イヴと僕
「九条ヶ原ーっ!」
同じクラスの女子(名前忘れた)が、うるさく僕の名前を呼ぶ。
ああ、またか。これで何度目だ?何度目でもいい、早く終わらせてくれ…。
もうホント…めんどくさい。
「なに?てか、キミ名前何だっけ?」
「ガーン」
ガーン、と口に出すところがイタすぎる。完全に危ない人だ、この人は。
まったく、毎日、毎日、飽きずに僕のもとへやって来て──。
…確かそのたびに名前を聞いている気がするけど、僕は名前を覚えるのが苦手なんだ。
高校二年生になっても、いまだに先生の名前を一つも覚えていない。
…というか覚える気がない。もちろん、この人の名前も。
「はぁ…。私は四ノ三八 一。『よんのさんはち』って書いて『しのみや』、『いち』って書いて『まこと』。わかった?」
「わかったよ」
今は…ね。どうせ明日になれば忘れるし。
それにしても、四ノ三八一か、変な書き方だな。
───覚えてみようかな。
「九条ヶ原 聖夜!今日こそ私に」
「いや」
四ノ三八が、最後まで聞けー!と、うるさいのはさておいて──。
いやに決まってる。用件も言わずについてこいだなんて、そんな事に時間を潰すくらいなら、家で絵を描いていたい。
ネト充している方がまだましだ。
とにかく用件を言ってほしい。
───そんな思いが通じてかどうか、彼女はいつもと違う事を言い始めた。
「……『イヴ』だよね。九条ヶ原って…」
『イヴ』…それは、僕が様々な場所で使っている。僕のHNだ。
でも、バレるはずがない。
何故なら、イヴは女だからだ。そして明るくて愛想がいい。
それが、ネット上での僕……イヴの設定だ。
嘘だらけだけど、これも身バレしない為の手段なのだ。
イヴは僕とは正反対だ。
なのに、何故バレた?
それが気になって、しょうがなかった。
認めるのも釈だけど、今回ばかりは仕方がない。と思い、僕は四ノ三八にイヴだということを伝えた。
すると四ノ三八は、可笑しそうに笑い始める。
少々イラついたが、こんなことで怒りを露にするほど、僕は器が小さくない。
───でもそろそろ限界だ。
とうとう四ノ三八が笑い泣きをし始めたのだ。
一発腹を殴ってやろうかと思い、拳を握り始めた時、四ノ三八は笑うのをやめてこう言った。
「笑っちゃうよね。性別も性格も、何もかもが正反対なのに…絵柄だけは、まったく一緒なんて」
「絵柄?確かにイヴとしては、たまに絵を公開してるけど、僕としての絵は」
見たことあるのか?そう言い終える前に、四ノ三八が答える。
「あるよ。見たことある」
と。
いつ?何処で?どんな絵を?
…そう聞こうと口を開いた時には、四ノ三八に腕を引っ張られて走っていた。