~冒険者の店『イフリートキッス』~ 7
街に戻ったのは、少しばかり日が落ちかけたという時間帯。太陽が白からオレンジへと変わる寸前といったところで、街中も少しばかり落ち着いたかの様な雰囲気だった。
二人は寄り道する事なくイフリートキッスへと戻る。リルナにしてみれば、街についた所での冒険となった訳で、体力的にも精神的にもクタクタだった。
「ふへぇ~」
「お疲れですね、リルナちゃん」
「あはは……あれ?」
いつの間にかルルの呼び方が変わっている気がしたが、リルナは気にしない事にした。一度一緒に冒険した仲なのだ。友人を越えて仲間と言っても過言ではない。
トボトボとした二人の足取りで、少しばかり時間が掛かったがイフリートキッスに到着。ただいま、とばかりに木の扉を押し開けると、やっぱりお酒の匂いがむわりと溢れてきた。
「お酒くさい……」
「私はもう成れましたよ~」
何でもない様に店に入っていくルルに、少しばかり大人の風格を感じながらも、リルナは追いかける様にして店に入った。
相変わらず冒険者の男達で溢れている店内を潜る様にしてカウンター席に到着。少しばかり高い椅子に座った時には、リルナは完全にグロッキー状態になってしまった。
「ただいま~、カーラさん」
「ただいま戻りました~」
二人が挨拶すると、カーラは笑顔を向ける。
「おかえり。その様子だと無事に取り戻せた様だね」
「こんなにヘロヘロになっているのに、どうして分かるんです?」
「失敗したヤツは、帰ってこないからさ」
それが冒険者らしい最後。
カーラは苦笑しながら言った。隻腕の彼女が言うのだから、説得力は半減するかもしれないが、リルナの胸には良く響く。
リルナの父親もまた、帰ってこなかった一人なのだから。
「これ、オキュペイションカード。これでこの店に所属できる?」
「問題ないさ」
カードをカーラに渡す。カーラは受け取ると、内容を確認する様に裏表を確認。偽造ではない事を確かめると、呪文を唱えた。
聞きなれない言語にリルナが戸惑っていると、カードに光が集まりパンっと弾ける。
「ほら、これでリルナちゃんはウチの所属だ」
カードを返され、リルナは検めて見る。
さっきまではレベル0だったが、レベル1に書き換わっていた。そしてイフリータキッス所属の文字も加えられていた。
「すごい、こうなってるんだ」
「冒険者の店だけに交付された特別な呪文でね。店の主人しか使えない上に偽造できない様にしてあるのさ」
「ほへ~」
「良かったですね、リルナちゃん」
「ありがとっ、ルルちゃん」
少女二人はハイタッチ。ちょっとした微笑ましい空間に、カーラは思わず頬を緩めた。
「それじゃカーラさん、私は仕事に戻りますね~」
「あ~、ルルも疲れてるだろ。今日はもういいわ。リルナちゃんと一緒に飲んでいきな」
「いいんですか?」
「あぁ、いいよ。今日はこれから宴会だからね」
やった~、と喜ぶルルに対して、リルナは小首を傾げる。
そんなリルナの理解が及ぶ前にカーラはその美声でもって大声をあげた。
「おー、むさ苦しい野郎共! 連戦連勝の冒険者共! 今ここに新しい仲間が加わった!」
さっきまで騒がしかった店内が一瞬にしてシンと静まり返る。
視線は、一斉にリルナに注がた。
「てめぇら! 新しい仲間の歓迎会だ! 宴会だ! 今晩は派手にいくぞ!」
「うおー!」
オロオロしていうちにリルナに大ジョッキが手渡された。誰が渡してくれたのかサッパリわからない。
「ほら、行って来い!」
バンと勢いよく背中を叩かれ、リルナはつんのめりながら店内を進む。
「おめでとう嬢ちゃん!」
進んだ先に待っていた冒険者の男は、自分の席の瓶からリルナの持つジョッキにエールを注いだ。その先でもその先でも、たとえ溢れて零れてしまってもエールは注がれていく。
店内のテーブルを一周して戻ってきたリルナは、最後にカーラさんかもエールを注がれた。
「さぁ、リルナ。みんなが待ってるぞ。一言、言ってやれ」
カーラの言葉。
すでに『リルナちゃん』ではなく、『リルナ』だった。ビリビリと背中が震える感覚。なんとも言えない、湧き上がってくる感情。
そんな色々な物に追い立てられた様に、リルナはエールたっぷりのジョッキを掲げた。
「かんぱーい!」
「かんぱいーーーー!」
手荒い歓迎の宴。
その冒険者らしい始まりの儀式に、リルナは笑顔で飛び込んでいった。
初めてのエールの味は、あまり美味しくなかったけれど。
それでも、生涯忘れる事のない一日になったのだった。




