~にんげんになりたかったモノ~ 6
森。
ただただ木々が生い茂り、草もまた地面を覆いつくし、植物たちの楽園となっている森。その豊かな資源をありがたく受けるはずの動物は、その場から全て逃げ出していた。
クリスタルゴーレムではなく、異様な雰囲気に包まれる冒険者たちの気に当てられて。
ダサンの街から2日ほど、ヒューゴ国最大の街であるカンドへ向けて歩いた場所にその森はある。残念ながらその森に名前は無かった。
そもそも森などに名前が付くのは昔から人間と係わり合いのあるものだけだ。近くに集落や村など無ければ、森はただの森であり、動物やモンスター、はたまた蛮族の住家となる。
また手付かずで名前が無いからこそ未発見の遺跡があったともいえる。今となっては余計なことをしてくれたな、という意見だが、残念ながら逃げ帰った冒険者『方角の先鋭』の生き残りは冒険者を引退した。命がけで持ち逃げしたマジックアイテムを売り、生涯を慎ましく生きることに決めたようだ。
連日連夜、眠れぬ夜をすごし、日に日に痩せ細っていく彼を救うことができるのは言葉ではなく時間かもしれない。
「ここが、その森か~……」
リルナたちが森に到着した際に感じたのは、冷たさだった。
「静かじゃな」
メロディも同じようなに感じて言葉を漏らす。
本来、森とは賑やかだ。木々の葉がこすれ合わさる音や、動物の鳴き声。風の音でさ感じられる空間になる。
だが、目の前に広がる森は静かだった。
いや、静かを通り越して無音だった。不気味なほどに、音は響いてこない。風すらも吹くことを拒むような空間に成り果てていた。
「リルナ、メロディ、こっちや」
「行きますよ~」
森の入り口にはダサンの自警団員が立っており、冒険者を案内しているようだ。先に気づいたサクラとリリアーナが話しを聞いたらしく、彼によると森をまっすぐに行った場所に本拠地を置いて、そこで対策や迎撃のメンバーを選別しているそうだ。
「まっすぐ?」
リルナの言葉に自警団員はうなづく。
「ロープが張ってあります。それに続いてください。迷うことはないはずです」
そんな彼の顔は青かった。
自警団とは、言ってしまえば一般人だ。訓練を受けたとしても冒険者ほどの実力は備わっていない。せいぜい一般人の相手が精一杯だろう。そんな彼がレベル95の化け物がいる森の入り口に立っていた。それだけで消耗していくのは仕方のないことだった。
「無理はしないでくださいね~」
リリアーナのねぎらいの言葉でも苦笑でしか応えられない自警団員にお礼を言ってからリルナたちは森へと入った。
静かで冷たい森。まるで冬が訪れたかのような錯覚に陥るが、冬の神様であるディアーナ・フリデッシュ神はこの辺りでの信仰は少ない。女神の信仰はエルフに厚く、カーホイド島は冬の大地になっていた。
油断すると歯が鳴りそうな状況をグッと堪え、リルナは進む。メロディも同じく表情を引き締めていた。
サクラはひょうひょうとした表情だが、その手はリリアーナとつながれていた。サクラの意思ではなく、リリアーナから手をつないだ。神の声が聞こえるとは言っても、加護は無い。リリアーナにとっては、毒の沼地を通るような不快感が続いているのだろう。
「そうじゃ、リルナ」
「ん? なに?」
メロディの言葉に、リルナは声だけで応えた。よそ見をする余裕はなく、ロープを握る手は白くなってしまっている。
「ここにくる前に岩になにかしていたようじゃが……あれは何だったんじゃ?」
昨晩のこと。
野営した場所にあった巨大な岩にリルナはペイントの魔法で魔方陣を刻んでいた。どうやらそれをメロディに見られていたようだ。
「ちょっとした保険。昔話で聞いたことない? 神様が岩の下にモンスターを封じる話」
「ふむ。残念ながら妾の寝物語は母上の英雄譚ばかりでな。神様の物語でなく、神様にケンカを売る母上の物語じゃったら知っている」
「なにそれ怖い……」
リルナの言葉にメロディはカカカと笑った。そして、気が紛れろ、とばかりにその話を語り始めた。
それはサヤマ女王の失敗から始まるちょっとした面白い話であって、決して神様が悪い訳でもない話だった。恐怖を払拭するかのように笑顔で語るメロディに、リルナも笑い、サクラがツッコミを入れ、リリアーナがまた笑う。
冷たい無音の森に、4人の声が響く中……前方から少しばかりざわめきが聞こえてきた。どうやら本拠地に到着したようだ。
ほっと胸を撫で下ろす一同は少しばかり歩くペースをあげた。4人だけ、という状況より集団にとけ込みたいという本能だった。人間も所詮は動物。自分たちより強い存在と遭遇した時は、集団による生存確率の上昇を狙うより他は無かった。
「着いたっ――!?」
木々の間から顔を覗かせたリルナは思わず口を閉じる。
そこには何十という冒険者のパーティが揃っていた。が、しかし、その半分はすでに怪我を負っていた。重傷者と思われる者には神官職が付きっ切りで回復魔法をかけている。パーティメンバーは必死でポーションやハイ・ポーション等を怪我人に使用していた。
それらがあちこちで行われており、本拠地というより怪我人収容所という言葉がピッタリの空間になっていた。
「お待ちしておりました」
「め、メイド長さん!?」
冒険者の中で文字通り〝異色〟なメイドがいた。黒と白で構成されたロングスカートのメイド服。長い髪を頭の上で結い上げメイドカチューシャを装備したその姿は、どうあがいてもメイドだった。
一般人ならば足を踏み入れるだけで青くなり体調不良になるような空間において、表情ひとつ崩さずに、メイド長はリルナたちを迎え入れた。
「ど、どどど、どうしてここに?」
「一言で言ってしまえ、人手不足です。ここで充分に行動ができる人間など、城ではあまり居ないので。失礼間違えました。私しか居ないので、が正しかったです」
ただ者では無いと思っていたけれど、ここまでとは。と、リルナは口をパクパクと動かした。後に続くメロディに対しては深く礼をしたメイド長。
「まさかここでも修行するとか言い出すまいな、メイド長?」
「いえ、本番に勝る経験はありませんわ姫様。一手合わせてみてはいかがでしょう?」
「妾に死ねと?」
「まさか。死ぬのは私です」
メロディは肩をすくめた。いつもの会話じゃ、と後に続いたサクラとリリアーナにメイド長を紹介した。
「ふ~ん、なかなかの美人やな。やっぱりメイドっていうたら顔審査があるんか?」
「それでしたら、サクラ様も充分にメイドの道が開かれてますが」
「ウチはええわ。リリアーナはどうや?」
「ご主人様とメイドプレイでしたら、是非~」
「時間があれば教授しましょう」
メイド長の冷静な一言にリルナ、メロディは愚かサクラも含めて驚愕した。マジか!? と。
「それではリルナ様、召喚をお願いします。物資の中には食料だけでなくアイテムも含まれておりますので。思った以上に怪我人が多いので急ぐ必要があります」
分かりました、とリルナは返答する。
召喚士、その能力が多くの冒険者に認知される瞬間だった。
これよりこの場は、彼女の話題が中心となる。不思議な魔法だ、と。知っている者はいるか、と。そういえば思いだした、と。知っているのか爺さん、と。
ヒューゴ国の名も無き森の中。
人類への凶悪な敵と共に――召喚士はこの世界に復活した。




