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*32*クライドとミリアのmelancholy

「お休みになられたか?」


 クライドが、応接間の入り口からやってきたミリアへと問い掛けた。

 彼は月明かりが射す窓辺で、腕組みしながら佇んでいる。


「ええ。泣き疲れてしまったみたい。ぐっすりと眠っていらっしゃるわ」

「そうか……。リーリエ様にとっても、お辛い事実だろうからな」

「ええ、本当に……」


 ミリアは、クライドから少し離れた壁際へと背を預けた。

 彼女は、リーリエが寝付くまで、ずっと傍に付き添っていた。


「あの城に四六時中閉じ込められている俺たち兵士からすれば、ストレスで酒に溺れてしまうのもわからなくはないがな。だが、守るべき王族(もの)たちを襲ったら本末転倒だ」

「そうね」

「しかし、ローザリカ様は本当に大丈夫なのだろうか?あんな状態でオチェアーノへ向かってしまって」


 クライドが、ひどく神妙な面持ちで呟いた。


「それは私も同感よ。けれど、ローザリカ様ご自身が決められた事ですものね。私たち護衛騎士が案じたところで、どうなるものでもないわ」

「そうだな……」


 彼は、「ふー……」と一息つき、続ける。


「だが、ローザリカ様ももちろん心配だが、俺はそれ以上にリオン様が心配だ。俺はこの7年間、ずっとリオン様の護衛を担ってきたが、あの方は泣き言一つ見せた事はない。次期国王であるというだけでも、相当な重圧だろうに」

「殿下は、常に堂々としていらっしゃる頼もしい御方ですものね。ローザリカ様との口喧嘩が見られなくなるのは、ちょっと寂しいわね」

「ああ、それなんだがな……」――――





――――「えぇっ!? 殿下が、ローザリカ様の事を……!?」


 ミリアは、あまりの驚きに目を丸くする。


「ああ。だっておかしいだろう? 一度目の婚約者候補の身辺調査を手伝わされたんだぞ? その上、宰相閣下のご子息が無礼な振る舞いをされた時など、ものすごい勢いで執務室を飛び出して行って……。あんな必死なリオン様を俺は初めて見た。しかもだな、ヨーク公爵家のご子息と、エインズワース侯爵家のご令嬢が、リオン様たちとの婚約不成立後にすぐに正式に婚約だなんて、どう考えてもおかしくないか……?」

「ええ、まぁ、私もそれは少し疑問には感じていたわ。けれど、それはローザリカ様のお体が理由なのだと思っていたのよ。でも、まさかクライドが、裏でそんな働きをしていたとはね」


 彼女は口元に手を当て、信じられないものを見るような目をクライドへ向ける。


「いや、俺だって望んでやった訳じゃないさ。まぁ結局のところ、罪が発覚して”終わり良ければ全て良し”だ」


 彼は、両手の平を上にした格好にして、「悪い事などしていない」と言いたげな表情をしている。


「それに、これは主からの命令だったのさ。俺に拒否することなどできなかったからな」

「……そうね。逆に、ローザリカ様が、そんな不正を働いていた侯爵家へ嫁ぐ事にならなくて良かったのかもしれないわね」

「そういうことだ」


 彼は、こくりと一度頷いた。


「それに、リーリエ様にも言ったが、ローザリカ様の事を気に掛ける素振りを見せていたのは本当だ。……だから此度のローザリカ様の婚姻は、リオン様にとって、とてもお辛い事だろう」

「殿下……。けど、あんなに口喧嘩するような仲なのに、殿下がローザリカ様を……だなんて。確かに、ローザリカ様の侍女を務めていた時、殿下はとても寂しそうにしていらっしゃったけれど」


 ミリアにとって彼らは、犬猿の仲という程の印象ではないが、良い関係には見えなかった。


「……あれじゃないか? 好きな子ほどいじめちゃう、ってやつさ!」

「え……? うーん、どうなのかしら? 殿下が、そんな子供っぽい事するかしら」

「いや、わからないぞ。実は、という事もあり得るさ。リオン様は、あれで結構お茶目なところがあるからな」

「おちゃめ?」


 ――……そういえば、この間「クライドが殿下の背中を押してみた」という妄想をしたのよね。あれは傑作だったわ~。あっ! でも、でも、でも!! あのストーリーは、殿下の大事な眼鏡を壊しちゃうのよ。早急に第二弾を考えなければ……!!


「ふふふっ」

「ん……? 急に笑い出してどうしたんだ? 気味の悪い奴だな」

「え? いいえ! 何でもないわ!! この暗い雰囲気に花を添えてみただけよ」


 ミリアは、またも惚けておいた。


「花を添える? そんな気味の悪い笑い方では、余計に空気が淀んでしまうぞ」



 ――その一言が、引き金だった――



「……なんですって?」


 彼女は、何者をも燃やしてしまえるかのような橙色の瞳で、クライドを鋭く睨み付けた。

 月明かりが彼女の白い顔へと射して、余計にその凄みを発揮させる。


「えっ!? あっ!! いやぁ、ははは……モウシワケゴザイマセンデシタ……」


 彼は、あまりの恐怖に屈服した。


「……」

「……」


 二人の間には、暫しの沈黙が流れる……。



「……で、何の話だったかしら?」


 それを先に打ち破ったのは、ミリアだった。


「えっ……? ああ……あれだ! あれ!! リオン様がローザリカ様にあんな態度を取るのは、好きな子ほどいじめちゃうから、って理由なんじゃないかなって……ボクは思ったわけですよ、あははははー……」


