*26*ミリアのfollow the tracks
これから第3部に入りまして、登場人物たちの過去を紐解いていきます。
※注意!
軽くですが、小児性愛を想像させるような描写が含まれています。15才未満の方、そのようなものに不快感を持たれる方はご注意下さいませ。
ミリア視点の過去話です。
「落ち着かれましたか? リーリエ様?」
「ええ……」
カチャリと、アップルティーをテーブルへと置いた。
「では、話してもらえるかな?」
クリスティアンが、クライドへと問う。
「はい。ですが、ここからはミリアが話した方がいいでしょう」
彼は、自身の左側を見た。
「ええ、そうね。……では、私のこれまでの軌跡をお話ししたいと思います」――――
――――私は、王都から遠く離れた小さな街で産まれた。
剣術道場を開いている父と、幼い弟と妹と4人での、裕福ではないものの決して辛くもない平凡な毎日。母は、私たち家族を残し、私が10歳の頃に病で亡くなった。
それからというもの、私は弟と妹の面倒を見ながら、父の開いている道場で剣技の鍛錬に励んでいた。「そのおかげ」というべきなのか、「そのせいで」というべきなのか……。
私は、その辺の男たちなど屁でもないほどの剣術を身につけていた。多分、父の血筋なのか、もともとその才能があったみたいだ。
家事は嫌いじゃない。昔から料理は得意だったし、編み物をしたり、妹に可愛らしく三つ編みしてあげたり。父や弟たちが寝静まった頃には、ひっそりと自分に化粧を施して楽しんでた。多分、男より強い女が何をしているんだって、少し恥ずかしかったんだと思う……。
それに、うちの門下生で幼馴染みのルイス。
彼の父親は、別に女を作って出て行ってしまって、そのせいで母親は酒浸りとなってしまったの。「片親」という似た境遇もあって、度々家に招いて一緒に夕食を共にしたわ。それもあって、料理の腕はめきめき上達していったの。
けど、このルイスが曲者で、「おれと勝負しろ! 今日こそ勝つ!!」とか言いながら私に勝負を挑んできたんだけど、結局いつも私がルイスをぼこぼこにしちゃうのよ。その度に「この男女!!」とか「ばか」だの「あほ」だの……。アンタいくつなの? って聞きたくなるようなセリフを何度もはかれたわ。あまりの言いように「じゃあ、もう夕食に来なくていいわよ!」って言うと「仕方ねえから食べてやる!!」とか言って、結局うちに入り浸っていたの。父も「可哀想な奴なんだ」って言っていたし、何だかんだ弟や妹にも好かれていたから、私も気にしないようにはしていたけれどね。
――――そんな時だったわ。あれは、17の時。街の掲示板に国王からの通達があったのは……。
「侍女求む。但し、剣技に優れ、料理に覚えがある者」
そんな内容だったと思う。
多分、私は平凡な毎日に刺激が欲しかったのだと思うわ。この街を出る決心をしたの。
何故、侍女なのに「剣技」と「料理」の技量が必要だったのかはわからなかったけれど、その時は私にぴったりの天職だと思って、特に気にはしなかったわ。
父や弟、妹と離れるのは寂しかったけれど、皆応援してくれた。
ただ、一つ誤算だったのはルイスの事……。
別れの日、彼は「おまえと離れられてせいせいする!!」とか言っていたのに、その顔は涙でぐちゃぐちゃだったの。後で妹から「ルイスはお姉ちゃんの事が好きだったのよ。気付かなかったの?」とこっそり言われて、驚いたものだわ。
城では、国中から通達を見てやって来た侍女希望者が、数百人もの列を成していたわ。その中で、厳しい試験を見事にクリアしたのが、私だったというわけ。もし、落選していたら城下で細々と暮らしていくつもりだったの。
生まれて初めてお会いした陛下は、とてもお優しそうな方だったわ。
「ミリアといったか。宜しく頼むぞ」
「はい。精一杯、務めを果たさせて頂きたく存じます」
そして、そのまま連れて行かれたのだ。城内の離宮へと……。
