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四条ヶ原茉莉

「戦闘?…なんのこ」

 そこで僕は言葉を止めた。

 いや、驚きで声が出なくなった。

「…何を驚いているの?」

 女はこの現象がさも当然かのように小首を傾げている。周りの部員も「始まったー!」などと言ってはしゃいでいる奴が大半だ。

 これが当然とは、いったい勝成高校美術部はどのような集団なのだ。


「どうしました、聖夜さん。始めましょう!」

 今、僕の目の前では、ついさっき溶けたばかりの四ノ三八が特大サイズの絵筆を持って振り回している。

 ──…僕が驚いた原因、それはこいつだ。


 目の前のこいつは、女が手に取った絵の具の付いた絵筆を一振りしただけで現れた。

 そんな理解不能な現象が起こったというのに、部員達はヘラヘラしている。

 ……これは、こんな僕でもさすがに驚く。否、驚かない方が以上だ。

「早くしましょーよー。待つの飽きましたし…」

「九条ヶ原くん、あなたにはこれを」

 そう言って渡されたのは、キャンバス・絵の具・絵筆の絵の具セット。これに加え、何故か先ほどのホースも持たされた。先から少しだけ水が出されている。水はこれを使えという事なんだろうか。


「では、ルール説明を。一は九条ヶ原くんに直接危害を加えないこと、あくまで試すように煽って下さい。九条ヶ原くんはこの練習試合で“才能”を目覚めさせること、怪我はさせないので思いっきりやって下さい。制限時間は無制限。九条ヶ原くんの“才能”が目覚めた時点で終了です」

「……は、はぁ…」

 つまりは、どういう事だろうか。僕がこの四ノ三八と戦うということか?どうやって…?

 というかまず、戦うことが前提な事からおかしい。ここは美術部だ、戦うことなんてまずあり得ない。

「部長、さすがにいきなりずぎやしねえか?コイツはただの根暗だろ。“才能”とか…」

 頭の上が金髪、それ以外は黒髪の逆プリン頭の男がもっともらしい事を言う。もっともだ。

 僕に才能などあるはずがない。あるとすれば、他人を小バカにしたり軽蔑したりすることだろう。

「“才能”ならあるわ。それは私が保証する」

「僕はどうしたらいい」

「本能の赴くままに、動けばいいわ」

 本能?そんなもの17年生きてきて、微塵も感じたことはない。もっとも、本能というのは感じることはできないもののように思うが。

「さ、始めましょ」


***


「…違うわ……違うでしょ!?あなたの“才能”はそんな、人の絵を壊す様なものじゃなかったはず!どうしたの!私が惚れた九条ヶ原聖夜はどこへいっちゃったの?!」

 戦いが終了した途端、部長らしき女が僕の胸ぐらを掴んで叫びだした、怒りだした。

 それにしても、『私が惚れた』とはどういう事だろう。やはり僕達は前に会ったことがあるのだろうか?

 ……何も、思い出せない。


 それもしょうがないだろう。僕は何故か、高校に入る以前のことをほとんど覚えておらず、思い出すこともできない。まあ、別に思い出さずとも生きていける。重要そうな事は一応思い出せるし、忘れている事も、きっと大したことのない事ばかりだろう。


 そしてこの女も、僕にとっては大したことのない人物だったに違いない。

 声には聞き覚えがあるものの、そこから名前を思い出すことはできないのだから。


「ぶ…部長!」

「もぅ…やめてよぅぅ~」

 ロリ声が女の足を、震え声が女の腕をおさえにきた。

 まあ無理もない。いつもは穏便でクールであろうこの女部長が、いきなり激怒しやつあたりし始めたら普通は止めに来る。

「う…ぅぅ……も…ええ…わ…」

「関西弁?もうどうしちまったんだよ…」

 いきなり泣き崩れた女に逆プリン頭が駆け寄る。


 それにしても、このエセ関西弁……思い当たるような…。何て名前だっけ?確か、ま…ま…───。

「ま…り……茉莉?…だっけ…」

 茉莉…僕にとってどんな奴かは覚えていないけど、声と名前とエセ関西弁なことは、一応うっすら思い出せる。

「…なんよ?…わたい…がどう、かし…たんか?」

「いや、知り合い?…の名前だけど…」

  返事をしたということは、この女も『まり』というらしい。

「…その子の名字は?」

 泣くことをやめ、言葉使いも元に戻った女が問いかける。


 名字…?名字は、えーーっと。

 駄目だ。雰囲気は出てきているものの、はっきりとは思い出せない…。

「わからない。…けど、僕と響きは似ていた……と思う」

「………」

 女は黙った。何かを確信したかのように。


「四条ヶ原……その子の名前、四条ヶ原茉莉でしょ?」

「……多分?」

「ふふ…偶然かしら?私の名前も四条ヶ原茉莉って言うの。変わった名字なのに、同姓同名の子もいるのね?」

 そう言い放った女の表情は、悲しそうで、ひどく不気味だった。

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