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*2*素直な想いを……

「リオン様、いい加減にして下さい!!」


 適度に筋肉の付いたがっちりとした体躯の青年が、リオンへと詰め寄っていた。黒髪の短髪で、身なりに気を遣うというよりは、動作を優先させた出で立ちだ。彼はこの部屋の入り口付近で、漆黒の双眸(そうぼう)をリオンへと向けながら怒りを露わにしている。


 ここは、リオンの私室だ。彼は豪奢な刺繍に彩られたソファへとその身を投げ出し、夕食前の昼寝でもしようというのだろうか。横になり寛いでいた。


「そんなに怒るな、クライド。この通り、私は傷一つありはしない。大丈夫だったのだからいいだろう?」


 リオンは「何を大袈裟な?」と言いたげに両手を広げ、自身が如何に元気で健康であるかを主張した。


「そういう問題ではありません!! 全く、あなたはリーリエ様のお姿ばかり追いかけて。先程だって俺がどれ程心配したか……。リオン様には、一生を掛けてもご理解頂けないでしょうね!!」

「リーリエが可愛すぎるのだから仕方が無いだろう。ローザリカと同じような事を言うな。それに、私を指差すなど無礼だぞ」


 クライドは、ぴしりと長い人差し指をリオンへ向けていた。


「俺がこれほど無礼な事をしているのです。リオン様は、それ程の事をしているとご理解下さいませ」


 最早、訳のわからない理論で、この偏屈な王太子を説き伏せようとしている。正面から相対したところで、うまくは行かないのだ。



 城内の王族には、それぞれに護衛がついている。

 リオンとリーリエ、国王レオパルド、王弟のアレクシスと彼の妃であるミゼリカだ。ローザリカには、未だ特定の護衛はいない。

 

 もちろん王族の血筋は彼らだけではない。レオパルドやアレクシスの叔父や叔母、従弟等、王族の血を受け継ぐ者たちは皆、領地を賜り公爵位を授かっている。

 リオンは父に師事して、共に彼らの補佐等、様々な執務を行っていた。

 


「とにかく、もうリーリエ様を追いかけて消えてしまう事の無いようにお願いしますね!!」

 

 先程の「リオンお茶会出没事件」の数分前、執務を終えたリオンは、クライドを伴い私室へ戻る途中だった。クライドは城内とはいえ、国王より大切な王太子の護衛を任されているのだ。常に周囲に気を配り、神経を尖らせている。


「リーリエ様を見付けた時のリオン様は恐ろしい。俺が、一瞬目を離した隙に居なくなってしまうんですから。もしも、それがリオン様を狙う不届き者の仕業だったらどうするのです? 俺は毎度生きた心地がしませんよ。いつ、これを使う日がやって来るのか……」


 そう言って彼は、腰に帯刀した剣をわざとらしく見せ付けた。


「悪かったさ。もう何度も謝っているだろう? お前こそ、いい加減に機嫌を直せ。しつこい男は嫌われるぞ」

「なぁっ……!?」


 クライドは大きく目を見開き、ふるふると身を震わせている。


「どうせねっ! どーせリオン様みたいな万年色男には、俺のようなむさ苦しい男ばかりの世界で生きる者の気持ちなど分からないでしょうね! それでなくとも、あなたと共にいる時間が長い為に余計に比較される事になってしまって……。城内の女性たちには殿下が見えない、邪魔、どけ、と陰口を言われる始末。横にいるのが、こんなきらきら王子様。対する自分は一介の兵士。……それでも気合と根性で己を鍛錬し、数多(あまた)いる同志の中から、遂には陛下よりリオン殿下の護衛騎士としての役目まで頂いて……。あぁ頑張った! 自分、超頑張った!! なのに……な・の・に・ですよ!? きらきら王子様の正体は、”妹命”の変態王子。……あ、すみません訂正します。変態では無かったです。”ド”変態の間違いでしたわ。あはははは~」


