*24*彼女も知らない
再びリーリエ視点です。
食堂の天井からは、壮麗なガラス製のシャンデリアが垂らされていて、純白のテーブルクロスには、金の燭台に蝋燭が灯され、客人たちのために可愛らしい雛罌粟が飾られている。
前菜から始まり、南瓜スープ、鹿肉のシチューと、食指が動くコース料理が振るまわれていた。
「お姉様、本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、心配したよ」
「ええ、大丈夫よ。心配かけて、ごめんなさいね」
ローザリカは、リーリエとクリスティアンへ安心させるように微笑んだ。
彼女は、リオンより先に食堂へ到着したのだ。それからしばらくして、リオンとクライドもやって来た。
クライドとミリアは、出入り口付近で待機している。
お姉様、あの時より顔色は良くなってはいらっしゃるようですけれど、本当に大丈夫なのかしら。わたくしが、もっと気を付けていたらよかったのだわ……。
目の前にいる従姉をそっと見た。
それから、左隣にいる兄も覗き見る。
それに、お兄様も……。
もう、いつものお兄様のようですけれど……。ただ、どことなく雰囲気が違うような気がするのは思い過ごしでしょうか?
『リーリエは、リオン殿の妹として、何か協力出来ることはあるんじゃないかな?』
わたくしも、お兄様のために出来ることはあるのかしら……?
「ん……?」
「あ、いいえ。何でもありませんわ」
「そうか……」
覗き込んでいた事に気付かれてしまったらしい。
兄は、いつものように微笑んでくれた。
「倒れたと聞いて、私も心配していたよ。無理はするんじゃないよ、ローザリカ」
トマスが、ローザリカへと心配そうな顔をした。
彼は、リオンとクリスティアンの中間に位置する上座の位置に座っている。
「ええ、ご心配をお掛けしました。殿下のおかげで、助かりましたわ」
「……」
「そうか、なら良いのだが」
「ええ、もう大丈夫です。あ、そういえば大叔父様? わたしの婚姻のお話を聞いて、ご招待して下さったそうですわね? ありがとうございました」
「ん……? ああ、ははは。そんな事を言っていたのか、陛下は」
「……?」
どういう意味なのでしょう?
「あの、大叔父様? 陛下がどうかされたのですか?」
ローザリカが、皆の疑問を代表して続ける。
「ああ、それは私が提案したのではなく、陛下の方からお願いされたんだ。お前たちのためにな」
あ……
「父上……」
「陛下……」
お父様、わたくしたちのために……。
思わぬ父の優しさに胸が温かくなる。
「本当にレオパルド王は、皆のことを大切に思ってるんだね」
「ふふ、ええ。お父様は、幼い頃からわたくしたちをとても大事にして下さっていましたわ」
思い出すのは、いつもわたくしを抱きしめて下さった大きな手……。
お母様がいないのは寂しいですけれど、わたくしにはお父様やお兄様、お姉様がいつも傍にいてくださいましたし。それに、叔父様や叔母様も。
「ね、お兄様?」
「……。ああ、そうだな……」
「……?」
どうしたのかしら?
「そうだな」とは言っておりましたけれど、なんとなく歯切れの悪いお返事だったような……?
「ええ、本当に陛下はリーリエの事を大切にしていたわ。”今も”だけれどね」
「ふふっ」とローザリカは笑った。
「そういえば、大叔父様? わたし、ずっと気になっていた事があるのです」
「ん? どうしたんだい、改まって」
彼女は、トマスへと視線を合わせる。
「大叔父様は、お父様の叔父様ですわ。なのに、何故わたしたちは城に残っているのですか? お父様は陛下の弟です。それならば、わたしたちも城から出て領地を賜る事になると思うのですけれど」
「ああ……」
彼は、「知らなかったのか」という風に瞠目した。
……確かにそうですわ。
当たり前すぎて、考えた事などありませんでしたけれど……。
「聞いていなかったのか……。この領地内にミゼリカの実家があるという事は知っているだろう?」
「ええ」
「実はな、そういう縁もあって、この屋敷に移り住むつもりだったんだ。その当時、私も妻を亡くして久しかったからな。さすがにこの屋敷に一人では広すぎるし、アレクシスたちと共に住まうつもりだった。ローザリカ、おまえがまだお腹の中にいる時の事だ」
「え……? そうだったのですか……」
ローザリカは、目を丸くして驚いている。
「……ですが、現に今ローザリカは城に住んでいますよね? それは何故なのです?」
クリスティアンが、彼女の代わりに続ける。
「ああ、移り住む時にいろいろあってね……。だが、聞いていないのであれば、ローザリカたちは知らなくていい事だ」
「……。そうですか……」
知らなくていい事……
またですわ。
けれど、このお話はお姉様も知らなかったようですわね。とても驚いていらっしゃるようですし。
お兄様は、知っていたのでしょうか?
ちらりと、兄の方を覗き込む。
兄は、大叔父の話をじっと聞いていた。
お兄様も初耳だったのでしょうか?「知っていた」というようなお顔には見えませんけれど……。
でも、既にお父様に聞いているという事もあり得ますわ。
それに、大叔父様のお話ですと、お姉様はわたくしたちの城ではなく、このお屋敷に住んでいらっしゃた可能性があったという事ですわよね。……大叔父様のおっしゃっていた「いろいろ」が何かはわかりませんけれど、その「いろいろ」のおかげでお姉様と共に城で生活することが出来たのですわね。
「とにかくローザリカ、それからクリスティアン殿、婚約おめでとう。たんとおあがり」
「……はい、ありがとうございます」
ローザリカが礼を述べた後、クリスティアンも「ありがとうございます」と続いた。
わたくしは、家族の何を知っていて、何を知らないのでしょうか……。
わかりませんわ……。




