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*1*わたくしとお兄様とお姉様

「あぁリーリエ! 私の可愛いリーリエーー!!」

「きゃあぁぁぁっ!!」


 ぼすっ! という音をたてて可愛らしい少女が、縁なし眼鏡をかけた見目麗しい青年に抱きとめられている。

 リーリエと呼ばれたその少女は、一流の庭師が手入れしていると一目でわかる、この美しい庭園の中心に位置する東屋にいた。ぐるりと何本かの柱が立ち並び、とんがり帽子のような形の屋根が乗っている純白の東屋だ。

 そこでお茶会を楽しんでいたリーリエは、持っていたティーカップを思わず落としてしまいそうになる。


「リーリエ様!!」


 彼女を取り囲んでいた女性たちが慌てて近づいたが、寸でのところで態勢を持ち直した。


「大丈夫よ、ミリア。お兄様、ちょっと苦しいですわ」


 「お兄様」と呼ばれた青年は、「うぅ~」と苦しそうにする彼女の言葉を聞こえていないのか、もしくは聞こえていないふりをしているのか、ぎゅうっとますますその抱きしめる力を強めた。


「全く……。今日はまた一段と派手なご登場ね。リーリエはお人形ではないのよ、リオン王太子殿下?」


 リーリエの正面に腰掛けている女性がいた。ニコッと笑顔を見せる彼女もまた美しい。

 真っ赤な薔薇のような唇。それと対照的な絹のような白い肌と、手入れの行き届いているウエーブのかかったサラサラな金髪が印象的だ。前髪は、その透き通るような肌を惜しげもなく晒すようにサイドに流され、綺麗な髪飾りで留められている。今日は髪を下しているので、サワサワと穏やかな風が、腰まである彼女の髪をより一層美しく見せる。

 そして、深紅の(シルク)のドレスに身を纏っていた。

  

「いたのか、ローザリカ」


 リオンと呼ばれた青年は、そっけなく言い放った。まるで、リーリエ以外に興味はないと言いたげだ。

 それほど大きくない丸テーブルの正面にいたのだ。見えていないとは思えないが、リオンがリーリエを溺愛していることはこの城中の者が知っている。

 リオンが彼女以外目に入らなかった可能性も、あながち嘘ではない。


「ええ。およそ一時間ほど前からね」


 彼女は先程つくった笑顔をそのままに、こくんと首を傾げた。

 彼女の動作一つ一つには、洗練された美しさがある。世の男性が目にすれば、直ぐに魅了されてしまいそうだ。

 しかし、目の前の青年には効き目は無かったようだ。


「あなたの大切で、宝物で、アルダンの至宝の妹御と、ずっとご一緒していたわ。あなたが執務に(いそ)しんでいた間中ね」


 ローザリカと呼ばれた女性はふふんと鼻を鳴らし、「悔しいでしょう?」と言いたげだ。


「それがなんだと言うんだ? リーリエとの時間を設けようと仕事を早く終わらせたんだ。私は、これからもっとリーリエと濃密な時間を過ごすぞ」


 リーリエとローザリカはあまりな言い様に、おかしなモノでも見るように、もともと大きな瞳を更に大きくさせた。(はた)でお茶や菓子(スイーツ)の準備をしていた侍女たちも、さすがに驚いたようだ。


「まあ! これが一国の王子の言うことかしら。この国の知性と美貌を兼ね備えた素晴らしい王子様が、こんな行き過ぎたシスコンだと知ったら民はどう思うかしらね」

「お兄様、お姉様の言う通りですわ。その言い方は、色々なところに誤解を招いてしまいます。口を慎んだ方が宜しいかと……」


 彼は従妹だけでなく、妹からも非難された事で落ち着くかと思われたが、これくらいで挫ける人物では無かった。


「心配せずとも大丈夫だよリーリエ。誤解する奴はさせておけばいいのさ。その方がおまえに悪い虫が寄ってこないだろう。虫除けさ!」

「この気持ち悪いシスコンぼけ王子が……」

 