 クライドは、余程恐ろしかったようだ。額に汗を垂れ流し、引きつった笑いを浮かべている。


「ああ、そうだったわね」


 彼女は、口元は微笑んでいるが、その鋭い瞳は未だ彼を捕らえていた。


「ねえ、クライド? あなた、そんな風に感じるという事は、過去にそういう経験があったのではなくて……?」

「えっ……? いや、俺は今も昔も紳士的(ジェントルマン)さ。そんな事ある訳ないだろう?」

「あら、そうかしら? その割には、声が上擦っていらっしゃるわよ? 私を騙せるなんて思わないでちょうだいね? ふふふっ」

「えっとー……」

「あっ・た・の・よ・ね??」

「あっ……いやぁ、あっはははは……」

「……」

「……」


 二人の間には、暫しの沈黙が流れる・・・・・・。



「あっ!! そうだわ!!」

「えっ……!?」


 突然、ミリアが大声を出して目を見開いた。その瞬間、クライドと視線が外れる。

 思い掛けないミリアの行動にびくりと身を震わせたクライドだったが、彼女の視線から逃れられたことに心の底から安堵する。


「ああ、助かった……。陛下並みの恐ろしさだ……」

「え?」

「あ、いや、何でもないさ! 気にしないでくれ!! ……それより、どうかしたのか?」


 ミリアは、「実はね……」と再びクライドへと顔を向ける。

 彼女の瞳は、平時の穏やかさを帯びており、彼は再度ほっと胸をなで下ろした。


「私がローザリカ様の侍女になる前。まだ、郷にいた頃の事よ。私の幼馴染みをよく夕食に招いていたのよ。彼のご両親は、色々訳ありだったから」

「……ああ、確か、お前の親父さんが剣術道場を開いていたんだったな」

「ええ。彼は、うちの門下生だったの。で、その幼馴染みがね、私にしょっちゅう手合せしようと挑んできてたのよ。けれど、結局いつも私がぼこぼこに打ち負かしちゃっていたわけ」

「ほー、気の毒に……。ミリアに挑むなんて、そいつ度胸あるなぁ」

「え……? 何か言ったかしら?」

「あっいや、気のせいさ! どうぞ続けて下さいませ!!」


 クライドは、腕をバタバタさせ必死に否定している。余程焦っていたのか、可笑しな言葉遣いになってしまっていた。


「……? 変な人ね。まぁ、いいわ。その彼がね、私に負ける度に”ばか”とか”あほ”だとか、おおよそこの世に存在するであろう、ありとあらゆる罵声を受けたのよ。さすがにカチンとくることはあったけど、言われ慣れていたのもあるし、それ程気にはしていなかったのよね」


 ミリアは一度瞳を閉じ、過去を思い出しながら続ける。


「だから、てっきり私は嫌われていたと思っていたのよ。けど……」

「……実は、ミリアの事が好きだった、という事か」


 それを察したクライドが、彼女の言葉を代弁した。


「ええ、そうなのよ。妹に言われて初めて気が付いたわ。……なんだか、どなたかに似ていると思わない?」


 彼は瞳を閉じ、じっと考え込んでいる。


「……。そうだな、なんとなくリオン様に近いような……」

「でしょう? クライドの言う、”好きな子ほどいじめちゃう”というには、度を越しているような気がするのよ」

 

 彼女は、クライドへと向き直る。


「それで何となく気になっていて、ある日、ローザリカ様の診察にいらっしゃっていた医師(ドクター)にそれとなく聞いてみた事があるのよ。そうしたらね、それは”愛情不足”だろうって……」

「愛情不足……?」


 クライドが、ぽつりと呟いた。

 どことなく意味は分かるが、あまり聞き慣れない言葉だ。


「ええ。子供の頃に親や周囲の者からの愛情を十分に与えられないと、大人になっても色々な弊害を及ぼすそうよ。自信の無い人になってしまって、虚勢を張ったり、何かに依存してしまったり……」

「虚勢……、依存……」


 口元に手を当て、思案する格好をとっていたクライドが、「なるほど……」と腕を組み直し、ミリアへと向き直る。


「リオン様は、ただローザリカ様に甘えたいだけなのかもしれないな。”愛情”を誰よりも欲しているんだ。もしかしたら、リーリエ様を守るという大義を課して、自分を保っているのかもしれない。それに、俺はリオン様のお体を守ることは出来るが、”本当の意味”でリオン様を守ることは出来ないからな」

「……。殿下、大丈夫なのかしら……」

「……」


 クライドとミリアは、眉間に微かな皺を作りながら、主の行く末を憂う。


「とにかく、俺たちが気を揉んだとしても、どうにかなる事ではないからな。今は見守るしかないだろう」

「……ええ、そうね。もどかしい事だけれど、ローザリカ様がオチェアーノへ向かわなければ、アルダンの国自体の存続が危うくなってしまうのだものね……」

「ああ、本当にやりきれないな……。とりあえず、今日はもう休む事にしよう」

「ええ。悩んで考えたとしても、結局また”明日”はやって来てしまうのよね」


 

 二人は、やり場のない気持ちを抱えながら、それぞれの客室へと向かった――――

 








melancholy=憂鬱、もの悲しい

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