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*53*アレクシスとミゼリカのuntrue love story Ⅲ

「ふぅ……」


 式典等に使われる大広間の隅にいる俺は、葡萄酒(ワイン)を嗜みながら一息ついた。ここは舞踏会が開かれる事もあり、大勢の男女(パートナー)たちが共に踊ったとしても窮屈な広さではない。

 高い天井には、遠い昔に有名画家によって描き出されたという女神や天使たちが微笑んでいる。そこからは幾つもの煌びやかなシャンデリアが垂らされ、無数の蝋燭によって淡く落ち着いた雰囲気(ムード)が広間を包んでいる。大理石が敷かれている美しく磨かれた床は、淑女たちの(ヒール)によってカツカツと心地良い響きを生み出していた。


 先程から何度か令嬢たちからの”お誘い”があったのだが、俺はそんな気にはならず、ぼうっと慌ただしく行きかう使用人(もの)たちを眺めていた。

 しかし、どうしても”あちら”へと目が向いてしまう。


 日差しが目一杯降り注ぐ礼拝堂で、無事に婚礼の義を済ませた兄上たちは、これから開かれる夜宴の為、次々とやって来る賓客たちに満面の笑みを振りまいている。

 エメリアは、ふんだんにレースがあしらわれ、滑らかな鎖骨や細い腕を惜しみなく曝け出した真っ白なウエディングドレスに身を包んでいた。いつもは下ろされている艶のある髪は見事に編み込まれており、彼女が一番好きだという深紅の薔薇によって留められている。

 エメリアの白い肌や纏っているドレスとは対称的で、それは一層彼女の可憐さを際立たせていた。




「アレクシス」


 その時、不意に幾らか低めな女性の声がした。


「……母上」


 そこに居たのは、半年ぶりに会う母だった。

 だが、僅か半年程の間であるというのに聊か老け込んでしまった感がある。緩く巻かれている茶色(ブラウン)の落ち着いた髪色と瞳は、幼い頃から俺たち兄弟を安心させてくれた。華美な装飾が施されていない薄茶(ベージュ)色のドレスは、この国の王太后という身分とは裏腹に、ひどく控えめな印象を受ける。


「お久しぶりですね、母上。兄上の婚礼にも、ご出席なされば良かったのに」

「……ええ。でも、なんだか少し顔を出しづらかったのよ。あなたたちには悪い事をしてしまったから。それに、”あの人”にも……」

「……。悪い事だなんて……」

「なのに駄目ね……。結局、こうやって来てしまうんだもの」


 「寂しくなかった」と言えば嘘になる。けど、それは母上だけの所為では無い筈だ。



 父と母は、典型的な政略結婚だった。二人の間に”愛”があったのかと問われれば、俺からの見方では「否」としか言えない。

 父は、息子の俺から見ても相当に堅苦しい人だった。どんな時でも国の安寧を第一に考えていた。何よりも、アルダンの事を憂う気持ちからくるものであったのだろう。それは、父上の父――祖父から託された”願い”が、そうさせていたのかもしれない。


 そして、父は不器用な人だった。だから、それを”妻”にまで向ける事が出来なかったのだと思う。


 結婚前まで、大自然の中で自由気ままに過ごしてきた母にとって、城の中の生活は窮屈なものでしか無かった。だが、それを支えてくれたであろう”夫”は、母を顧みてはくれなかったのだ。

 きっと、いつからか精神的にも追い詰められていたのだろう。世継ぎである兄や俺を産み育てて役目を終えた母は、俺が十歳の時に東方にある離宮へと移り住んでしまった。

 特別な式典や公務の折にやって来ては、責務を全うすると自分の離宮(いえ)へと帰って行く母を毎回見送るのは辛かった。


 だからかもしれない。

 俺が、エメリアを欲する想いが強いのは……――



 そんな母上と半年前に会ったのは、父上の葬儀の為だった。


 ある時から、父は風邪を拗らせたのか、酷い咳をするようになったのだ。だが、職務を優先するあまりに治療を怠ってしまっていた。


 そんな日が、数日続いた。


 けれど、父の容態は良くなるどころか悪化の一途を辿るばかりだった。いよいよ見兼ねた宰相が、無理矢理に医師(ドクター)に診せると、それは只の風邪では無かったのだ。それが肺炎だと発覚した時には、既に手遅れだった。

 過労や、「王であろう」という重圧もあったのだろう。父は真面目すぎたのだ。


 結局、父上はそれ以上回復する事は無く息を引き取った。


 父の葬儀の為、久方ぶりにやって来た母は、意外にもこちらが苦しくなってしまうくらいに泣き崩れていた。”夫”が亡くなったのだから当然ではあろうが、何故だか俺には、それ以上の”感情”がそこに存在しているような気がしたのだ。