 何か、ぶつぶつとローザリカは呟いている。


「なにか言ったか? ローザリカ?」


 彼らのいつもと変わらない遣り取りに、ミリアを筆頭にした侍女たちは「ふふっ」と思わず笑みを零す。

 ローザリカは、「コホン」と一度咳払いをして続けた。


「いいえ、なんでもないわ。けれどリーリエも十六歳だわ。そろそろ縁談の一つや二つあるのではなくて? それに殿下、あなたこそ王太子妃を迎えなければならない頃よ。この間纏まりそうになっていたマリアンヌ侯爵令嬢はどうなさったの?」

「あぁ、あれね……」


 リオンは、一度眼鏡の眉間をくいっと持ち上げた。その表情からは、彼の心中を覗う事は出来ない。


「あれは……」


 彼は冷めた声色で、王太子妃に相応しい身分の者を「あれ」と突き放すように言い切ってしまった。

 リーリエにとっては優しくて大好きな兄であるが、アルダンの民にとっては、父であるレオパルド王の次に高貴な身分の者だ。


 ――そしてわたくしは、王太子の妹である王女。わたくしも、いつかどなたかと結婚して、この城を離れなければならないのかしら……。大好きなお父様、お姉様、それに……


 リーリエは、自らに未だ抱き付いたままの兄に応えるように、ギュッと彼の腕に手を添えた。



 ――お兄様とも……。



 リオンは、自身の腕に触れる小さな手に気付く。


「ん? どうしたんだい、可愛いリーリエ。ずっと兄の傍にいておくれ」

「はい。わたくしもお兄様の傍から離れたくありません。この大好きな場所から出たくありませんわ」


 リオンは、リーリエの頭を優しく撫でた。それに応えるように、彼女は顔を上げてリオンの瞳を見つめる。


「はぁ、始まったわ……」

 

 ローザリカは「またか」と、呆れの籠もった溜め息を零した。 

 これが兄妹でなければ、恋人たちの愛の言葉そのものだ。そして、そこにいる二人共が美しい容貌をしている為、繊細な一つの絵画のようにも見える。

 

 リオンは、ローザリカによく似た美しい金の髪を持っている。凡庸な髪型ではあるが、それは強いカリスマ性を放つ。切れ長の碧い瞳、スッと通った鼻、スラリと伸びた背丈。どれをとっても全てのパーツが精巧な金細工のようだ。正に、世の女性が描く「王子様」を体現したような王子である。

 視力があまり良くない彼が身に付けている縁なし眼鏡は、今や市井の流行(ファッション)の一つとなっている。その眼鏡の奥深くに存在する碧い瞳は、妹や父でさえも全てを覗き込む事は出来ない。


 リーリエは、兄や従姉の様な金の髪ではなく落ち着いたライトブラウンだ。真っ直ぐなストレートのサラサラな髪は、掬おうとしても水のように容易ではない。

 リーリエもまたローザリカと同じように、腰までの長さまでの髪をおろし、風の赴くまま靡かせている。けれど彼女の美しい額は、ライトブラウンの髪で隠されてしまっている。白い透明感のある肌と長いまつ毛、薄いピンクの可愛らしい唇。そして、薄緑色の愛くるしいロングドレスに身を包んでいた。

 背丈はリオンの胸ほどしかないため、兄に抱きしめられるとすっぽりとその身が収まってしまう。

 

 二人ともこの国の宝、大切な大事な国王の子。

 リオンが金細工ならば、リーリエはガラス細工。粗末に扱えばすぐに壊れてしまうだろう。

 また、彼女もリオンやローザリカのように碧く美しい瞳を持っている。

 この国の王族は、金の髪と碧い瞳が多く産まれる。ただリーリエは彼女たちの母、即ち「王妃」の血を強く受け継いだ。陛下の妻であるエメリア王妃はライトブラウンの髪をしているのだ。否、して”いた”。


 


 エメリアは、もともと体があまり強い方ではなかった。

 リーリエを産んだ後、もともと体力が弱まっていたところを、その当時の流行り病にかかり呆気なく亡くなってしまったのだ。

 王妃を心から愛していたレオパルドは、嘆き悲しんだ。

 生前描いた王妃の大きな肖像画を、毎日毎日眺めた。

 何日も何日も……。宰相達の忠告も耳に入らないくらいに……。

 

