*28*リオンのregret Ⅱ
R15程ではないですが、一部ショッキングなシーンが含まれています。
次の日、目を覚ましたオレは、父上の雰囲気がいつもと違う気配を感じていた。
「お兄さま! おたんじょうびおめでとうございます!!」
「ああ、ありがとう」
でも、そうリーリエが祝ってくれて、きっとまた何時もの日常が始まるのだと思っていた。
それに、昨日父上からプレゼントしてもらった眼鏡を掛けたら、胸が温かく幸せな気持ちになった。
けど――
「リオン。悪いが、今日の誕生パーティーは無しだ」
「え……?」
どうしてだろう、オレ何か悪い事したのかな……。
そんな不安が頭を過ぎった。
でも、我慢するのは慣れてる。
「わかりました……」
オレは素直に従ったが、また心にぽっかり穴が開いたように寂しくなって、ローズに会いたくなってしまう。
だから次の父上の言葉で、その疑問は即座に打ち消される事となった。
「……実はな、ローザリカが体調を悪くしてしまって、しばらく離宮で治療に専念する事になったのだ」
「え……? ローズが?」
どうしたんだろう?
昨日の朝まで元気だったはずだ……。
「どうしたのですか!? ローズは、どこか悪いのですか!?」
「……大丈夫だ。お前は気にしなくて良い」
気にしなくて良い?
でも心配だ……。
「あの……少しだけでも会えないのですか?」
「ああ、実はな、ローザリカもお前と会いたがっているんだ。少しなら大丈夫だろう」
「はい、わかりました」
ローズが、オレに会いたがってくれていると聞いて嬉しかった。
それに話が出来るくらいなら、そこまで重い症状では無いのだろうと思って安心していた。
その後オレは、5人もの兵士を付けられてローズの下へ向かっていた。
これまでは、せいぜい1人か2人……それどころか、兵士を付けないで遊び回っていた事もあった為、訝しさと煩わしさを感じていた。
ただ、離宮へ行く前に立ち寄りたい場所があったのだ。
あの薔薇園……オレたちの思い出の場所だ。見舞いも兼ねて、あの深紅の薔薇をローズにプレゼントしたかった。
オレは兵士たちを少し離れた所に待たせ、そこへ向かう。
けれど――
「え……? 薔薇が……無い!?」
そこには、ある筈のものが無かった。
なぜ?
どうして??
そんな疑問が、頭の中をぐるぐると支配していく。
とにかく、何かのはずみで折れてしまったのかもしれないと僅かな希望を頼りに辺りを探した。
なのに、そこには薔薇の花弁一つさえ存在していなかった。
「何で……」
オレは、例えようのない不安と寂しさでいっぱいになった。じわりと、目尻から涙が溢れてきそうになる。
あの薔薇は、オレにとって特別なものなのに……!!
「くそっ……」
ぐっと、それを手で拭って遣り過ごそうとした、その時だった。
ん……? 何だ、あれ?
ふと、葉や蔓が生い茂っている奥の方で、何か光るモノを見付けたのだ。
それは、オレの手でぎりぎり届くくらいの距離にある。何故だかそれが気になったオレは、どうにかズルズルと引っ張り出してみた。
「……薔薇だ」
そこにあったのは、一本の瓶だった。しかも、それには深紅の薔薇が描かれていたのだ。
どことなく運命的なものを感じたオレは、これを薔薇の代わりにローズにプレゼントしようと考えた。
ローズ、喜んでくれるかな?
いや、きっと喜んでくれる。
「ありがとう、リオン!!」って笑ってくれる。
「ふっ」
ローズの笑顔を想像して、「それが必然だ」というような期待を胸に彼女に会いに行った――
キイと、慣れ親しんだ木造の玄関を開けた。そこは広々とした吹き抜けになっていて、明るい陽射しが惜しみなく降り注がれている。
するとその場には、ソファに腰掛けている叔父上がいた。オレの事を待っていてくれたようだ。
「ああ、リオンか……。待っていたぞ」
「おはようございます」
叔父は、さほど快活な人物では無いが、それにしてはいつも以上に落ち着いているような印象を抱く。
いや、沈んでいる……?
