*14*彼女たちの疑念Ⅱ
――頼むって何かしら。お姉様たちと共に楽しんでくれという事? ……あ、もしかしたらお姉様のお体の事を言っているのかもしれないわ。今はクリス様もいらっしゃるし、わたくしからはあまりお姉様の体調については触れない方がいいかもしれないわ。でも……。
リーリエは最も合点のいく理由へ思い至り、一応の納得をする。
――何なのかしら。この感じ……。
レオパルドがリーリエも共に楽しめと言った事であったり、アレクシスの「頼む」という言葉であったり、何かが腑に落ちないような気がした。
――いいえ、お父様や叔父様の言葉に特におかしなところはないわ。
なのに……。
リーリエは、この場に流れている妙な空気を感じていた。
自分とクリスティアン以外の者の間に流れている空気……そんな空気が存在するような気がしたのだ。
それは、先程から沈黙を貫いているリオンとて同様だった。無言ではあるが、その空気に馴染んでいるように感じるのだ。
彼らは、レオパルドやアレクシスの言葉が、まるでそれが当たり前であるかのように気にする素振を見せていない。リーリエが疑問を抱く方が不自然だとでもいうように、その場にはいつもの空間が在るだけだった。
――わたくしの考え過ぎなのかしら……。けれど、それにしては妙な気がするわ。そういえば、その前のお姉様の雰囲気もおかしかったわね。
先刻のアレクシスに対するローザリカの反応を思い出した。
――なんだか一瞬、お姉様が別人のような気がしてしまいましたもの。
リーリエはこれまでずっと彼らと食事を共にしているが、このような違和感を感じるのは初めてだった。彼らは既にクリスティアンと笑顔で語らいを始めていたが、リオンだけは未だに無言でコーヒーを飲んでいた。
――そういえば、お兄様の様子もおかしかったわね。なんだか、クリス様が来てから皆の様子が変だわ。
ちらりと、左隣のリオンの姿を覗き見た。けれど、そこにはいつも通りの兄がいるだけで、別段変わった風では無い。
「あの、お兄様?」
「ん……? 何だ?」
リーリエは幾らか小さめに声を掛ける。この席に着いてから、初めてリオンと視線を交わす事が出来た。
「わたくしの気のせいかもしれないのですが、お父様たちの様子が何だかおかしい気がするのですわ」
「……父上たちの? 何がだ?」
「それが、わたくしも何かと申されますと、よくご説明出来ないのですけれど……」
「?」
リオンは口元に手を添え、じっと思考を巡らせた。
けれど――――
「そうか? 私は特に気にならなかったけどな。リーリエの思い過ごしだろう」
「そうですか……」
兄であれば、何か知っているのではと思ったのだが、的が外れてしまった。それとも、知っているのにはぐらかされてしまったのか……。
考えても答えは出ない為、一先ずは兄の言葉を信じ、気のせいなのだと思う事にした。
「……あぁ、リオン。そういえばな」
クリスティアンたちと話に花を咲かせていたレオパルドが、突然思い起こしたようにリオンへと話し掛けた。
皆会話を中断し、彼らへと注目する。
「昨日、トマス・グロスター公には会ったか?」
「昨日ですか? いいえ、会っておりません」
トマス・グロスター公とは、レオパルドとアレクシスの父の弟、つまり彼らの叔父に当たる人物だ。リーリエたちからみれば、大叔父という間柄になる。彼は、ここからそう遠くない場所に領地を賜っており、馬車で向かえば数刻で到着する距離だ。
「そうか。実は昨日、上申のため偶々この城へ来ていてな。ローザリカの輿入れの話をしたところ、是非遊びに来てくれと言ってくれたのだ。しかも一泊だぞ。お前たちだけで外へ出たことはないだろう? あと僅かでローザリカとも別れてしまうからな、楽しんで来い。クリスティアン殿、せっかくだからこの子らとアルダンの領地へ足を運んでみてくれ」
クリスティアンは、レオパルドからの思い掛けない申し出に顔をぱあっと明るくさせた。
「ありがとうございます! とても貴重な経験をさせて頂けて嬉しいです。なんだか婚前旅行みたいだ」
レオパルドも「良かったな」という風に、リーリエたちに笑みを見せた。
「え……? それって……」
リーリエは、隣に座る彼女を見る。
「ええ。初めてわたしたちだけで外へ遊びに行ける、ということね」
ローザリカは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「お姉様!」
「リーリエ!」
二人は、お互いの顔を見合わせながら、「やったわね!」と喜び合った。
「良かったな、ローザリカ」
「楽しんでいらっしゃいね」
アレクシスとミゼリカも、娘の最初で最後になるであろう外出許可を喜んでくれる。
――お姉様と離れてしまう前に少しでも思い出を作りたいですわ。それに、お兄様ともお出掛け出来るという事ですものね。
リーリエは、ローザリカと外出できるという事はもちろん嬉しかったが、それに加え、リオンも共にいるという幸福感でいっぱいになった。
けれど――――
「それは私も共に行くという事ですか……?」
リオンは、無表情なまま視線だけレオパルドに向けて尋ねた。
――お兄様……?
リーリエは、乗り気でなさそうな兄の態度に一抹の寂しさを感じる。
「ああ、もちろんだ。お前だけ留守番では可哀想だろう? それにお前がいればいろいろと口が利くだろうからな。クリスティアン殿もいるのだ。彼らをしっかり守ってやってくれ」
「……。はい、わかりました……」
リオンは力なくそう答えると、謁見の間でレオパルドに叱責された時のように拳を握って下を向いてしまった。
――どうなさったのかしら……。今日は、ずっとお元気がないわ。
しかし、兄がどう思っていようとも、明後日グロスター家へ行く事は決定している。
リーリエは逸る気持ちを何とか押し止め、まずは明日、クリスティアンとローザリカの仲を深める為、自分なりに出来る事をしようと思っていた。
「楽しみね、リーリエ!」
「はい!!」
リーリエとローザリカは、満面の笑みで本当の姉妹のように喜んでいた。
それは、直ぐ隣にいた彼とは、あまりにも対照的な光景だった――――