 当然国王が仕事をしないため、執政は滞る。もういい加減に腹を括らなければ、国が傾くかもしれないというところまで来ていた時だった。


「おぎゃぁぁぁぁぁ」 

「ちちうえ……」

 

 けたたましい赤ん坊の泣き声に混じり、か細く寂しそうな声が聞こえた。宰相達の大きな叱責声は耳に入らなかったのに、その小さな声は確かに彼の心に沁みわたった。

 振り向くと小さな我が子が二人いた。

 まだ3つばかりの小さな我が子が、産まれたばかりの幼子を大切そうに抱えていた。


「リーリエがね、なきやまないんだ……。ボクが抱っこしても、侍女たちがだっこしてもなきやまないんだ……」

「おぎゃぁぁぁぁ」

「ボクどうすればいいのかわかんなくて……。ちちうえならなんとかできるんじゃないかって。は、ははうえは、もう……いない、から……」

「おぎゃぁぁぁぁ」

「ふっ、う……うわぁぁぁぁん!!」

 

 彼は走った。体が、心が勝手に動いた。

 二人を抱きしめて、二人の温もりを感じた。


「私は馬鹿だ! 大馬鹿だ!! ごめんなリオン。こんな不甲斐ない父親で。リーリエは母の顔や温もりさえ覚えていないだろうに……」

 

 レオパルドも自然と涙を流していた。


「ほんとうに馬鹿だ……。エメリアはいるじゃないか、ここに……」

 

 そして、エメリアの忘れ形見であるリオンとリーリエを一層強く抱きしめた。


「お前たちからエメリアの温かさ、強さを感じる。お前たちは私の宝だ。希望だ」

 

 それからレオパルドは今まで怠っていた政務を必死に執り行い、この国も傾かずに済んだ。




――――

「そうして、二人共陛下から大事に大事に育てられたのよね」


 ローザリカはテーブルに両肘をつき、両手指をクロスさせ顎をそこに乗せた格好で微笑んでいる。

 この”美談”は、今では民衆の語り草となっている。


「昔の話だろう。今は母上がいなくとも父上も私も大丈夫だ。幼い頃とは違う」 

「ええお兄様。わたくしはお兄様とお父様とお姉様、叔父様、叔母様、それにミリアやクライドがいれば大丈夫ですわ」

「そうだろう。……ってそういえばクライドはどこへ行ったのだ?」

 

 今更、やっと自らの護衛騎士がいなかった事に気付いたらしい。リオンはきょろきょろと辺りを見渡す。


「全く……。殿下、あなたはもう少し危機感を持たないとだめだわ。何のための護衛なの?」

「私は、いつも言っているのさ。城の中まで護衛など必要ないと」

「そういう問題じゃないのよ! あなたやリーリエに何かあったらこの国だけじゃないの。他国との関係も崩れてしまうわ。それに、もし陛下が崩御されたら王位継承権を持つ男子は、今あなたしかいないのよ」

「でもお姉様? わたくしは、お姉様も護衛は必要だと思いますわ。お姉様も大切な家族です。叔父様も心配されていましたわ」

「……。わたしは大丈夫よ。お父様は心配し過ぎなのよ」


 ローザリカは王弟の娘、つまり、リオンやリーリエとは従兄妹の関係にあたる。

 偶然にもリオンと同じ年に産まれ、同じ城内の離宮で生活していたローザリカはリオンと共に学び、遊び、成長してきた。

 王弟と妃の間には、彼女一人しか子が出来なかった。国王も、エメリアが亡くなってからも後妻を娶る事はなかった。

 その為、三人の絆は強い。ローザリカは、彼らと本当の兄妹のように育った。


 リーリエも彼女が大好きだ。大好きで大切な家族だ。実の姉ではないが「お姉様」と言って慕っている。だから、心配もしてしまう。


「わたしの事よりリーリエよ。こんなに可愛いんだもの。いつ野蛮な男に付け狙われるかわかったものじゃないわ」

「たまには君と意見が一致することもあるものだね、ローザリカ。本当にそうさ。私の可愛いリーリエが、いつ気持ちの悪い野蛮人の毒牙にかかるかと思うと気が気じゃないよ。……頼むぞ、ミリア?」

