の間、俺と兄上はお茶を飲みながら嫌な時間を過ごした。一、二度言葉を交わしては、しん……と部屋が静まりかえる。そんな事を幾度となく繰り返した。

 その合間には、時折りエメリアの辛そうな声が漏れ聞こえてくる。その度に兄の眉間には深い皺が刻まれた。



 どれ程の時が経っただろうか……。兄との重苦しい沈黙は未だ続いていた。

 そんな折、不意にバタバタと(せわ)しない足音が近付いて来るのに気が付く。兄上もそれを察したようで、「いよいよか」と微かな呟きが聞こえた。

 その直後、そろりと入室して来た侍女によって告げられた。


「お待たせ致しました! 御息女様の誕生でございます!」


 娘、か……。


 俺は一瞬、ローザリカが誕生した時の事を思い出していた。あの時も、こんな風に知らされたのだ。


「ああ、直ぐ向かう。行くぞ」

「はい」



 王女の誕生を祝いに、ミゼリカとローザリカも彼女を訪ねに来た。

 寝台に横たわっているエメリアの顔色は悪く、未だに「はぁ、はぁ……」と苦しそうな息遣いは治まっていない。リオンの出産時よりも、明らかに体力が奪われているのが分かった。彼女は生まれたばかりの我が子を抱く事も出来ずに、兄上の腕の中にいる娘に目線だけで愛情を捧げている。


 その視線の先にいるのは、父である兄上の碧い瞳と、母であるエメリアのライトブラウンの髪を受け継いだ赤子だった。


 ミゼリカは、赤子を愛おしそうな面持ちで眺めている。対してローザリカは、初めて見る自分より幼い子に、「わーっ!」と大きく目を見開いて興味津々な様子だった。

 二人共、新たな命の誕生を心の底から喜んでいる。そんな妻や娘を見て、俺は無意識に頬が緩んでいた。


 こういうのも”幸せ”と言うのだろうか……。


 何故だか、そんな事を考えていた――


 


 暫く、ミゼリカやローザリカと他愛もない話をしていた時だった。俺は、ふと気付いたのだ。

 赤子に全く関心を示そうとしないリオンが、エメリアの傍から離れようとしない事に……。


 リオンは、未だにくたりと横になっているエメリアの隣で、不安げに彼女をじっと見ていた。小さな彼の掌はぐっと強く握られていて、まっさらな敷布(シーツ)に皺を作っている。


「ははうえ……」

「心配掛けてごめんなさいね、リオン。大丈夫よ」


 エメリアは弱々しそうな腕をなんとか伸ばし、リオンの頭を撫でてやっていた。彼女は笑みを浮かべていたが、無理をしている事に俺は気が付いていた。


「リオン、どうしたの?」


 ローザリカも、どこか可笑しいリオンの異変を感じ取ったようだ。リオンの顔を、心配そうにじっと覗き込んでいた――




 エメリアの容態は、一向に回復する兆しを見せなかった。それどころか、悪化しているような気さえしていた。

 そんな中でも、彼女は子の名付けを自分でしたいと申し出たらしい。兄上はエメリアの意思を尊重し、名付けを彼女に一任したのだ。


 そうして兄上たちの娘は、エメリアによってリーリエと命名された。

 ”百合(Lilie)”を冠したその名は、「何物にも染まらない、純粋で凛とした女性に育って欲しい」という彼女の願いが込められていた。




「兄上、エメリアは大丈夫なのですか?」

「……さぁ、どうだろうな」


 以降も、時々は兄へと彼女の話題に触れてはみたのだが、生返事が返ってくるだけでしか無かった。



 そんな日が、幾日か続いた。



 すると、ある日唐突に「実はな……」と告げられたのだ。エメリアは、近年流行している病に侵されている事を……。


 何故、城の中にまで病の(もと)が侵入してしまったのかは、はっきりしていない。恐らくは、城の内外へと出入りしている兵士たちや、夜会などで入城する貴族たちによって持ち込まれてしまったのではないかというのが、医師(ドクター)の見立てだった。



「なっ……嘘、だろう……?」

「……」


 それを聞いた俺は、只一言、そう呟くのが精一杯だった。目の前が真っ暗になり、そのまま倒れてしまいそうな気さえする。兄は、虚ろな眼差しで俯いたまま微動だにしなかった。


 だが、それも仕方の無い事なのだ。



 その病魔に蝕まれた者が助かる可能性など、ほとんど皆無であったのだから……――――


 

  





Lilieリーリエ=ドイツ語で百合という意味です。

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