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42/64

*42*リーリエのanswer

リーリエ視点です。

――――馬車の中は、終始無言だった。重苦しい空気だけが流れ、馬たちが刻む心地よい律動(リズム)さえも、今は煩わしいモノのように感じてしまう。

 リーリエの直ぐ隣にはリオンが、目の前にはクリスティアンが座していた。



 兄は、昨日と同様に両手両足を組み外を眺めていた。こちらからは、眼鏡の奥にある表情(おもい)を窺い知る事は出来ない。

 クリス様は、兄とは反対側の窓枠へと肘をつき、それに頭を乗せて何やら考え込んでいる様子でいた。じっと瞳を閉じ、常の明るい雰囲気を纏ってはいない。

  そして――


 お姉様……。


 彼の隣には、一つの空間。

 本来ならば、そこに居るべき従姉がいない。


 ボーっと、何となしに小窓の外を眺める。

 この冷たい雨の中、クライドやミリアたち兵士は尽力して王族(わたくし)たちを守ってくれている事だろう。彼らの姿を認めようとしたが、向こう(あちら)に映っているのは窓から流れ落ちていく雨粒だけで、心寂(うらさび)しさが増しただけだった。


 お姉様は、きっと”王女という身分の為”……いいえ、それ以上に”アルダン(わたくしたち)の為”に、ご自分の体に無理をさせていたのですわね……。


 これまで、何も知らなかった自分。

 何も知ろうともしなかった自分。


「知らなかったのだから仕方がない」――そう思うのは、簡単ですわ。

 でも……


「……っ……」


 昨夜、あれ程涙したというのに、再び胸の中から熱いものが込み上げてくる。


「……ぅっ……」

「リーリエ……」


 先に異変に気付いたのは、正面にいたクリス様だった。優しい琥珀色の瞳を向けて、心配そうな表情をしている。

 言葉には表されなくとも、その眼差(まなざ)しだけで彼の心遣いが十分に伝わってくる。より一層胸がいっぱいになってしまい、ぐっとドレスの裾を強く掴んで俯いた。


「大丈夫か? リーリエ……」


 クリス様の呟きに気が付いた兄が、久方ぶりにこちらへと体を向ける。

 とても嬉しいはずなのに、今は顔を上げる事さえも出来そうになかった。そのため、兄がどんな面持ちをしているのか目にする事はかなわない。


「お兄様……わたくし……っ……」


 それ以上は、言葉にならなかった。


「リーリエ……」


 兄は再度わたくしの名を呟き、そっと手を添え、ぎゅっと強く抱き寄せてくれた。


「……あっ……」


 4日ぶりの兄の腕の中は、とても温かかった。

 思わず、ぐっと兄の胸を掴み頬を寄せる。きっちりと皺の伸ばされた外套は、くしゃりとなってしまったが、気に留めようとはしなかった。


 もう、わたくしたちの間には何もいらなかった。

 ただ触れ合って、お互いの温もりを感じる……。それだけで安心できた。


「っ、お兄様……!!」


 ぽろぽろと、涙が頬を伝っていく。

 そして、真上にある兄の顔をゆっくりと見上げた。



 ――そこに在ったのは、わたくしを安心させてくれる、いつもと同じ穏やかな微笑みだった……。



「……っ、わああああぁぁぁ!!」





――――それからわたくしは、お兄様の腕の中で慟哭(どうこく)していました。

 その間、ずっとお兄様は、わたくしをぎゅっと強く抱きしめていてくれました。


 なのに、何故でしょうか……?

 その碧い瞳の奥深くには、とても暗い陰が宿っているような気が致しました……――――






――――幼い頃、お兄様はお姉様といつも一緒でしたわ。

 ずっと手を繋いでいる二人を見て、寂しい思いを抱いておりましたの。 

 それに、お兄様は妹であるわたくしよりも、従姉であるお姉様と一緒にいる方が楽しそうで、生き生きとされていて……。



 けれども、いつもわたくしの傍には、お兄様とお姉様がおりました。


 わたくしが寂しい時、辛い時、泣きそうな時……お兄様とお姉様は、そっとわたくしを抱きしめて安心させてくれました。

 なのに泣き虫なわたくしは、常々お兄様たちを困らせてしまって……。


 あの頃は、3人で心の底から笑い合えておりましたわね。

 一緒にいるだけで、お互いの(おもい)が通じ合える。

 大切で、失くしたくなかったもの。



 けれど、この10年間、わたくしたちは真に心が通い合っていたのでしょうか……?