 クライドは、本気で可笑しくなってしまったようである。「なるようになれ!」とでも言いたげに、腰に両手を当て声高らかに笑い続けていた。彼を象徴させるえくぼが、両頬にくっきりとした皺を作っている。


「なっ……!? いくつか聞き捨てならない言葉を聞いたが……」


 リオンは、クライドを射抜くような眼差しで、じっと見据えた。 


「え? 気のせいですよ。聞き捨てならないのなら、どうぞ聞き捨てちゃって下さい!」


 クライドは方目を閉じ、ウインクをしてみせた。加えて舌をぺろりと出し、煽っているようにも見える。


「お前……!」


 リオンは、あまりの怒りと気分の悪さに体をぷるぷると震わせた。我慢がきかなくなった彼は、がばりと勢いよくソファから立ち上がると、クライドの正面へと向き合う。

 それから目を覚まさせるかのように、彼の襟元をグイっと掴んだ。直ぐ目の前にクライドの顔がある。


「私がその気になったら、不敬罪で即刻処罰されるぞ!!」

「……」


 暫くの間、じっとリオンを見ていたクライドは、何故か突然「ふっ」と笑い出した。


「何が可笑しい?」

「いいですよ」

「え……?」


 リオンは、あまりにも意外な言葉に瞳を大きくした。クライドを掴んでいる腕も自然と緩んでしまい、行き場をなくしたリオンの腕は自身へと収まった。

 尚も、クライドは笑みを浮かべている。


「なっ!? 処罰されたら当然私の任務を外される。それどころか、この城の兵士も続けられないぞ。郷へ戻ったとしても、王家への不敬という罪は一生付いて回る。それでもいいと言うのか?」

「ええ、どうぞ。部屋の外にいる兵士でも、あなたの大切なリーリエ様でもいいですよ。なんなら、陛下へ直接訴えられますか?」

「……っ……」


 リオンは、彼の真意が分からず困惑する。


 

 城の兵士は、王族の護衛を任される精鋭から、倉庫番を任されるような末端の兵士まで含めれば三千人に上る。しかも、その末尾の者でさえ、アルダン中から志願して厳しい審査を通過した者のみが入隊できる。 

 その中の一握りの者たち、しかも、次期国王であるリオンの護衛を拝命されたとなれば、クライドがどれ程の人物か想像だに(かた)くない。


 その護衛騎士が、守るべき相手に対して不敬をはたらく。これほど馬鹿な話は無い。 

 彼らは、常に王家に付き従っている為に民の目に触れる事も多く、憧れの対象でもある。同じ「不敬罪」でも、彼らが犯すのと末端の兵士が犯すのとでは、大きく意味合いが変わってしまう。

 万が一、護衛騎士が不敬をはたらいた事が民の知るところにでもなれば、新聞の一面を彩る格好の醜聞(スキャンダル)となるだろう。


 だからこそ、リオンは彼の言っている事が、信じられなかった。

 クライドは、リオンの「鶴の一声」で、それまでの苦労も努力も地位も名誉も、全てを失うのだ。それに、普段は軽薄そうな男に見えるが、王家に対する忠誠に疑う余地は無かった。

 当然、リオンもそれを分かっていた。


「……」


 クライドの考えを理解出来ず、彼は言葉に詰まってしまう。

 

「いいですよ、訴えても。リオン様が、”本当にそうしたい”のならね?」

「……え?」



 ――ホントウニ、ソウシタイ……?



「知っての通り、俺たち護衛騎士は王家に忠誠を誓っています。それこそ命を亡くす覚悟です。リオン様に死ねと言われれば、俺は死ななければいけません」


 「ははっ」と自ら発した言葉の重さなど意に介せず、いつもの軽口を言い合うように笑っている。

 しかし、クライドの瞳は真剣だった。


「馬鹿かお前は! 死んで欲しい訳無いだろう!?」

「もちろん、俺だって死にたくないですよ。ですが、忠誠を誓うとはそういう事です。ミリアや他の騎士たちも、皆同じ気持ちです。不敬罪で訴えると言われれば、俺はそれに従うしかない。リオン様の御心一つで、俺の人生が決まるのです」

