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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その8 ~にんげんになりたかったモノ~

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~にんげんになりたかったモノ~ 13

「……痛い」


 気が付けば、空が白んでいた。星はすっかりと彼方に移動して、太陽が一日を始めようと準備をしている頃。黒から紫、そして青へと変わる瑠璃色の空。

 木々の間から見える空の色が、リルナの瞳に反射した。


「痛い……」


 鈍痛だった痛みがどんどんと強まっていき、涙目になる。おそらく肩や腕が痛むのだろうが、全体的に痛むので、もはやどこが痛いのか良く分からなかった。


「当たり前だ。知っているか、冒険者へ最大ダメージを与えられるのは神ではなく地面だと言われているんだぞ」


 例え神話級や旧神話級の防具を着込んだところで、落下ダメージは軽減できない。


「女王様……?」

「手は動くか?」


 自分の隣に座っていた女王の存在に驚くが、不意にされた質問に思わず自分の手を見た。痛みが響く中、手を動かしてみる。感覚は鈍いなりに両手は問題なく動いた。


「動くけど……」

「そうか、良かった。一応状況を報告してやる。おまえ、地面に墜落した勢いで肩と腕の骨が折れてやばい方向に曲がっていたんだぞ」

「き、聞きたくないです」

「どこの誰よりもレベルひくいくせに、一番のリスクを背負ってるんじゃないよ。私の出る幕が無くなった。いや、面目が立たないじゃないか。すまない」


 女王は座った姿勢のまま、頭を低く下げる。


「そ、そんな女王様。わたしが勝手にやっただけだからっ」


 そんなサヤマ女王に驚いて、リルナは勢いよく起き上がる。だが、上半身の骨を痛みが駆け上り、そのまま横へコロンと倒れた。


「しばらく安静だな……まぁ、休ませはしないが」

「え?」


 ニヤリと笑う女王はリルナを抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこにリルナは目を白黒とさせた。普段お姫様と一緒に過ごしている上に女王にお姫様抱っこをされるという複雑な状況。


「え? え? え?」


 と、混乱しているうちに簡易テントの外へと連れだされた。

 そして女王が声をあげる。


「おまえら、主役を連れてきたぞー!」


 その言葉に応えるように。

 主役の到着を待ちわびたように。


「待ってましたー!」「よう、お譲ちゃん!」「無事だったかー!」「かわいいぞ!」「いいぞルーキー!」「召喚士!」「ルーキー!」「女王に抱っこなんてうらやましいぞ!」「お姫様差し置いてなにやってんだ!」「生きてるかぁ!」「やっほー!」「のむぜー!」


 冒険者たちの声が、山肌に響き渡った。

 みんなの手にはカップが握られており、その中にはエールで満たされていた。乾杯をする前に、宴会の主役の到着を待っていたのだ。


「よぅし、リルナ! さっそく乾杯の合図だ!」

「え? え? え? え?」

「なにを呆けてる。いいから、一言叫べばいいんだよ! なぁおまえら!」


 おうよ、はやくしろ、とゲラゲラと笑う冒険者の声。

 それでも、リルナは状況を理解できた。

 ようやくと沸いてくる実感。

 そう、冒険者たちは勝ったのだ。あの化け物に。クリスタルゴーレムに。だから、街に帰る前に宴会をする。余った物資を使って、祝杯をあげる。

 女王主催で、主役はリルナ。

 最期の最後。決定的な一撃を加えた後衛職のルーキー。それも召喚士なんていう忘れられた職業の少女がやってのけた。自分を犠牲にしてまで。決定的な一撃を叩き込んだのだ。


「リルナ!」

「メロディ、良かった生きてた」


 近づいてきたお姫様の胸には、くっきりとクリスタルゴーレムの拳の形にへっこんでいた。


「ほれ、お主のカップじゃ」

「あ、ありがと」


 震える手でなんとかカップを持つ。中身は、エールが苦手なリルナを考慮してかオレンジジュースだった。


「ぷ、くく、くふふっ」


 それが何かとてつもなくマヌケに思えて。

 リルナは思わず吹き出してしまう。


「な、なんじゃどうして? 母上、リルナの頭は無事なのか?」

「話が娘ながら失礼な奴だな、君」

「なんじゃと!?」


 そんな母子の間に挟まれたリルナは、笑いをこらえながらも女王におろしてもらった。少しだけフラついたものの、しっかりと地面へと立つ。

 ナミナミと注がれたオレンジジュースのカップは、今のリルナにはとても重かった。それでも、痛みをこらえて、それを掲げる。

 痛みで涙が溢れる。

 それでも、彼女は笑顔で言った。

 喜びの声と共に、冒険者たちに宣言した。


「みんなー、のむぞー!」


 おー! という大合唱!