 わたくしは10年前から、お兄様とお姉様の「涙」を見た事が無いのです。

 守ってもらっているだけで、お兄様たちの気持ち()に目を向けた事がなかったのです。



 お兄様、お姉様、お父様、叔父様、叔母様、それから、わたくし……。

 わたくしたちの間にあったものは、”本当の”家族の姿だったのでしょうか……?

 それとも――



 今となっては、もうわかりませんわ。

 お姉様は、明後日にはアルダンを発ってしまう。

 家族(わたくし)たちは、お互いの心を理解しない(しらない)ままに……。




――でも、わたくしは本当にそれでいいの……?


『リーリエは、リオン殿の妹として、何か協力出来る事はあるんじゃないかな?』


 そこで、ふとクリス様の言葉を思い出す。


 わたくしにも、何かお兄様(家族)の為に出来る事はあるの?

 いいえ……「出来る事」ではなく「したい事」。



 それは、何……?



 自分の胸に問い掛けてみる。



 ――わたくしが、お兄様の為にしたい事……――



 暫し、兄との記憶(おもいで)を辿った。


「……あ……」


 そして、ハッとする。



 どうして、今まで気が付かなかったのかしら?

 わたくしが、”したい”のは……



「……お兄様」


 温かい胸から僅かに顔を外し、兄へと視線を交わす。

 未だ涙は乾ききっていないが、そうせずにはいられなかった。


「ん……? どうした、リーリエ?」


 兄は口元に笑みを浮かべながら、わたくしをしっかりと見据えてくれている。それは、わたくしの大好きなお兄様の笑顔だった。

 その笑みを目に焼き付けながら、自身の両手を(ゆる)りと兄の背中に回す。

 それから、わたくしは生まれて初めて、自分からお兄様をぎゅっと強く抱きしめた。


 とても温かくて、落ち着きますわ……。


「え……?」


 あまりの驚きに、兄は目を大きく見開く。


「お兄様」


 わたくしは、真っ直ぐお兄様の瞳を見つめた。そして、続ける。


「今まで、わたくしの事を守って、抱きしめて下さってありがとうございました」


 そう告げた後、「ふふっ」と無意識に笑みが零れた。


「あ……」


 兄は、わたくしの思い掛けない行動に言葉を失い、固まってしまっている。


「わたくしは、お兄様にこうやって抱きしめてもらうと、とても安心できるんですの。ですから、わたくしもお兄様を抱きしめたいと思ったのですわ」

「……リーリエ」


 お兄様は、わたくしの想いを受け止めると、微かに眉間に皺を寄せ瞳を閉じた。

 それから、わたくしの事も一段と強い(おもい)で腕の中に閉じ込めた。すぐ真横に兄の顔がある。


「ほんとにリオン殿とリーリエは、仲の良い兄妹だね!」


 「ははっ」と、クリス様の明るい笑い声が聞こえる。けれど、それは決して冷やかすような声色ではなかった。




――――この世に生まれてから、ずっと傍にはお兄様がいた。

 そしてお兄様は、いつもわたくしを見守っていてくれた。抱きしめてくれていた……――――




――この時のお兄様の温かい腕は、ほんの少し震えていたような気が致しました。

 それは、「あの時」のような――


『触るな!!!』


 クリス様へ向かって睨んだ、氷のように冷たい瞳。

 それから――


『大丈夫だ……』


 お姉様が倒られてから抱きかかえた時の優しそうな瞳と、昨夜のとても苦しそうな表情。



 それらは全て、わたくしが初めて知る、お兄様の「顔」でした――




 けれど、わたくしは、ずっと昔から、お兄様の本当の「顏」に気付いていたのかもしれません。

 知っていたのに知らないふりをして、お兄様に傍にいて欲しかったのかもしれません……。


 兄の温もりを感じながら瞳を閉じて、幼き日の兄や従姉(あね)の事を想う。


 いつもこの目に浮かぶのは、お兄様やお姉様の心の底から溢れ出す笑顔。それは、いつだって二人だけの笑顔(もの)でしたわ。

 それに、お兄様の視線の先には、いつでもお姉様がいらっしゃいましたわ。お兄様が大好きだったわたくしは、幼いながらも「ソコにある何か」を察していたのだと思います。




 きっと、それが……その偽らざる笑顏()が、全ての「答」なのですわね……――――









answer=答え、反応、正解



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