*18*わたくしは知らない
「……で、何で僕がリオン殿の隣なのかな?」
――これは、どういうことなのかしら……?
リーリエは、非常に戸惑っていた。
否、それはローザリカの夫であるクリスティアンとて同様だろう。
「……」
「……」
四人掛けの馬車の中で、リオンとローザリカは向かい合わせに座っていた。
リオンは腕と足を組み、左側にある小窓から外を眺めている。
彼は、膝丈程までの白い外套を羽織っていた。襟元や肩、袖口などには、華やかな金糸の装飾が施されている。また、濃紺色の正装からは、クリスティアンと同様に肩章と飾緒、勲章は外されていて首元はゆったりと開いており、そこからは白いシャツが覗いている。
対するローザリカは、正面の彼から視線を外すように俯き加減だった。
彼女は、水色のドレスに身を包んでいた。スカートと袖口の部分には、同系色のレースがふんだんにあしらわれてある。
二人は、一様に無言だった。
「確かにさ、まだ正式な婚姻前でもあるし、僕がローザリカの隣にというのは早いかもしれないよ? それはわかるけれど、どうしてリオン殿がローザリカの前なのかな?」
「……」
けれど、リオンは沈黙を貫いている。
――お兄様、何を考えていらっしゃるのかしら……。
リーリエたちは、トマス・グロスター公邸へと向かっていた。
今日は薄桃色のドレスを着用している。しんなりとしたサテン生地で、腰の部分に大きなリボンが付いている彼女のお気に入りだった。
昨夜のうちにローザリカの体調も回復した為、本日の昼食後、家族に見送られて城を出発した。
クライドとミリアも馬に跨り、馬車を守るように両側にいる。ミリアはいつもの侍女服ではなく、護衛騎士の装いだった。
このまま順調に行けば、夕刻までには到着するだろう。
けれど……
――なぜ、わたくしの隣にお姉様がいるのでしょうか……?
リーリエはクリスティアンと同様の疑問を感じつつも、終始無言で居続けるリオンとローザリカへの対処に困っていた。
この馬車に乗る前、クリスティアンは昨日の約束通りにリオンへと謝罪した。彼は「ああ、いや……。私も悪かった……」と言って、一先ずは二日間を共に過ごす為のわだかまりを払拭させる事は出来たようではあった。
そして、先に主賓であるクリスティアンに馬車へと乗ってもらったのだ。
だから、リーリエは彼の前に座った。当然、クリスティアンの隣にはローザリカが座るだろうと思ったし、自分の隣に兄がいれば不自然な事ではない。
けれど兄は「ローザリカはリーリエの隣に座れ」と言い、自身はクリスティアンの隣に腰を下ろしたのだ。
従姉は一瞬戸惑ったようではあったが、「ええ……」と呟き、素直にそこへ腰掛けた。
リーリエは、さすがに気が引けてしまったので兄へと進言したのだが、「これでいい」と言われてしまった。「なぜ?」と聞いても「リーリエは知らなくて良い事だ」と返答され、それ以降口を閉ざしてしまっている。
ちらりと右隣にいる彼女を覗き見る。そこには、いつもの従姉がいた。
けれど、何かがおかしいと感じた。それがどこかと言われれば、はっきりと答える事はできない。
先程から兄と従姉は、正面にいるというのに一度も目を合わせようとしないのだ。それに、この配置についても奇妙な印象は拭えない。
その時ふと、「そういえば……」と思い出す。
――一昨日のクリス様との会食の時にも同じような訝しさを感じましたわ。やっぱりクリス様が来てから、皆の様子がおかしい気がしますわ……。
それはクリスティアンがやって来る三日前までは、感じた事のない違和感だった。
――いつか、わたくしにも理由を教えて頂けるのかしら。なんだか、わたくしだけ仲間外れみたいだわ。
リーリエは、不意に寂しさを感じる。
ローザリカの体調についてもそうだ。
これまで、何度も彼女の辛そうな表情を見てきた。昔は、その度に父たちへ従姉の病気について問うていたが、先程の兄のように皆「リーリエは知らなくて良い事だ」と言い、一様に口を噤んでしまう。その為、ここ数年は家族の間でも話題に出さなくなってしまったくらいだ。
「……あ、あのお姉様? もうお体の具合は宜しいのですか?」
リーリエは、意を決して尋ねてみた。
この状態で共に数時間過ごすのでは、さすがに居心地が悪いからという訳合もある。
「あ……え、ええ……。大丈夫よ。ありがとう、リーリエ」
突然話を振られた為、彼女は一瞬驚いたようではあったが、ニコッと笑って答えてくれた。
「本当に大丈夫? ローザリカ」
クリスティアンも声を掛ける。彼も、気遣わしそうな表情をしていた。
「ええ。クリスもありがとう」
「良かった! 本当に心配したよ。もし、また辛かったら直ぐに言ってね」
「ええ、わかったわ」
彼らは、互いの瞳を合わせて微笑み合っている。
――ふふっ。お姉様の旦那様が、クリス様で本当に良かったですわ。
リーリエは、目の前の二人を見て安心していた。思わず、自分も口元に笑みをもらしてしまう。
彼にならば、大事な従姉を任せられると思ったのだ。
まだ出会って三日目だが、彼はしっかりと相手の目を見て話してくれる上、自分の想いを素直に言い表してくれる人なのだという事がわかった。
――あら?
不意に、自分の対角線上に位置している兄の表情が気になった。睦まじげな二人の様子を見ていたら、自然と目に入ってしまったのだ。
――なんだか苛立っていらっしゃる……?
リオンは変わらず窓の外を眺めているが、彼の眉間には微かな皺が見てとれた。
――お兄様も最近様子がおかしいわ……。