「私はアレクシスという者だ。こっちは妻のミゼリカ」
「宜しくね」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
とても美しい人たちだった。
「お似合いの夫婦」というのは、こんな人たちのことを言うのだろうな。なんて、そんなことをぼんやりと考えてしまったくらい。
そして、ある部屋へと案内された。
そこは同じ離宮内だというのに、なんだか重苦しいような空気を纏っていた。
その部屋の寝台の中に、彼女は居た。
「ここにいるのは私の娘、ローザリカだ」
「……」
アレクシス様が、ローザリカ様を紹介して下さった。
けれど、彼女は俯きながらずっと無言だったわ。
「こんにちは。ミリアと申します。これからローザリカ様のお世話をさせて頂きますね」
「……」
彼女の目線に合わせて、少し屈みながら挨拶した。
でも、やっぱりローザリカ様は無反応だった。まるで、何も見えていないかのように……。
「ローザリカ、ちゃんと挨拶するんだ」
アレクシス様は、ローザリカ様の傍に寄り添って、手を差し伸べようとされた。
けれど――
「いやあああぁぁ!!!」
ローザリカ様は、ぱしん!! と手を払い除け、拒絶してしまわれた。
「ローザリカ……」
アレクシス様は、とてもお辛そうな顔をされていらっしゃったわ。
それから私は、ローザリカ様専属の侍女となったの。
それで、あの通達の意味を理解したわ。
「剣技」でローザリカ様を守って、「料理」を作って彼女の部屋に運ぶのよ。
ローザリカ様は、人と長い間接していると、ひどいストレスに見舞われてしまって、発作を起こしてしまうから。だから、私とアレクシス様、ミゼリカ様以外は、あの部屋に入れなかったの。
人に触れるなんてもっての他……。たちまち、病状を悪化させてしまうわ。
お父様でいらっしゃるアレクシス様でさえ、ローザリカ様は拒絶を起こしてしまわれるのですから。
どうして、ローザリカ様はそんな事になってしまわれたのか……。
城の自慢の薔薇園。あそこで悲劇が起こったの。
ローザリカ様は、あの場所で、城の兵士に襲われたの……。
「襲われた」といっても、どこまでかはわからない……。
ただ、ローザリカ様は「王女」として、隣国の皇子と婚約を果たしているわ。
だから、多分”そういう事”なのだと思う。
そんな事情があって、ローザリカ様は心を閉ざしてしまわれたの。
半年間、離宮に籠もり療養する生活。
私も、そこで住み込みで看病していたわ。
だから、いつも気になっていたの……。
窓の向こうから、こちらを寂しそうに眺めている、小さな男の子。
リオン王太子殿下の姿を……。
病状も多少回復をみせたため、半年ぶりに殿下とリーリエ様との対面を果たしたわ。
わたしは、それまでの彼らの関係を知らない。
ただ、無邪気に喜ぶリーリエ様と違って、なんだか殿下は、ローザリカ様と会う事をひどく恐れているような、そんな感じがしたわ。
あんなに寂しそうにしていたのに……。
それから3年間は、何事もなく過ぎたわ。
けれど、また悲劇が起こったの。
今度は、リーリエ様が狙われたのよ。
ただ、その時は”未遂”で済んだわ。
それを、寸でで助けたのがクライドだったの。
その犯人は、すぐに処刑されたわ。
そして、陛下は家族を守るために、私たち護衛騎士を付けることにしたの。
でも、ローザリカ様は、それを拒否したの。
私をリーリエ様の護衛騎士にしたのよ。
もちろん、お体の事があるから、なるべくお一人でいたいという事なのだと思うわ。
けれど、私はこう思っているのよ。
リーリエ様のことを心配されているのだと……。
兵士が、近くにいることを……。
そうして私は、リーリエ様の侍女兼護衛騎士になったのよ。
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