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*52*アレクシスとミゼリカのuntrue love story Ⅱ

 そんな無意味な自信を打ち砕かれたのは、俺が十六歳、エメリアが十三歳の時だった。

 

 その頃には既に、俺は彼女に対し"妹"以上の感情を抱いている事を自覚していた。「いつから」だなんて覚えていない。只、エメリアへの想いは自分にとって純粋で大切なものだった。

 彼女はあまり体の強い方では無かった。そのため、急にふらりと倒れてしまう事があり、度々俺や兄上を冷や冷やさせていたのだ。だからより一層、「エメリアを守ってやらなければ」という思いが強かったのかもしれない。





――――その日も、俺は一際体調が悪そうに見えたエメリアに不安を募らせていた。その上、いつもより茶菓子の手が進んでいないようにも感じたのだ。


「大丈夫か、エメリア?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、アレク」


 エメリアは気丈に笑みを浮かべていたが、「はぁ、はぁ」と荒い息遣いは隠しきれていなかった。俺は、そっと肩に手を添えて彼女を支えてやる。

 その行動は「エメリアの為」と自分自身に言い訳をしていながら、その実「俺自身の為」のようなものだった。彼女に触れている(ところ)が熱く、ドキドキと煩い鼓動は張り裂けてしまいそうな程に体中を駆け巡った。


 このまま、俺の気持ちを伝えてしまおうか……。


 そんな想いが頭を過ぎる。

 だが――


 伝えたところでどうなる……?

 父上が決めた事だ。

 エメリアは兄上の婚約者であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 俺の意志など、どこにも無い……。


 結局は虚しさに支配されるだけでしかなかった。 


 彼女への気持ちが大きくなればなる程、俺の心はぽっかりと穴を開けていく。

 「エメリアに俺の気持ちを知ってほしい」「エメリアを自分のものにしたい」――そんな望みを抱いては、「彼女は兄の妻だ」という現実に立ち(すく)む。

 俺の中の相反する想いが胸の奥で絡み合い、どす黒いモノへと変わってしまいそうで恐かった。



――「エメリア! アレクシス!」


 その時、どこからか俺たちを呼ぶ声が聞こえた。ふと、そちらの方へ目線を向ける。

 それは、足早にこちらへとやって来る兄上だった。俺は咄嗟にエメリアから手を離した。


「はぁー、疲れた……。やっと終わった。全く父上は容赦が無い」


 兄は、ぶつぶつと既に恒例となっている父への愚痴を披露していた。そろそろ陽は傾き始めているところだ。兄が文句の一つも言いたくなる気持ちも分からなくはない。


「レオ様……」

「ん……? ああ悪いな、エメリア。つい独りの世界に浸ってしまった」

「ふふっ、大丈夫ですわ。それがレオ様ですもの」


 エメリアは心地良さそうに微笑み、兄の顔を眺めている。彼女の口調は、「あなたの事は全て知っている」とでも言いたげな口振りだった。

 

「……? エメリア、お前もしかして……」


 その折、兄上も彼女の異変に気付いたようだ。すっと手を伸ばし、エメリアの額に手を添えた。


「あっ……!」


 すると、彼女は先程から赤らんでいた頬を更に真っ赤にさせて狼狽(ろうばい)し、俯いてしまう。


 ……?


 俺は、どこか嫌な予感を覚えていた。


「やっぱり……。いつも我慢するなと言っているだろう。私を待っている必要は無いんだ。自分の事を第一に考えろ」

「……。はい……」


 兄上は、微かに怒りの籠もった声色でエメリアに言い聞かせた。彼女は、しゅんと項垂れてしまう。


「とにかく、もうすぐ陽が沈んでしまう。ここにいたら余計に悪化するだけだろうな」


 そう言うと、兄はエメリアの背と膝裏に手を添え、彼女をそっと抱きかかえた。


「あ……」


 すると、再び彼女は心底嬉しそうな面持ちで、直ぐ近くにある兄上の顔を覗いた。彼女の若草色の瞳は僅かに潤んでいる。

 それからエメリアは、白く細い腕をぎゅっと自ら兄の首元に絡めた。


「ふっ、お前は昔から甘えたがりだな」


 兄上は、優しそうな瞳で彼女を包んでいる。


「レオ様のせいですのよ」

「え……?」

「あっ……! いいえ、何でもございませんわ!!」


 そう言ってエメリアは、今日一番の真っ赤な顔をさせ、恥ずかしそうに一段と兄の体へと密着した。それから、(とろ)けてしまいそうな瞳は真っ直ぐに兄の碧い瞳を捉えている。

