*4*彼の想いは……
「…………オン……リオン……」
ああ、誰かがオレを呼んでる。
ひどく懐かしい声だ……。
そこにいるのは誰……?
ああ……、アイツだ……。
アイツがオレを呼んでる。
アイツがオレに微笑んでる。
アイツがオレの手を握ってくれてる。
夢のようだ……。
ユメ……?
それならこのまま覚めないでほしい。
このままずっとオレの手を握っていて……。
このまま……、ずっと――――
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「はぁ……はぁ……。……夢、か……」
リオンは息を乱し、額には汗が滴り落ちている。
ドクドクと、心臓の音がやけに大きく響く。
辺りは闇で覆い尽くされている為、余計にだ。
窓から射す月明かりだけが、彼の寝所を幻想的に映していた。
リオンは、寝所の脇にあるチェストへと手を伸ばした。
そして、落ち着きを取り戻させるように、グイっとそこにあったグラスの水を飲み干す。
「ふっ……」
リオンは自嘲気味に笑った。
――あれは夢だとわかっていたじゃないか……。何をそんなに動揺しているんだ……。
それから彼は、自らの頬に伝うモノに気付く。
――涙……。
リオンは、自分自身が流す雫を信じたくないかの様に、グッと右手で乱暴に拭う。
――情けない……こんな事で涙を流すなんて……。オレはこんな事で動揺するようじゃダメなんだ。
リオンは、自らの尊敬する国王の姿を思い浮かべた。
――父上のような、立派な国王にならなければいけないんだ……。
しかし、ふと、彼の護衛騎士の言葉を思い出す。
『リオン様は王太子殿下としてのリオン・レオナルド・アルダンではなく、ただのリオン・レオナルド・アルダンとしての気持ちを捨てきれていないのです』
『大切な宝である息子の気持ちまで”国王”として染めてしまわれるのであれば、その時は俺が陛下を殺してやりますよ』
『素直になりましょう、リオン様』
――素直になれ、か……。
王太子としての自分と1人の男としての自分……。
どちらが本当の自分?
どちらが本当にしたいコト……?
「わからない……。オレ一人じゃわからない……」
リオンは、とてつもない孤独感に襲われる。
この城の中には国王を補佐する宰相を筆頭に、補佐官たちや数千という兵士や侍女たち。料理を担当するシェフたちや医師や看護婦、庭師など、リオンの顔も名前も知らない者たちが日々その職を全うしている。
これ程たくさんの者たちが、リオンたち王家のために動いている。
けれど――――
オレは……
『素直になりましょう、リオン様』
素直になれば――ミタサレル?
この渇いた心が――イヤサレル?
わからない――ワカラナイ――――
――寂しいんだ……。
リオンの中にぽっかり口を開けている空虚な心は、それを満たしてくれる者を求めている。
『いやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
リオンは刹那、夢の中の”アイツ”の声を思い出す。
怖い……
辛い……
もう……あんな思いはしたくない……。
なのに――――
『リオン』
夢の中で”アイツ”がオレの名を呼んでいた。
「王太子殿下」ではない、「リオン」というオレの名前……。
父上と母上が付けてくれた、大事な名前……。
もっと、もっと呼んでほしい。
夢の中だけじゃ足りないんだ……。
リオンは、自身の右手を見おろした。
あの頃、オレたちはいつも一緒だった。
何をするにも、どこへ行くにも傍にいた……。
この手を繋いでた……。
それなのに――――
「……っく……」
王太子であるリオンでさえも変えられない、現実だけがそこに在る……。
寂しい……
傍にいて……
手を握って……
オレに微笑んで……
それから――――
「……抱きしめて、ほしいよ……」
リオンは、自身の体を両手で抱き込んだ。
そこに居てほしい「彼女」を想いながら……。
胸が苦しい。
千切れて張り裂けてしまいそうなほどに……。
リオンの碧い瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。
しかし、彼はもうソレを拭うことはしなかった。
リオンの涙は、彼の純粋な「想い」を表しているかのように、月明かりに当たってキラキラと綺麗に光っていた――――