幕間劇 ~冒険者リルナの平凡なる一日~
朝。
今日も今日とて太陽は昇り、ヒューゴ国を照らし始めた。ちらほらと雲が浮いているが、晴れといって良いほどの量だ。
窓から差し込んでくる光で目が覚めたリルナは、布団ではなくメロディを体から引き剥がす。昨日は実家の城ではなくリルナの部屋に泊まったお姫様だが、どうにも抱きつく癖があるらしく、代わりに布団を蹴っ飛ばしていた。
「あ~う~」
寝ぼけたままの下着姿でフラフラと部屋を出る。ぐしぐしと目元をこすりながら階段を降り、宿の裏にある巨大な水桶へと移動した。
「あら、おはよう。起きてる~?」
「おきてま~す、ふあ~ぁ」
先に来ていた先輩冒険者に挨拶して、顔を洗う。その場で適当に後ろ髪を結い、目をなんとか覚ましていった。
「おはようルーキー」「おはよう、新人」「おはよう、召喚士」「おはよう、リルナ」
なんて、いろいろと先輩から声をかけられながら再び欠伸。それでもサッパリとした表情で部屋へと戻ると、メロディがまだ寝ていたのでベッドから蹴り落とした。
「ふぎゃ」
「サヤマ女王がくるぞー」
「ハッ!?」
メロディを起こす必殺ワード、サヤマ女王がくるぞ、が炸裂しお姫様は瞬時に覚醒状態となった。実家では母からよっぽどの扱いを受けているのかもしれない。それを寵愛と言うかありがた迷惑と言うのかは、人によって見解が分かれるところだ。
「なんじゃ冒険者の宿か」
「ほらほら、お姫様。ここではメイドはいませんので、自分で御支度なさってください」
「うむ、任せろ。妾はもう十歳じゃ。それぐらい文字通り朝飯前じゃ」
と、下着姿のままで意気揚々と出て行くメロディに苦笑しながらリルナは身支度を整える。いつもの白のシャツに青のスカート。シャツの上には青の袖なしでゆったりとしたシャツを着込んだ。
最後に、右手に父親の形見であるスカーフを巻く。昔は口を利用して巻いていたのだが、今では左手だけで巻けるようになった。
「よし、おっけー」
最後にブーツを履いて部屋から出る。階段でメロディとすれ違い、そのまま一階のお店へと移動した。
すでにいくつかの冒険者パーティがそろっており、朝食を食べていた。リルナもいつものテーブルへと移動すると、先に来ていたサクラがぐったりと突っ伏していた。
「おはようサクラ。どうしたの?」
「二日酔いやわ……」
昨晩、ケラケラと笑いながら宿の主であるカーラと呑んでいたのを思い出す。ほどほどにね、と声をかけてからカウンターを伺う。
「カーラさんは?」
「知らん……うぅ、頭いたい」
寝てればいいのに、なんて呟いてから台所へ移動した。自分で注文するしか方法が無いので、仕方がない。
台所には最弱蛮族であるコボルトが忙しそうに朝食を作っていた。一人で切り盛りしているので、大変なのだろう。出来上がった目玉焼きとサラダとウィンナーをリルナに手渡す。
「これ、サイドクロスにもっていって」
「はいはい。あ、ウチはサンドイッチで。あと水ももらっていくね」
サクラのためにグラスに水を汲み、持っていく。先に渡されたサラダセットは先輩パーティの『サイドクロス』へと持っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがと、リルナっち。チップはいるかい?」
「いりませんよぅ」
じゃぁチップの代わりだ、とサイドクロスの盗賊職をつとめる先輩はリルナの頭をわしゃわしゃと撫でた。もともとザンバラなリルナの髪が更にバラバラとなって、少女は少女らしく悲鳴をあげるのだった。
それから準備を整えたメロディといっしょに朝食を食べ、いつの間にかカウンターに立ってたカーラに驚くのだった。
~☆~
朝食を終えるたパーティから掲示板に移動し、仲間と相談する。そして依頼や冒険へと出かけていくのが日常だ。
「う~ん……」