 ぽつりと小さく呟いた彼女の言葉は、兄上には届かなかったようだった。



 なのに何故だろうか。俺にはしっかりと聞こえてしまった。それに籠められたエメリアの本心さえも……。



「まだ、しばらく城に滞在するのだろう? 今日はゆっくりと休む事だな」

「はい……」


 彼女は、兄の言葉に素直に従った。それから、本当に幸せそうに微笑んだのだ。

 兄上はエメリアの体を気遣いながら、ゆっくりと振り返り城へと戻って行った――――




――しばらく俺は、そこで一人ぽつんと座り込んでいた。

 カチャカチャと茶器(ティーセット)の後片付けをしていた侍女たちも、「一人にさせてくれ」と言い伝えてからは誰一人として俺を気に掛ける者はいなかった。


 昔からそうだった。

 兄上が一番で、俺は二番目。それが必然だった。

 だから特段気にする必要なんてない。


 なのに、どうしてだろう……。


 ぐっと、膝に乗せた両腕を爪が食い込んでしまうくらいに強く握った。


「……っ……」


 胸の奥が痛くて苦しくて、こんな感情は初めてだ。

 それに――



 俺は、あんなエメリアの表情(かお)見た事ない……!!



 それが何よりも衝撃(ショック)で哀しくて……心に深く突き刺さった。

 エメリアの表情やしぐさ一つ一つで、彼女の想いに気が付いてしまう自分が憎らしくて腹が立つ。


「はっ……。思い上がりもいいとこだ……」


 自分自身が情けなくなってくる。俺は今まで彼女の何を見て来たのだろうか。エメリアの心は、あんなにもたった一人の事を欲している。

 だが、それは自分では無い。

 虚しいような寂しいような……とてつもない孤独感が襲った。


 エメリアにとって必要なのは俺じゃないんだ。

 そんなのは、父上が兄上とエメリアを”夫婦”と定めた時から分かっていた筈だろう……?


「……くっ……」


 夕焼けの空が眩しすぎて瞳を開く事が出来ない。


 この満たされない想いも、あの夕陽と共に消えてなくなってしまえばいいのに……。


 こんな事を考えた直後、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴させた。


 そんな簡単なものでは無いんだ、この気持ちは……。

 エメリアを欲する俺の想いは……。



 東屋のアスファルトには、ぽつりと一粒の雫が染みを作っていた――――






 それからの俺は、埋まらない孤独感を満たすように女を抱いた。その折だけは、この寂しさを紛らわせる事が出来たからだ。時には、亭主持ちの女に手を出してしまい兄上に揉め事(トラブル)を解決してもらった事もあった。

 けど、そのくらいの我が儘許してくれてもいいだろう……?


 兄上は、俺がどれだけ欲しても手が届かない権利(モノ)を持っているのだから……。



 あれからエメリアとは距離を置いた。彼女も始めの頃こそ訝しそうにしていたが、それも何時しか”普通な日常”となっていった。


 本音を言ってしまえば、彼女を自分の目に映すのが辛かったのだ。

 見たくなかった。

 この心へ再び刻み付けてしまったら、俺はきっと自分を抑えられなくなってしまうだろうから……。






――――きっちりと正装を着こなし、俺は部屋を出る前に鏡で身なりを確認した。

 そこに在ったのは常と変わらぬ自分の顔。だが、ずしりと重く暗い胸中は、そこには映し出されていない。

 きっと誰にも気付かれる事は無いだろう。



 そうして俺は、彼らと国の新たな門出を祝う為、いつもと同じ足取りで部屋を出た――――

 








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