 そして、


「かんぱーい!」


 というリルナの宴会スタートの合図が夜明けに響き渡った。


「すっかり冒険者になったな、リルナ」

「あ、サクラ」


 乾杯宣言のあと、力尽きたようにペッタリと座り込んだリルナにサクラがやってきた。


「どこ行ってたの? 心配したんだから」

「危機的状況から生き残るコツは、そっと逃げることや。ウチの実力では、あれに勝てへんしな」

「ひどいなぁ。せめてリリアーナさんを連れて逃げてよ」

「場所が悪かったんや。やっぱりピットリと抱きついとけば良かったかなぁ」


 それもどうかと思う、とリルナは苦笑した。

 と、そこへリリアーナがやってきた。リルナを見ると、少しばかり笑顔になってそのまま抱きしめられる。


「ありがと~。死ぬかと思いましたぁ」

「あはは……でも、メロディがいなかったらわたしも死んでたかも」


 リリアーナはそのままモゾモゾとリルナの後ろへとまわる。そのまま後ろから抱きしめられる形になって、なんともほんわかした温かみがリルナを包んだ。


「私の回復魔法じゃ意味がないかもしれないですけど」


 そう言ってリリアーナはリルナを抱きしめたまま回復魔法をかける。ジクジクと上半身を漂っていた痛みが、すこしばかりやわらいだ気がした。


「むぅ、いいのうリルナ。妾もされてみたいものじゃ」


 そんなリルナを見てメロディは笑顔を向ける。


「おいおい、娘。ここに母親がいるんだぞ、遠慮するな」

「母上は硬い」

「硬い!? えぇ~、メロディ。母親のぬくもりとか、そんなのは無いの?」

「ないのぅ」


 メロディの言葉に、女王は子供みたいな声をあげた。

 その様子が面白くて、周囲の冒険者たちは笑った。そのままの勢いでみんなはエールをあおっていく。

 やがてはドンチャン騒ぎに以降し、レベルの差も身分も栄光も関係のないただの冒険者たちになった。

 話題はもちろんクリスタルゴーレム。

 それから、召喚士の少女。


「嬢ちゃんオレンジジュースもってきたぜ」

「あ、ありがとうございます……おわっとっと」

「召喚士! ほれ、リンゴジュースもあったぞ!」

「あ、どうも」

「リルナちゃん、ちょっとちっちゃいんじゃない? ほらほら、いっぱい食べて」

「あはは、ありがと」

「召喚士! あんたらパーティ名ないの?」

「あ~、まだ無いんですよ」

「決まったら一緒に冒険にでようぜ。ここだけの話、良い遺跡の情報あるのさ」

「あ、おまえら抜け駆けは卑怯だぞ!」

「う、うるせー! お姫様とリリアーナさんが付いてくるんだぞ! チャンスを活かすのが冒険者ってもんだ!」

「まてまてまてまて! それなら俺は途中でリルナっちに話かけられたもんね!」

「なんだと! 俺はサクラさんと仲良く顔を洗った仲だぞ!」


 目の前で始まる言い争い。

 まさかその中心人物になるとは思えず、リルナはあわあわと周囲をうかがう。だが、メロディもサクラも女王も、いいぞいいぞ、とケンカをあおっていた。


「え~!?」


 そこから始まる、第一回リルナちゃんとお近づきになろう大会。司会はサヤマ女王で、商品はリルナ。立候補する屈強な冒険者たちの中で参加するお姫様。

 まさかメロディに手を出せる訳もなく、加えてヴァルキリー装備のオートガードを打ち破れず、優勝は見事、メロディが勝ち取った。


「しゃぁ、今度は第一回メロディ姫にお近づきになろう大会だ! おまえら、母親の存在は忘れて参加しろ! むしろ全員参加だー!」

「えええええええええええええええええええ!?」


 名も無き山の中。


 みんなが酔いつぶれるまで、そのドンチャン騒ぎは続くのだった。

 その中心には、残骸のように積まれたクリスタルゴーレムの成れの果て。かつて、人間に憧れたモノは、その騒ぎは何を思ったのだろうか。

 もしも彼が話しができたら。

 もしも彼が友好を求めていたのなら。

 それでも結果は同じだったのかもしれない。

 すっかりと明けた、青い空。

 冒険者たちは、冒険をやり遂げたのだった。



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