そんな毎日―魔王さまは奮闘中―
滅んだある人の村から魔王は幼子を拾い、名を与え、手許においていた。
金髪碧眼の美貌の魔王は今日も執務室で政務に追われている。
執務をとる机は大きく、その下は幼子が遊ぶには十分な広さがあった。
魔王に拾われた幼子は、銀色の頭をめぐらせ、菫色の瞳をきょろきょろと動かし、机の周りをくるくる回る。
疲れてくると、時折、机の下にもぐり、座り込んでは、魔王の足と戯れたりした。
「ミーオ、ミオソティス。そろそろ昼ご飯を食べようか」
午前中にこなす政務を片付けた魔王は、机の下を覗きこみ、幼子に声をかける。
「ディー、ディー、あーい」
にこにこ顔のミオソティスが両手を伸ばしてきた。
ディーと呼ばれた魔王アーイディオンはその姿を見て、破顔し、自らも机の下にもぐりこんだ。
彼女を抱き寄せて、ぎゅうっと幼子特有の柔らかさを堪能した後、立ち上がると声を張り上げる。
「アラゾニア、昼食の用意を」
金色に赤みが混ざった髪は、腰まで緩く大きなうねりを持ち、白い面を彩る涼やかな目の奥は翡翠色で飾られ、腫れぼったい唇に薄く紅が引かれた妖艶な美女が頭をたれて、あらわれた。
「魔王さま、ミオソティスさま、ご用意できております。さぁ、隣の部屋へどうぞ」
優雅に一礼して、二人の先に立ち、扉を開けて待つアラゾニアの横から、ミオソティスを抱き抱えたアーイディオンが通り、席につく。
「本日の離乳食は、鰹だし風味のお粥と林檎のしりしりに、お飲みものはノンカフェインの麦茶でございます」
目の前に並べられた食事を見て、ミオソティスは険しい顔をしながら、威嚇するように唇を尖らせた。
「ぶるるるぅ、ぶるるるぅ」
「ミオはまだミルクがいいのかい。大きくなるためには、他のものも食べられるようにならなくてはいけないよ」
苦笑いしながら、アーイディオンは、優美な様でお椀を持ち、左手に持ったスプーンでお粥をひとすくいすると、ミオソティスの口元へ運ぶ。
「いー、や、いーや」
銀色の頭を激しく振り、イヤイヤをするミオソティスと根気よく食べさせようとするアーイディオンの姿、なかなか進まない食事の様子を眺めていたアラゾニアは軽くため息をつくと前に進みでた。
「恐れながら、魔王さま。これではミオソティスさまはお召し上がりになりませんわ。ほら、早く、そこを、おどきくださいませ」
アラゾニアを一睨みすると、アーイディオンは席を譲った。
入れ代わるように席についたアラゾニアは、妖艶さを残したまま。
「はーい。ミーオさまー。このお粥とーってもおいしいですわよ」
こども好きする満面の笑みと口調、ひとすくいした粥をアラゾニアは食べる仕草を見せ、そのあと、さらに満開の笑顔で言った。
「あー。おいしいですわ。ほーら、ミオさま、食べてみませんか」
アラゾニアの様に興味を引かれたミオソティスは、手足をバタバタさせて。
「うー、うー、あーい」
「はーい、ミオさま。あーんですわ」
「あーん」
「アラゾニア、ミオと呼んでいいのは私だけだ」
まるで威嚇するような声音でアーイディオンが唸った。
「あーら、恐いわー。むっつりで堅物の魔力だけは高いどこかの誰かさんに言われたくないですこと。ねー、ミ、オ、さま」
「あい?」
もぎゅもぎゅと口を動かして、ミオソティスは愛らしく首を傾げた。
その姿に笑みをこぼしつつ、手はきちんと動かしながらも、アラゾニアはアーイディオンと応酬しあう。
「魔王さま。ここにいらっしゃったんですか」
勢いよく部屋の扉を開け、短い黒髪の青年が緑の瞳でアーイディオンをとらえ入ってきた。
「まー、扉は静かに開閉なさいと言っているでしょ。パラトゴロ」
「申し訳ありません。魔王さま、急ぎ目を通していただきたい書類がありまして」
アーイディオンの前に膝をつくとパラトゴロは手に持っていた書類をうやうやしく手渡す。
そんな二人のやりとりを横目に、ミオソティスは林檎を食べ、麦茶を飲み干した。
「うっ、ふわぁー。わぁー」
目がうとうとし、ミオソティスの小さな体が揺れてきたので、アラゾニアはその口元と手を拭き、目線で皿を下げるよう侍女に指示を出す。
「ミオソティスさま」
「ミオ」
アーイディオンはパラトゴロに書類を押し付けるように渡すと、アラゾニアと同時に名前を呼び、一足先に小さな体を持ち上げ、抱きこんだ。
早足で扉の前に行くと、後ろを振り返った。
「今から、寝室へ行く。パラトゴロ、その案件は午睡の後に対応する。アラゾニア、3時のおやつを用意しておくように」
そう言い置くと、胸元に抱えた者を愛おしげにほお擦りしたあと、慈愛の眼差しを向けて進んでいった。
おまけ
『その後の会話〜アラゾニアとパラトゴロ編〜』
「アニアさん、俺、最近のあの人見てると身震するんだけど」
「あら、パラゴ。奇遇ね、私もよ。そういえば、あなたはもう一人のミオソティスさまにはお会いしたことなかったわね」
「俺が生まれたときは、モイラ家自体断絶したあとだったからなぁ」
「そう、じゃあ、わからないわね。あの方は本当にミオソティス・タラッタ・モイラの名に相応しいわ」
アラゾニアは心の中でジリャとオルギも気づいているはずだわと付け加えた。