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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その8 ~にんげんになりたかったモノ~

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~にんげんになりたかったモノ~ 8

 一歩近づくたびに重くなっていく空気。

 それとは裏腹に、騒がしい冒険者たちの声。

 無音の空間に響き渡る騒がしさ、という矛盾を許容した稀有な状態にリルナは背中に汗をかいているのを感じた。

 この先に行ってはダメなのではないか、なんていう思いと共に、化け物の姿をチラリと見てみたいという好奇心。

 そんな二つの感情がせめぎ合う中、なかば自動的ともいえる動きで足が動く。それでも時折、足の裏は地面にくっついて離れなかった。足元が沼になってしまったかのような錯覚。冷たい何かは、確実にリルナの動きを鈍らせていた。


「――」


 誰かに声をかけようと思ったが、言葉は出てこなかった。隣を見ると、メロディも同じような状況で前方を凝視している。後ろに感じるサクラの気配は変わらないが、振り返る余裕は無かった。

 今、前方から視線を外すと、その場で命を落としそうな気がした。

 少しでも油断すると死が待っている。なのに、体の動きは鈍い。そんな絶望的な状況の中、リルナはゆっくりと前へと進む。

 やがて見えてくるのはいくつもの光だった。それは魔法が発動する光であり、赤や青、白や黄色と数種類もの光が常に瞬いている。

 同時に冒険者たちの喧騒も大きく聞こえてきた。

 それは自分を鼓舞する声ばかりだった。パーティメンバーを気遣う余裕のある声なんて無い。ただ我武者羅に、自分をこの場に縫い付ける為だけの言葉。


「……」


 口の中にたまった唾液を飲み込むができず、リルナはその場に吐いた。口元をぬぐいつつ、更に近づくと、状況がどうなっているのか理解できた。

 後衛職である魔法使い。回復魔法を使える神官も加えたそのメンバーがぐるりと周囲を取り囲むように円形になっていた。直系は50メートルほどだろうか。彼らの視線は斜め下を向いている。そして、一心に魔法を発動続けていた。

 それは下位レベルの魔法だった。相手の動きを鈍くする魔法と、相手の動きを封じる魔法。更に相手の防御力を弱める魔法と攻撃力を下げる魔法。ありとあらゆる弱体化魔法を打ち込んでいた。

 魔力の尽きたものは下がり魔力回復のポーションを飲み干す。まるで焦るかのように冷や汗を流しながら休憩をする様は、異様を通り越して狂気にも思えた。

 だが、それを揶揄するつまりはリルナには無い。下位魔法の連打で抑え込んでいるモノが自分が休んだせいで動き出すのではないか、という被害妄想にとらわれる気持ちが充分に理解できた。

 そんな魔法使いたちの横をすり抜け、覗いてみる。

 すり鉢状になっていたそこにはいくつかのパーティがいた。そして、その中心地。まるで巨大な爆発でも起きたかのようなすり鉢の一番底に、ソレはいた。


「あ――……」


 あれが、という声が出なかった。

 あれがクリスタルゴーレムか、という言葉さえ呟けなかった。

 ゴーレムという言葉から巨大なものを想像していたが、実際は人間の成人男性と同じくらいの高さだった。それも筋骨隆々という訳でもない、スラリとした痩せ型といえる。だが、クリスタルの名前の通り、その体は透明な宝石でできているかのように透けていた。数々の魔法が発動しているが故にゴーレムの体は色とりどりに変化する。極彩色にも見えるその姿は、凶悪ともいえるし、醜悪とも取れる。

 決して美しくないのは、その半身故だろうか。


「――な……」


 なにあれ、とリルナは呟けなかった。

 クリスタルゴーレムの体には、その半分を……体の右半分を何か得体の知れないモノが覆っていた。まるで服のように着ているそれだったが、良く見れば違うと分かる。

 では何か?

 その質問が脳内に浮かび、答えを出すのを脳内が否定した。

 考えてはダメだ。だれが何か思い至ってはダメだ。ダメだ。あれが何か分かってはダメだ。ダメだ。ダメだ。人間の、ダメだって。あんなの絶対ダメだって。違う。きっと違う。勘違いだ。だって、あんなの。人間の皮のはずがない。ダメだって。違うって。おかしいって。そんなのする理由ないって。人間の皮をまとって、どうするつもり。違う。ダメダメだめだめ。


「っ――」


 せりあがってくる酸っぱいものを、リルナは必死に飲み込んだ。こんなところで吐いたら、もう二度とあの姿を見ることはできない。

 涙があふれる目元をぬぐいもせず、リルナはクリスタルゴーレムを見る。

 顔と思われる部分に表情は無い。ただ、目と思われる部分が少しばかりへこんでいるだけで、あのゴーレムが何を考えているかなんて、思いもつかない。

 下位魔法が次々と発動し、クリスタルゴーレムに拘束の光がまとわりつく。足元は魔法の鎖で雁字搦めになっているが数秒ももたずに崩壊していく。

 気休め程度。

 しかし、それでも、確実に止まる刹那の効果。加えて魔力消費が少なく連打することができる。それが数十人と集まった後衛職が一斉に行っているのだ。

 クリスタルゴーレムのその場から動けずに、ただ目の前に迫りくる冒険者に応対するしかない。

 一組の冒険者パーティがクリスタルゴーレムに迫る。サヤマ女王のテストを通過し、実際にクリスタルゴーレムへと挑む面々だ。

 彼らは一撃ごとに交代している。たった一撃入れるのにも体力と精神力を多いに消耗してしまうからだ。

 先に向かう者がフェイントをしかける。一歩だけ進んだクリスタルゴーレムは、その細い腕に似つかわしくない一撃を、空ぶった。その隙に左右と上から、三人の前衛職が一撃を放つ。甲高い金属音と打撃音。

 その確実な一撃を入れ、離脱する。

 しかし、一人が遅れた。クリスタルゴーレムの二撃目を避けれず、間に合わず、地面に叩きつけらる。

 人間がボールのように弾む様を、リルナは初めてみた。足元に転がる人間をクリスタルゴーレムは、それこそボールのように蹴る。地面を滑るように吹っ飛ばされた彼はすり鉢状の地面を登り上げ、魔法使いたちの後ろへ墜落する。


「離脱する!」

「交代だ!」


 悲壮な声と共にパーティメンバーが登ってくる。リルナは慌てて彼らの元へと移動した。


「は、運びます!」

「助かる! 誰か回復を、回復してやってくれ!」


 地面に横たわる冒険者に、意識は無い。だが、死んではいない。一撃で砕け散った鎧の下はドス黒く変色していたが、それでも呼吸に合わせて上下している。


「サクラ! メロディ!」


 彼のパーティメンバーは、腕が震えて彼を支えられなかった。かわりにリルナがサクラとメロディを呼ぶ。


「分かった!」

「う、うむ!」


 いつの間にか声が出るようになっていた。それはメロディも同じだった。サクラは落ち着いて周囲を確認し、神官の一人に声をあげた。

 壮絶な戦場を確認し、壮絶な状況を理解した。

 重く感じていた足を、重くしていた原因を吹き飛ばし、リルナたちは重傷者を急いで本拠地へと運ぶのだった。


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