 それからの半年間は慌ただしかった。


 父上の国葬を終えた後、兄上の王位継承の為の戴冠式が行われた。それまで父が身に付けていたマントは、その日から兄の背へと受け継がれる事となった。そして、無事に”王”として即位した兄は、直ぐにエメリアとの婚礼の準備に入ったのだ。

 それまで、特別その日取りが決まっていた訳では無い。だが、「王の崩御」という民の間での重苦しい空気(ムード)を払拭する為でもあったのだろう。兄は彼女との婚礼を進め、今日(こんにち)に至ったのだ――




「兄上たちにも挨拶してきたらどうですか?」

「……」


 俺は、母上へと当たり前な提案をした。

 けれど、母は一時応えを渋る。それから、こちらへと真剣な眼差しを向け口を開いた。


「……アレクシス。あなたはどうなの?」

「え……?」


 あまりにも想定外な母からの質問に、俺は暫くぽかんと口を開き固まってしまう。

 


『あなたはどうなの?』



 そこに、どんな想いが込められているのかは分からない。だが、母から俺へと真っ直ぐに射抜かれている視線は、己の全てを見透かされているようで恐かった。


「後悔を……して欲しくないのよ……」

「え?」


 母は、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際ほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。そして、俯き加減のまま続ける。


「私はね、あの人の事を支えられなかった、弱かったのよ……。あの人は不器用な人だったから。本当はね、私の事をとても気に掛けてくれていたのに気付いていたわ。けれど私が逃げたのよ。あの人からも、あなたたちからも……。だから……」


 すっと顔を上げ、こちらへと向き直る。



「お願い。あなたは……あなただけは、後悔しないでね」



 そう言うと、母は懇願するような哀しそうな瞳で俺を見つめた。そして「ふっ」と一度(おぼろ)げに微笑み、「じゃあ、また後で」と言い残した後、兄上たちの下へ向かっていった。


 去り際に、「あの子には、生まれた時から選択肢が無いのだから」という囁きを残して……――




 俺は暫くぼうっと佇み、母上の言葉を反芻していた。母の言う「あの子」とは、きっと兄上の事だろう。

 兄は、王の第一王子として誕生した瞬間から、”次期国王”という肩書を背負った。父からの厳しい教えを乞うてきた兄が、どれ程辛い思いをしてきたかくらいの想像は出来る。


 「王となる」――だが、弟である俺は、それを”本当の意味”で理解してやれないのかもしれない。

 けど――


 ちらりと、あちらへ視線を送る。

 兄は、しばらくぶりに会う母へと嬉しそうな面差しを向けていた。その隣には、”義母”となる母と楽しそうに語らっている彼女がいる。

 そこには、幸せに満ち溢れた家族の姿があった。


 母上……第二王子である俺は、既に生まれた時から後悔してるのさ。


 「どうして第一王子として生まれなかったのだろう?」――そんな、考えても仕方の無い事を永遠と繰り返している。

 父や母を恨めしく思ってしまっている。



『あなただけは、後悔しないでね』



 兄上は、あんなにも幸せそうじゃないか……!!


 不意に目頭が熱くなってしまい、ぐっと瞳を閉じてそれを耐える。その眼裏(まなうら)には、愛しい彼女の姿が映っていた……――――






――――あれ以上、大広間にいたくなかった俺は、逃げるように近くの露台(バルコニー)へと向かった。使用人たちによって抜かりなく磨き上げられているそこは、広間からの僅かな灯りの中でさえ真っ白な輝きを放っていた。ふと夜空を見上げると、無数にある星々が燦々(さんさん)と煌めいている。

 俺はそこに肘をつくと、「はぁ……」と無自覚にため息をついてしまった。大広間(あちら)にいる者たちと自分を比べ、あまりの感情の落差に嫌気が差しているのかもしれない。

 だから、目の前に広がっている暗闇へ向けて、思いの丈を吐き出してやろうと思ったのだ。



「あーやってられねー!!」

「あーやってられないわ!!」



 ………………。



「え?」

「え?」



 その折、自分の声と右手から聞こえた女性らしき高い声が、ほとんどぴたりと同時に重なったのだ。あまりの瞬間(タイミング)の良さにドキリとした俺は、バッと勢いよく声の主の方を振り向いた。


 すると、そこに居たのは、俺と同年代程の女だった。


 彼女も大きく目を見開き、ひどく驚いているようだ。これまで開かれた夜会や舞踏会等でも見た事の無い顔だった。

 彼女は、肩から胸元までの女性らしい曲線美を露わにした水色のドレスを纏っていた。清らかな銀の髪は、きっちりと夜会巻きにしている。銀灰色の瞳は、吸い込まれてしまいそうな不思議(ミステリアス)な引力を覚えた。

 それから俺は、つい日頃の癖で無意識に“ある部分“を観察(チェック)してしまう。



 ――結構でかいな――



 それが、彼女への第一印象だった。







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