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*44*リーリエのwish

サブタイトルとは裏腹な内容となっております。

 薄暗く不気味ささえ感じるそこは、じめじめとした空気が肌に纏わりつき、(我が家)の中であるというのに別世界へと迷い込んでしまったような錯覚さえ起こす。

 先程出会った張り番の兵士は、唐突なわたくしたちの来訪に目を大きく見開き、しばらく口をポカンと開けて腰を抜かしそうになっていた。けれど、すぐに気を取り直し、ピシッと背筋を伸ばして右手を額の端に添え敬礼した。

 


――「リーリエ様、本当に宜しいのですね?」

 

 ミリアは複雑な眼差しで、わたくしをじっと直視しながら問うた。それ程、彼女にとっても心構えが必要であるのだろう。

 彼女は暖炉で体を温め、見慣れた侍女服へと着替えていた。


「僕もあまり気乗りしないな。特にリーリエのような()には……」


 クリス様は同行を快く了承してくれたが、わたくしの「行きたい所」を告げた途端に声色は沈んで(トーンダウンして)しまった。


 けれどわたくしは、この目でしっかりと見たいのです。


 一度ゆっくり瞳を閉じ、「ふー……」と深呼吸した。

 そして二人を真っ直ぐと見据え、はっきりとした口調で言い切る。


「ごめんなさいクリス様、ミリア。でも、わたくしは知りたいのです。我が家の姿を……この城の有りのままを……」


 これほど確かに自分の意志を示したのは、いつ以来だろう。


 いいえ、もしかしたら初めてなのかもしれませんわね……。

 わたくしはいつも「王女なのだから」と、そんな風に自分を受け入れて「何かをしたい」「どこかへ行きたい」――そんな望みを抱いた事がありましたかしら?


 これまで生きてきた自分――”リーリエ・エメラルド・アルダン”を振り返る。



 「王女なのだから、淑やかに服さなければならない」、「王女なのだから、守ってもらうのは当然」――もしかしたらわたくしは、無意識にそのように思っていたのでは無いのでしょうか……?



 それから想うのは、兄の存在(こと)……。


 わたくしは、いつの間にか「お兄様が抱きしめてくれる」のが当たり前のように考えておりましたわ。

 けれど今日、初めてお兄様をこの手で包んで分かったのです。


 ――大切な人を抱きしめるという事が、心の底から幸せになれるものだという(おもい)を……――



「ま、そこまで真剣な気持ちで言われたら断れないかな」

「ええ、そうですね」


 クリス様とミリアは口元に笑みを浮かべながら、わたくしの望みを受け止めてくれた。


「クリス様、本当にありがとうございます。オチェアーノの皇子でいらっしゃいますのに、このような場所にまでお連れしてしまって……」


 そこは隣国の皇子にとっても、相当に不釣り合いな場所だった。


「いや、実は僕も、他国の城の”こういう所”は少し興味深くもあるんだ。気にしないでいいよ」

「そうですか……」


 彼の意外な返答に(いささ)か驚いてしまったが、嫌な気分をさせている訳では無い様子だったのでホッとする。


「では、参りましょう」


 そう言いながら、二人へと改めて居直る。心なしか語気は強くなっていた。


「ああ」

「かしこまりました」





――――カツ、コツ、カツ、コツ……。

 わたくしたちが歩みを進める度に、その空間には足元から発せられる音が響き渡る。辺りは、ひどく静寂に包まれていた。今は、等間隔に灯されている小さな蝋燭だけが、わたくしたちの心の拠り所となっていた。

 また、奥の方へ行けば行くほど嫌な臭いが漂ってくる。何かが腐ったような、とにかく不快なモノだった。

 ドクドクと、心臓の音がやけに(うるさ)く響く。自分でも何に対する反応なのかわからないが、奥へ進むにつれて鼓動も比例するように大きくなっていった。

 

 クリス様やミリアに聞こえてしまっていないかしら……。


 覚悟を決めてやって来た筈なのに恐怖を感じていた。

 まるで、世界でわたくしたちしか存在していないかのような思いに駆られ、気が狂ってしまいそうな程の静けさだった。そこに在ったのは、ただ「()」のみだった。


 けれど自分たちの左右には、こちらを見ている者たちがいる。その者たちの皆が皆、じっ……と押し黙っていた。


 ちょっと恐いですけれど……。


 彼らをそっと覗き見る。


「……ひっ……!!」


 思わず大声を上げてしまいそうになったのを口元を押さえ、何とか押し止める。


 恐い……!!


