~にんげんになりたかったモノ~ 3
ギルドが初めて誕生したのは職人たちの間である。武器や防具を作る職人ギルドでは、新人育成や技術の改革、また販売経路の確保などを目的とした集団だった。
それはやがて他の職業にも伝播する。
有名なのが盗賊ギルドだろう。冒険者の一員となる盗賊だが、その技術は命を守る要となる。遺跡やダンジョンでの罠は、ひとつの間違いで全員の命を奪う凶悪なものが多い。箱に仕掛けられた簡易的な弓矢でも、眉間に刺されば人間は死ぬ。ちくりと刺さった毒針でも、その毒の種類によっては致命的にもなる。
そんな恐慌的な罠を解くのが盗賊の役目でもあり、その技術は広く伝えられなければならない。だからこそのギルドであり、所属する者も多い。また盗賊ギルド独自で動くことも多く、これは盗賊ゆえのちょっぴりイタズラ心が働いてのことかもしれない。
「冒険者ギルド……」
サヤマ女王が血まみれで帰った翌日。
お城から全冒険者の宿に連絡がいった。
内容は以下の通り――
本日より冒険者ギルドを結成する。ギルド長は暫定でサヤマ・リッドルーンが勤める。加入した冒険者の宿は三ヶ月間、上納金を免除する。加入しなかった場合は得にない。以上。
単純な内容ながら有無を言わさぬ内容に、冒険者の宿『イフリート・キッス』の宿主、カーラ・スピンフィックスをはじめ、所属している冒険者パーティは一斉にお姫様に向き直る。
「妾は何も知らぬ。が、クリスタルゴーレムを倒すためじゃろう」
その言葉に、一同はなるほどと頷いた。
クリスタルゴーレムの話はすでにサヤマ城下街の冒険者の間では周知の事実となっている。加えて、女王が血まみれで帰還した情報も流れており、相当にヤバイ敵だ、と口々に囁かれていた。
加えてその存在が伝説級ということもあり、クリスタルゴーレムをいかに倒して名を後世に残すのか、と息巻いている冒険者もいた。
ただ実行に移す者はいない。当たり前の話だが、レベル95に達成している者は群島列島タイワにおいて存在しない。西と東にある大陸でも冒険者はいるが、90を超える者の話は伝わってこない。
冒険者の平均レベルはおよそ30代である。40近くで大体の者が引退していくなか、40に達成すればかなりの実力者だと言える。50にもなれば、国に名が通る冒険者と言え、60を超えれば英雄だった。
なにをどうすればレベルが90まで上がるのか。サヤマ城で開催される闘技大会で冒険者が殺到する理由がそれだ。一合だけでも女王と剣を合わせる。その片鱗でも掴み取ろうと、向上心あふれる者が挑戦しているのだ。
「とにかく、依頼がある人は続行して。何も無いパーティは待機していて頂戴」
カーラの言葉に所属する冒険者は頷く。
リルナもまた、サクラとメロディを見て頷いた。
お願いね、と言葉を残しカーラはサヤマ城へ赴くために出て行った。
「国をあげての討伐か~。緊張するねっ」
そんなリルナの言葉にサクラとメロディは苦笑する。
「いやいや、ウチらに出番は無いで」
「レベル3にできることは、お留守番くらいじゃろう」
それもそうか、とリルナは苦笑した。レベル95に挑むのは、高レベルの冒険者たちだろう。まだまだ同じ宿の所属パーティにルーキーと呼ばれているリルナたちには出番は無い。
せいぜい宿のお留守番か荷物持ちが役目だろう。
そう思ってノンキに過ごしていた二日後。あれよあれよと冒険者ギルドは立ち上げられ、連絡の経路等の事務的な問題をクリアし、組織に血が通い始めた頃。
「リルナさん、リルナ・ファーレンスさんはいらっしゃいますでしょうか?」
一人のイケメンがイフリート・キッスを訪れた。いつもは賑やかなカーラの店も、非常事態とあって昼間からエールを飲みにくる冒険者はいない。
そんな閑散とした1階で暇を潰していたリルナは、はい、と返事をした。
「あ、えっと、ダサンの街の自警団の人だったっけ?」
「えぇ、ローウェン・スターフィールドです。ダサンの街の自警団副団長を務めています。一度会っただけですし、覚えてらっしゃらないのも無理はないですね」
あはは、とローウェンは朗らかに笑う。
銀色の髪に切れ長の目。しかし、印象的なのは目の下にうっすらと出来たクマだろうか。相変わらず苦労がにじみ出ており、彼のイケメン度を少しばかり下げていた。
自警団の制服である青の上下に、胸の部分を覆う銀のプレートメイル。防具らしい防具はそれだけで、腰にはレイピアが吊り下げられていた。
「ほほぅ、イケメンじゃのぅ。リルナもやるではないか」
「ウチよりちょっと劣るけどな」
そんな二人にローウェンは視線を向ける。それに気づいたリルナは二人を紹介した。
「えっと、パーティメンバーのメロディとサクラです。わたしもだけど、レベルは3ですよ」
はじめまして、と三人は頭を下げた。
「それで、わたしに何か……?」
「クリスタルゴーレムの件はご存知でしょうか?」
今では冒険者だけでなく街の人も知っているほどになってしまっていた。お陰で商人たちの行動が鈍く、サヤマ城下街では少々物資が減ってきている。
今となっては知らない方がおかしい、とばかりにリルナとメロディは首を縦にふった。サクラはジっとローウェンの顔を見ている。
「クリスタルゴーレムの討伐任務が冒険者ギルドから発せられたのですが、ダサンの街も国より命令されています。つまり、サヤマ城下街とダサンとの合同任務となります。2つの街の全冒険者が討伐任務に当たります」
「そ、それで……?」
そこまでの情報は知っている。
それで何故、リルナに声がかかるのか。見えてこない話にリルナは不安気に続きを促した。
「リルナさんの召喚術。あれは物の移動ができると報告されていましたよね」
「は、はい」
「そこでサヤマ女王から命令です。リルナ・ファーレンスおよびそのパーティを『輸送係』に任命する。討伐に参加する全冒険者の物資を召喚術で移動させる。簡単でしょ? とのことです」
「は、はぁ」
「報酬は1ギル。やれ。とのことです」
「う……」
サヤマ女王が言いそうだ、とリルナ顔をしかめた。その隣でメロディがため息を吐き、サクラが爆笑する。
「引き受けて頂けないでしょうか? リルナさんのお陰で大規模な輸送隊を編成しなくて済みます。もし戦争があるとすれば、あなたの存在は戦局をひっくり返す存在だと思いますよ。どうして召喚士の存在がこうも忘れられているのか。神様に聞きたいくらいですね」
そう言ってローウェンは、また来ます、と宿を去っていった。どうやら他にも仕事が山積みらしい。書類が高く積まれていた埃っぽい部屋をリルナは思い出した。
「メロディ、サクラ、手伝ってくれる?」
「もちろんじゃよ」
「留守番してるよりマシやな」
クリスタルゴーレム討伐作戦。
そこそこ重要な任務を与えられ、リルナは少しばかり気持ちを切り替えるのだった。