しかし、残念ながら都合の良い依頼はなかなかに無い。有るには有るのだが、難易度が高いものが多いのが現状だった。推奨レベルが10を超えているものがほとんどなので、リルナたちには手が出せない依頼ばかりだ。
「仕方ないのぅ。今日も修行かの?」
「仕事したかった……」
がっくりと肩を落としたリルナはテーブルへと戻る。相変わらずサクラはテーブルに突っ伏しているので、仕事どころでは無かったかもしれない。
「いっそのこと冒険に出てみるのはどうじゃろう? 妾たちにも攻略できる遺跡があるやもしれぬぞ」
遺跡とは、サヤマ城付近で見つかる古代の施設跡のことだ。手付かずの遺跡の場合、かなりの確立でマジックアイテムなどのお宝が見つかる。一攫千金のチャンスであり、それこそが冒険者の醍醐味でもあった。
サヤマ城下街に冒険者が多い理由は、女王が元冒険者という理由だけでなく、城下街付近に古代遺跡が頻出するという理由もあった。
また遺跡の中には『ゲリラダンジョン』と呼ばれるものも存在する。魔法で作られたダンジョンであり、大抵の場合、そのダンジョンの最奥にはマジックアイテムが存在する。いわゆるマジックアイテム自体が使用者を探す為であり、協力な武具が見つかることが多い。
リルナやサクラの持つ倭刀が『伝説級』と呼ばれているのは、ゲリラダンジョンを生成させるマジックアイテムにも匹敵する武器ということで『級』が付いている訳だ。ちなみにメロディの装備する『ヴァルキリー』シリーズは伝説級ではなく『伝説』だ。ただし、彼女用にリメイクされているが。
「やめときなさい、死ぬわよ」
そんなリルナとメロディの会話が聞こえたのか、カーラがカウンターから言う。どうやら聞こえていたらしい。所属する冒険者の暴走を止めるのも宿の主人の役目だった。
「大人しく修練を積んでなさい。あなた達の環境を欲しがる冒険者がどれだけいるか、分かってる?」
リルナとメロディは顔を見合わせてから首を傾げた。
「はぁ……女王よ女王。レベル90の元冒険者に稽古つけてもらえるなんて、500ギル出しても安いくらいよ」
「500ガメルじゃのぅて?」
「ギルよ、ギル。私が現役だったら1000ギルは出せたわね」
隻腕となった今ではどう足掻いても無意味だけど、とカーラは苦笑する。
「絶対に薦めんがな、妾は。死にそうな気分になる時がある。母上は少々、というか普通にバカなんじゃないか、と夜な夜な疑ったこともあるくらいじゃ」
実の娘の辛辣な言葉に、普通は否定するところだが、同じ経験のあるリルナはその隣で仕切りに首を縦に振るのだった。
「知ってる知ってる、そりゃあの女王はバカだろうさ。じゃないとレベル90で政治に取り込まれたりしないって」
今となっては後の祭り、とカーラは再び苦笑した。
「ほれ、ルーキーども。いつまでも新人と呼ばれたくなかったら、さっさと強くなってこい。武器や防具に頼らん程度にな」
「ドラゴンには?」
「召喚士は良く分からん」
断言するカーラに、召喚士の少女は唇を尖らせるのだった。
~☆~
サヤマ城中庭でメイド長の指導の元、剣の練習中。やっぱり我慢できなかった女王が乱入し乱戦へと発展。こっそり逃げることもできず、リルナとメロディは城壁を越えて吹っ飛ばされ、崖下の海へと転落寸前に助けられた。
と、思ったらそのまま海に落とされる。
「げらげらげらげら」
もう仕事で脳みそがおかしくなったんじゃないの、ってくらいに爆笑している女王に振り回され、ようやくメイド長の一撃が女王の側頭部にクリーンヒットしたところで、本日の練習は終了となった。
「……死ぬかと思った」
「うむ……」
海水でベッタベタになったので、汗を流す意味もこめて城壁から外へ出て近くの川へと移動する。もちろん、衛兵のお兄さんがギョっとしたのは言うまでもない。
水浴びとして都合の良い場所は二箇所あり、暗黙の了解で男女が別れていた。中途半端な時間だったので、川には誰もおらず、男性の姿もなかった。