「くっ……」


 リオンは眉間に深い皺を刻み、ぐっと身を強張(こわば)らせる。

 

 「ふぅ……」と張りつめた空気を落ち着かせように、クライドは一度息を吐いた。それから口元に手を添えて、思案するような恰好をする。

 

「しかしですね、不敬罪になれば、この大事な職を無くす事になる訳なんですよ。そうなると郷に残してきた母親への仕送りも出来なくなりますし、罪人ともなれば、その後の再就労も危うくなってしまいます。先行きは非常にまずくなるでしょうね」

「……」

「ですから、これは護衛騎士としてでは無く、一人のクライドという男の願望なんですが……」 


 ポンっと、クライドはリオンの両肩に自身の両手を乗せた。またもリオンは困惑させられてしまう。

 しかし真剣な二つの双眸が、眼鏡のレンズ越しに碧い瞳を捉えていた。


「素直になりましょう、リオン様」

「は?」

「本当は不敬罪とか、そんなものどうでもいいのでしょう?」

「……っく……」


 リオンは、ぎりと歯軋りしていた。けれど、彼自身もそれに気付いていない。


「そんな事あり得ない! 王家を侮辱した者は、どんな奴だろうと罪だ!!」

「へえ。ならリオン様? 何故そんな顔をしていらっしゃるのですか?」

「え……?」


 クライドの目の前には、今にも泣き出してしまいそうな一人の青年がいる。


「リオン様は”王太子殿下”としてのリオン・レオナルド・アルダンでは無く、”只の”リオン・レオナルド・アルダンとしての気持ちを捨て切れていないのです。ですが、一国を総べる為には、時に非情な決断を強いられる事もあります。その時に後悔しないかどうかは、これからのリオン様に掛かっているのです。どちらのリオン様も、リオン様ご自身です。あなたが決めた事に俺はどこまでも付いて行きます」

「クライド……」

「ただですね、先程も申し上げましたが、素直になりましょうか。あなたは次期国王です。あなたのお言葉一つで、この国はどうとでもなります。今はあなたのお父上が権力(ちから)をお持ちですが、いずれはリオン様が俺たちの主となるのです。その時に、大切な宝である息子の心まで”国王”として染まっていたのであれば、その時は俺が陛下を殺してやります。リオン様の”心”を殺すんですかね。俺はリオン様の護衛騎士ですから!」



 ――不敬罪の次は、国王(ちちうえ)殺害予告。

 本当にこの男は馬鹿だ……。


 なのに、リオンは心が軽くなって行く気がしていた。


「ふっ」

「ははっ」


 リオンが笑みを零す。つられたように、クライドも破顔した。

 リオンは傍にあった一人掛け用のソファへ、すっと腰を下ろし足を組んだ。


「しかし、私が本当に不敬罪で訴えていたらどうするつもりだったんだ?」

「大丈夫ですよ」

「え?」

「リオン様を信じていましたから」

「信じる……?」


 彼の胸中を飲み込む事の出来ないリオンは、クライドから視線を外してしまう。

 

「はい。リオン様が不敬罪くらいで訴えるような、器の小さい男だとは思っていませんから」

「それを”信じていた”、というのか?」

「ええ、そうです。”信じる者は救われる”ってよく言うじゃないですか? とにかく信じてみない事には、うまく行く事も行かなくなってしまいますからね」


 リオンは「信じる……」と呟いてみたが、未だに腑に落ちない顔をしていた。


「よく分からない……。信じてもうまくいかない時など、いくらでもあるだろう?」

「もちろんです。いいんですよ、今はそれで……。頭で考えても分からないものですから」

 

 時折りクライドは、リオンにとって難しい話をする。リオンの方が立場は上なのに教えられる事の方が多かった。


 ――信じる、か……。


「まぁ……とりあえず感謝する」

「あれ? リオン様が俺に”感謝”だなんて……。雪でも降るんじゃないでしょうね……」


 本当に驚いた様子で、クライドは目を丸くしながら窓の外を覗いている。


「馬鹿野郎。私だって、時には礼くらい言うさ」

「あははっ! 知ってますよ。リオン様がツンデレ王子だって事くらい。リオン様の事なら何でもねっ!」 

 