 こんな者を見たのは初めてだった。否、ソレは本当に「人」であるのかという疑わしささえ感じてしまう。

 堅固(けんご)な牢屋の中には、体中皺だらけで骨と皮だけになった(モノ)がいた。(あばら)がくっきりと浮かび上がり、真っ白な髪と(ひげ)は僅かながら見てとれる程度のものだった。目は落ちくぼみ瞳に光は無い。恐らく見えてはいるのだろうが、そこには何も映していないような気がした。

 60代前後だろうか。否、もしかしたらもっと若いのかもしれない。


 この場には、彼のような者たちが左右に無数に存在していた。

 ボーっと一点を見つめ、静止したままの者。だらりと横になり、天井を見つめたまま何が可笑しいのかニタニタと不気味に笑っている者。また、ある者はぶつぶつと止めどなく独り言を呟いている。


 これは、一体何なのですか……?

 わたくし、こんな者たち見るの……初めてよ……。


「ミリア、この者たちは一体……?」

「……」


 彼女は一瞬口を開くのを躊躇(ためら)ったが、「ふぅ……」と腹を(くく)ったように話し始めた。


「この者たちは、この国において特に重大な罪を犯した者たちを収容しているのです。何十年と閉じ込められ気が触れてしまった者や、ただ死を待つだけの者もおります」

「そんなっ……!!」


 こんな暗く狭い所で何十年も……。

 考えただけでも正気を失ってしまいそうよ……。


「例えば、そこの者……」


 ミリアは、一番近くの囚人へと視線を移す。

 その目線の先には、ガリガリにやせ細った老婆の姿があった。歯はほとんど抜け落ちてしまっており、皺だらけの(かんばせ)は僅かにうら若き頃の名残がある程度だ。


「彼女は若かりし頃、美人で評判の伯爵家の令嬢でした。そして資産家でもある侯爵家へと嫁いだのです。始めの頃こそご子息も生まれ、順風満帆の人生だったようです。ですが、いつしか彼女は欲に目がくらんでしまい……。事故に見せかけ、自分の夫をご子息共々殺害したのだそうです」

「……なっ、どうしてそのような事を!?」


 只々呆然とする。

 美人であったという令嬢の面影は、そこには無かった。


 自分の家族を殺害……?

 そんな事、考えられないわ!!


「……きっとこの広い世界には、僕たちが知らないだけで、そんな悲しくて酷い話が幾つもあるんだろう」

「ええ、そうですね」


 クリス様は、俯き加減にぽつりと呟いた。彼は今、何を考えているのだろう。

 

 ――そんな時ふと、ミリアの言葉を思い出す。


『そのような無法者を断罪したとしても、この世の中にいくらでも生まれ出てしまうものなのです』


 家族が家族を殺めてしまう。

 そんな事が、これからもこの世の中に起こってしまうのね……。

 

 信じたくない!考えたくない……!

 けど――


 

 それが、「現実」なのですわね……。



 この世界の現実(リアル)を突き付けられ、何故か急に足元がガタガタと覚束(おぼつか)ずに歩みが止まる。体中がぞくりと総毛立ち、脈動は一段と速さを増した。

 ぎゅっと強く目を瞑る。そして、少しでも落ち着こうと胸の前で両手をぐっと握った。


 恐い……この先には、どんなモノが待っているの……?


 恐怖に支配されながらも、「最深部に待ち受ける”わたくしの望む場所”は、きっとこれまで以上の衝撃を自分にもたらすだろう」という、そんな確信があった。


 でも、わたくしは知りたい……!!


 この場に足を踏み入れる前の自分を思い出し、自身を奮い立たせ前へ進もうとした。

 その時――


「大丈夫かい?リーリエ」


 いつの間にか目の前にいたクリス様が、気遣わしげな表情をして手を差し延べてくれた。


 ……あっ……


「あの、ありがとうございます……。でも、えっと……」


 家族以外の男性に触れた事の無いわたくしは、気恥ずかしさや従姉の夫であるという後ろめたさのような複雑な気持ちがない交ぜとなり、彼へと視線を合わせられず躊躇してしまう。


「こんな所は早く通り過ぎてしまった方がいい。行くよ!」

「ええ、私も同感です」

「あっ……」


 二人は、”自分が”嫌だからではない。わたくしの事を心配してくれているのだ。


 わたくしったら、また気が付かないで同じ過ちを繰り返すところでしたのね……。

 もう、何を迷っているというの……?


「ええ、ごめんなさい。そう致しましょう」


 わたくしは、恐る恐る右手をクリス様へ差し出す。

 そして、そっと彼の掌の上に添えた。


「さあ、一気に駆け抜けよう!」

「はいっ!!」


 クリス様は一度ニコリと微笑んだ後、ぐいっと手を引いた。

 彼の手は、華奢な体からは想像出来ないくらい力強くて温かかった……。



 そしてわたくしたちは、本来の目的地へと一気に駆け抜けて行った――――








wish=願い、希望

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