そんな気がした。
「あの、ローズは大丈夫なのですか? どこか悪いのですか?」
「……」
けど、叔父上は俯き加減のまま無言だった。
「……とにかく、ローザリカを呼んで来よう」
そう言って階段を上り、彼女の部屋へと向かってしまった。
どうしたんだろう?
言えないような病なのか……?
オレは徐々に不安になってしまい、思わず腕の中の瓶を見下ろす。
これで元気出してくれればいいな……。
オレはしばらくソファに座り、ローズの顔を思い浮かべながら彼女を待っていた――
――「リオン」
数分後、後ろの方で聞き慣れた優しい声がした。オレは直ぐに、バッと背後を振り返る。
「あ、ローズ……」
叔母上に支えられてはいるが、ゆっくりとした足取りで、こちらへ歩いて来る彼女がいた。姿が見れた事にホッと安心したオレは、待ちきれずにローズの傍へと走り寄る。
顔が見れて良かった……。
「体は大丈夫なのか?」
彼女の正面に立ち、じっと顔を覗き込む。
その時だった――
「……ぁ……」
「え……?」
「……ぃや……いや……いやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ドン!!!
がらん……と、瓶が転がる。
「え……? ロー、ズ……?」
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
気が付いた時には、オレは後方へ吹き飛ばされていた。受け身を取る間も無かった背中が、ずきりと痛む。
「どうして……」
そんな在り来たりな言葉しか出てこない。
「うあああぁぁぁぁ!!!」
「ローザリカっっ!!」
直後、何故かローズは、頭を抱えて髪を振り乱しながら泣き叫んでいた。
叔父上たちがひどく辛そうな表情をしながら、彼女をなだめるように強く抱え込んでいる。
「……うっ……ぐっ、かはっ……げええぇぇぇ……っ……はぁ……はぁ……」
ローズは大粒の涙を流しながら、苦しそうに嘔吐した。
叔母上が、彼女の背中を懸命に擦っている。
「……っ……ひっ、うわああああぁぁぁん!!!」
「ローザリカ!!」
「とにかく、一度部屋へ戻ろう!」
叔父たちは眉間に深い皺を作り、ローズを抱きかかえて行ってしまった。その場にはオレだけが取り残され、静寂が辺りを包んでいた――――
「………………」
何が、起こったんだ……?
オレは、それまでの成り行きをただ呆然と見ているしか無かった。
『いやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
さっきのローズの叫び声が、耳から離れない。
そして、ずきりと痛む胸の辺りに手を添える。
オレは、ローズに……
ツキトバサレタ……?
「……あ……」
考えたくない。
でも……
もしかして……
オレはローズに……
キラワレタ……?
「……っ……くっ……」
ぽろりと、一粒の涙が零れ落ちた。
それから、それはぽろぽろと止まる事を知らずに流れ出す。
分からない。
オレは、知らない間にローズを傷付けていたのか……?
何か、怒らせるような事をしたのか……?
けど、これだけは分かる。
「……ふっ……うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
突き飛ばされたところなんかより、胸の奥の方がずっと痛い……!!
オレは、それまで人から拒絶される事など無かった。
だからローズからの”拒絶”は、オレにとって胸が引き裂かれるような苦しみだった。
それでも、無性に寂しくなる時があって離宮の近くまで行くのに、また拒絶されるのが恐くて勇気が出なかった。
半年後、少しの間だけならと面会する事が出来たのだが――
「お姉さま!!」
「リーリエ」
心から嬉しそうにしているリーリエと違って、オレはローズと目を合わせるのが恐かった。
多分、彼女も同じ気持ちだったんだろう。
「お兄さま?お姉さま……? どうかされたのですか?」
さすがにリーリエも、オレたちの余所余所しい態度に気付いたみたいだ。
「いいや、何でもないさ」
無理に笑顔を作って、何とかその場を乗り切った。
そうやってオレたちの間には、いつしか大きな溝が生まれてしまっていた――――