 パチンっと、クライドは再びウインクしてみせた。

 

「…………」


 ――この男、20代後半ではなかったか。あと数年で三十路の男にこんな事されても嬉しくないぞ。いや、年齢の問題では無い。男にウインクされたところで何の利点(メリット)がある? 背筋が寒くなるという欠点(デメリット)しかないだろう? ……いや、だからといって女にウインクされたい訳では無い。断じて無い!! 例えばリーリエにウインクされたとしたらどうだ? ……あぁ、可愛すぎる! それは可愛すぎてしまう!! ということは、私はウインクされたいという事なのか? ……いや、だめだ、だめだ!! それでは王太子としての威厳が、尊厳が失われてしまう。トップシークレットだ! 国の最重要機密だ!! 墓場まで持って行かねばならない極秘事項だ!!!


 何やらぶつぶつと呟いていたリオンは、最後にグッと力強く拳を握った。

 それに没頭するあまり、直ぐ傍にクライドの顔があったのにも気が付かなかった。


「あの? リオン様……?」

「え? ……うわあぁぁっ!! おっ、脅かすんじゃないっ!!」


 反射的に、リオンは仰け反る形になる。


「いや、だってリオン様全然気付かないんですもん。」

「か、考え事をしていたのだ。それにお前な、一度ならず二度までも気味の悪いものを見せるな! その上、何だ? ツン、デレ……? とかいうものは?」 

「あぁ、それは気にしないで下さい。こっちの話です。リオン様の代名詞……とでも言えばいいんでしょうかね。とにかく気にされなくて結構です」

「そうか、まぁいい。……私は夕食まで少し休む」

「承知しました。では、部屋の外にて待機しております」


 クライドは、挙手の敬礼をしてドアの方へと足を進める。

 それからドアノブに触れ、退出する寸前に「あ!」と思い出したように振り返った。

 

「あ、そうそう。リオン様が実はウインク萌えで、リーリエ様にウインクされたら可愛いだろうな~とか、あ・ぶ・な・い・妄想していらっしゃったのは内緒にしておきますね!」


 ニコリとしながら話す彼の言葉を直ぐには理解出来ず、リオンは「え?」と一時固まってしまう。

 だが、その直後にハッと目を見開くと、白い顔を瞬時に赤く上気させた。



「ああぁぁぁぁーーー!!!」


 

 そんな彼の心境を知ってか知らずか、クライドはニヤリとした笑みを浮かべ、「では、失礼致しました」と一礼して去って行った。





 ――その日の夕食時、リオンは真っ赤な顔で現れた。脇には、いつものようにクライドを付き従えている。しかし、平時と違うのは、彼の口元がニヤニヤと笑いを堪えているように見えた事だ。

 リオンは食事を終えると、皆と会話をするでも無く、早々に私室へと戻って行った。



「どうしたのだ、リオンは?」

「わたくしにも分からないのですわ、お父様。ですが、微かに”私は違う、私は正常”などと言う声が聞こえましたの。どこか具合でも悪いのでしょうか。心配ですわね……。お姉様は聞こえました?」

「いいえ、わたしには聞き取れなかったわ。確かに顔が赤かったわね。後で医師(ドクター)に診てもらった方がいいのではないかしら。お父様、医師は診察室にいらっしゃったかしら?」

「ああ、さっき歩いているのを見掛けた。後で声を掛けておこう。ミゼリカ頼んだぞ」

「承知しましたわ。侍女に頼んでおきましょう」




 その後、突然リオンの部屋へと医師が現れた為、彼はとうとう自分が可笑しくなってしまったのだと絶望感に襲われた。もう自分は、国王どころか王太子ですらいられないと……。


 そんな諦めにも近い気持ちの中、医師から「正常、健康」と正式に診断され、リオンはホッと胸をなで下ろしたのだった。





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