表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/64

*23*夢と現実

リオン視点です。

 ぱさり……と、腕の中の愛しい存在を寝台へと横たえた。

 ぎしり、という彼女の存在を証明する音をたてて、そこが沈む。


 そこは、客室用とはいえ、スプリングの効いた柔らかい寝台だった。


 誰も近寄らせないように、クライドに人払いをさせている。暫くは、このまま二人きりでいられるだろう。


「ローズ……」


 眉間に手をかけ、かしゃりと傍にあったチェストへと眼鏡を置いた。

 そして、寝台の脇に膝をつき、顔をじっと見つめ、さらりと優しく髪を撫でる。

 

 きっと、クライドに見つかったら、王太子が床に膝などつくなと言われるだろう。

 けど、そんな事どうでもいい。

 もっと近くで顔を見たい。


 ローザリカの右手と自身の左手を重ね合わせて、ぎゅっと強く恋人同士のように繋ぐ。それから、そこに口付けをして頬に添えた。


 温かい……。

 10年振りに触れたおまえの体……。

 ローズの匂いがする……。


 右手で頬をそっと撫でて、くるくると髪を弄ぶ。


「ふっ……」


 思わず笑みが零れてしまう。

 そして、すぐ傍にあるローザリカの顔をじっと見つめる。

 胸は規則的に上下していて、長い睫毛に覆われた瞳は開く事は無さそうだ。


 ローズ……。

 おまえだけが、ちゃんとオレを見てくれる。

 ずっと、この手を放したくない。ずっと、繋いでいたい。


 再び、ぎゅっと強く握りしめる。


 なのに……


「……っ……」


 おまえは3日後にはアルダンから去って、あの男のものになってしまうんだな……。


 胸の中から怒りのような、嫉妬心のような、どす黒い感情が沸き起こってくる。


ぎりっ


「っ……くそっ!」


 寝台に片膝を乗せて、耳元から首筋、胸元へと、何度も角度を変えて唇を押し付けた。


 このまま、おまえがオレのものだという証を付けてやりたい……!!


 けれど、ここに証を残せば、すぐに他の者に知られる事となる。

 ちらりと、胸元から微かにみえる、そこに視線を移した。


「……」


 そっと手を添え、ぱさり……とドレスの胸元をずらす。

 そして、「女」を主張する豊かな膨らみを半分ほど露出させた。


 このまま、全て奪ってしまいたい……。

 

 そんな邪な心をなんとか押しとどめ、そこへ強く口付けて「証」を残した。


「……ん……」 


!!


 彼女が僅かに身じろいだ。

 けれど、また「すー……」という規則的な息遣いが聞こえ安堵する。


「はぁ……」


 危ない……こんなところローズに見られたら……。

 

 心臓が、ドクドクと脈打っている。


 でも…


 ちらりと、再びそこを見る。


 オレのものだという「証」を付けてやった。

 こんなもの、無駄な抵抗だとはわかってる。

 けど、おまえがクリスティアン(あいつ)のものになる前に刻み付けてやりたかった。


 「ふぅ……」と再び息を吐く。

 心臓は、未だ早鐘を打っている。そっと、右手を胸へと添えた。


 この鼓動は、ローズが目を覚ますかもしれないという焦燥感からくるものだけじゃない。

 オレは、こう思ってる。


 そして、ぎしりと寝台を沈ませて、ローザリカの上に跨る。

 彼女の顔の両側に手をつき、そこをじっと見下ろした。



 ローズが欲しい……



 ゆっくりと、顔を近づけていく。

 すぐ傍には、愛しい彼女の顔。

 深紅の唇まで、あともう僅かな距離……

 けれど――



「……んっ……」



 彼女の碧い瞳が、ゆっくりと開く……。



「殿下……?」



 リオンは、ローザリカに背を向けて寝台の脇に立っていた。


 ドクドクドクと、今日一番の早鐘が襲っている。

 「はぁ、はぁ」と、乱れてしまう息を何とか落ち着かせた。


 はぁ、危なかった……。辛うじて気付かれなかったみたいだ。

 それに、それ以上のコトは、アイツの体に負担が掛かってしまう……。逆に、目が覚めて良かったのかもしれない。

 それにしても、「リオン」とは言ってくれないんだな。二人でいる時くらい、その名で呼んで欲しかった……。


「ここは……?」


 「ふぅ……」と一息ついた後、ローザリカの問いに振り向いて答える。


「おまえが倒れたから運んできたのさ」

「え……?」


 「あなたが?」という風に、こちらを見た。

 その瞬間、真っ直ぐにお互いの視線がぶつかる。


「あっ……!」


 そして、思わず目線を逸らしてしまった。


 少し落ち着いてきたというのに、また心臓が煩い……。

 二人きりで、こんなに傍にいるのは10年振りなんだ。

 でも……


 ちらりと、もう一度ローザリカを見る。


 オレを見てくれてる……。


「ああ。嫌だったか?」

「え……? いいえ、そんな事ないけれど……」


 馬鹿だ、オレは……。また憎まれ口をたたいてしまった。

 でも、安心した。

 「嫌だ」と言われていたら、立ち直れなかったと思う。


「とにかく、ありがとう。迷惑を掛けちゃったわね」


 そう言って、ローザリカは微笑んだ。


「あっ、……いや……」


 不意に訪れた幸せに、口元に手を当てながら視線をさまよわせてしまう。


 ローズが、オレに微笑んでくれてる。昔と同じ優しい瞳で。

 顔が熱い……。多分、今、鏡を見たら真っ赤になっているだろうな。


「あ、そういえばリーリエはどうしたのかしら?それに、クリスも」



 ……あ……



 夢のような一時は、突然終わりを告げてしまう。

 つい、今し方まで心が温かく満たされていたのに、その幸せは現実へと連れ戻されてしまった。


 こんな事で一喜一憂したところで、オレたちには現実しかないんだ……。


「多分、もう食堂にいるんじゃないか?陽も沈んでしまったし」

「え!? そうだったの……。なら、わたしたちも早く行きましょう」

「ああ……」

 

 本当は、行きたくない。

 ずっと傍にいてほしい。


 ローザリカは、寝台から下りてドアへと向かう。


 ローズが行ってしまう。

 そうしたら、もう永久にオレたちは一緒にはいられない。

 そんなのは……


 彼女は、ドアノブへと手を掛ける。


 嫌だ!!



「ローズ!!」


 

「え……?」 


 ぴたりと、ローザリカの動きが静止する。

 そして、こちらへ振り向いた。


「その名は、もう言わない約束でしょう?」

「……」 

 

 彼女の真っ直ぐな視線と相対する。

 

「わたしたちは、10年前のあの日から道を分けたのよ。わたしは”王女”、あなたは”王子”。そういう立場で生きていくしかないのよ」


 そう言って、この部屋を後にした。

 その場には、ただ静寂だけが訪れる。



「……」


 たちば……。

 そんな言葉、ローズから聞きたくなかった。

 本当は、そんなもの欲しくない。

 オレはただ、ローズに傍にいてほしいだけ。


 けど――



 この部屋を出たら、オレは「リオン」から「王太子」になって、また前を向かなきゃいけないんだ……。



 それが、「現実」なんだ……――――

 




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