「はいっ」


 ミリアは、右手を胸に当て、敬礼をした。

 ミリアは、普段は侍女の仕事をしている。リーリアの化粧からヘアセット、衣装・宝飾選び、着付けから始まり、私室の掃除、洗濯、お茶出し、来客のおもてなし等など……。何から何までできる完璧侍女なのだ。

 その上、普段王族はお抱え料理人がいるのでその腕を振るわないが、料理やお菓子作りも一流シェフ並みの腕を持っている。


 そして、彼女にはある秘密がある。

 ミリアは、その侍女の腕もさることながら、武術の腕も相当なものらしいのだ。そのため、彼女は表向き侍女としてその手腕を振るっているが、リーリエのお抱え護衛騎士としての役目も任されている。

 リーリエも、未だその腕を確かめたことはない。確かめずにいられるならば、その方が良いのだから。


「リーリエほどの美しい少女は、このアルダンの国中を探してもいないだろうからね。それよりもローザリカ。他人のことより、まず、自分のことを心配した方がいいんじゃないかな? また、婚約破棄されてしまったそうじゃないか?」


 リオンは、彼女へ挑発的な視線を向けた。と、ほぼ同時にローザリカからプチっと何かが切れるような音がした気がした。

 リーリエは、家族同然のローザリカの不穏な空気をいち早く察する。


「お兄様!! だめです! それ以上は……」

「いいのよ、リーリエ。もう殿下へお話が通っていらっしゃったのね?それなら話が早いわ。では、殿下の部屋へ赴き、この度も婚約を白紙とされてしまいましたと、わざわざ大切で貴いわたしの時間を使わずに済んだということですわね?それは、どうもありがとうございました」


 ローザリカは、湧き上がる怒りを抑えながら、努めて平静に言葉を連ねた。しかし、普段は冷静な彼女でも、その怒りは隠しきれなかったらしい。ピクピクと口元が痙攣している。


「お礼を言われているはずなのに、なんだか君の周りの空気が怖いよ。それにここ」


 リオンはリーリエから離れ、カツカツと二、三歩程度足を進めると、ローザリカの眉間を指差した。


「そんな怖い顔していると皺が増えるぞ」

「なぁっ……!?」


 ローザリカは、声にならない言葉を叫ぶ。そして、その場にいたリオン以外の全員が、ヤバい空気を察したのだ。

 ”皺”は女性に絶対に言ってはいけない禁句(ワード)だ。特に、彼女の様な美しい女性には……。

 プチプチプチッと、再び何かが弾けるような音がした。先程聞こえた音は、空耳では無かったらしい。


「リーオーンーーー?」


 完全に目が据わってしまっていた。それに、「殿下」と敬称で呼ぶのも忘れてしまっている。

 今、彼女の中では、リオンは王太子殿下ではなく只の”敵”だった。


「流石に今日ばかりは、ぶったたいてやんないと気が済まないわーーー!!!」


「お止め下さいませローザリカ様!」

「落ち着き下さいませローザリカ様!」

「お姉様ストーーーップですわ!!」


 リーリエやミリア達侍女が、ローザリカの体を押さえつける。

 いくらこの場にいる皆が、彼女の怒りを理解しようとも、相手はこの国の王太子殿下。その綺麗な顔に傷をつける訳にはいかないのだ。

 しかし、懸命に彼女の怒りを抑え込もうとしているのに、当のリオンはどこ吹く風。まるで、楽しんでいるようですらある。


 そして、今日も彼女たちの楽しくも平凡な一日が過ぎて行く――――

 



「ったく。もう少し自分も大事にしろよ。ばか……」

 

 そして、彼のひどく小さな独り言は、風に溶けて行った――――







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