それらを確認してからリルナとメロディは肌にまとわりつく服と下着を脱ぎ捨てて川へと飛び込む。
肉体的にではなく精神的にボッコボコにされた後なので、冷たい川の水が心地よかった。透明な水の流れは少し速いのだが、冒険者でもある二人にはどうってことのない水流。川底へ潜ったりして、綺麗な水の流れと太陽の光を感じ、疲れを癒した。
「ぷはぁっ」
「ふぅっ」
ついでとばかりに服と下着も川で洗う。適当に岩場で干したあとは、二人も素っ裸のまま寝転がった。
「開放感が凄いのぅ」
「あははは、誰にも見せらんないね」
「子供の裸だしのぅ。殿方はもっと、それこそカーラ殿みたいな肉体美が好きなんじゃないのかの?」
「おっぱい大きいもんね~。でも邪魔そうじゃない?」
「確かに。冒険者としては小さいほうが得じゃな」
メロディは自分の胸に手を当てる。少しも膨らんでいない胸は、まだまだ子供だと言えた。対してリルナの胸は少しだけふくらんでいる。年齢相応にしては小さく、小柄な彼女らしい小ささとは言えるかもしれない。
「しかし、全く無いというのも悲しいものじゃ。無いのであれば、欲しいくらいじゃな」
「ん? なにが?」
「殿方のアレ」
「え、欲しい? いや、でも男だったらあって当たり前なんだし。いや、でも、う~ん」
「真剣に男性の性器について考えるリルナだった」
「ちょ! なんか変態みたいに言うなっ!」
「あはははは!」
素っ裸で戯れる二人。
その姿を見守るのは、自然だけだった。
~☆~
火の大精霊サラディーナを召喚し、服を強引に乾かした二人は宿へと戻った。大精霊信者が聞けば憤慨ものだが、サラディーナは喜んで服を乾かしてくれた。
相変わらず漂ってくるアルコールに匂いにはすでに鼻が麻痺してしまっているので、気にならない。男性冒険者で溢れる1階をスルーし、2階のテーブルスペースに座った。
「夕飯はどうします~?」
二人の元にやってきたルルはメニュー表を見せてくれた。本日の料理はいくつかあり、二人は一緒にハンバーグを注文する。
「はいは~い」
昼間に死にそうになった分、夕飯は奮発しなければならない。なんてルールは無いのだが、ちょっと奮発して1ギル500ガメルの値段を夕飯に投資することにした。
「三日分の宿代って考えると震えるわ」
「ここが格安のせいじゃな」
本来、500ガメルで泊まれる宿なんて存在しない。安くて3ギル、冒険者の宿で1ギルだろうか。女性専門、という条件で、尚且つ一階の酒場が恐ろしいほどの儲けが出るからこその値段だった。
しばらく待っていればルルがハンバーグを運んできた。たっぷりのソースの上に半熟の目玉焼き。付け合せのじゃがいもとにんじんも美味しそうだった。
「かんぱーい」
「かんぱい」
エールの入ったグラスをぶつけ、二人は乾杯する。一口呑むと、二人は途端に顔をしかめた。
「にがい」
「まずい」
大人の味にはまだまだ遠く、子供舌のようだ。そんな苦さ不味さをごまかすように、ハンバーグに手をつける。
半熟目玉焼きの黄身を割り、とろりと流れ出たのをソースと絡め一切れをぱくりと頬張る。
「おいし~」
「冒険者の醍醐味じゃのぅ」
メロディは普段、これ以上の物を食べているのだが、自分で稼いだお金で食べるほうが美味しいと思っていた。加えて、友人と食べる食事。それこそが一番の楽しみだった。
「明日は仕事があるといいね」
「うむ。もう二度と母上に会わない方がいいのぅ」
「親子としては、恐ろしい話だ」
「リルナの母上はどんな人なんだ?」
「ふつうのお母さんだよ。ヒューゴの田舎~な村に住んでるよ」
「そうか。いつか会えるといいな」
「うん。めっちゃ暇になったり、依頼で近くに寄ったら、案内するね」
「うむ」
そんな風に会話をしながらハンバーグを食べ終わると、あとは寝るだけ。サクラに夜遊びの禁止と呑みすぎ注意と警告してから、二人は部屋へと戻る。
本日何度目かの服を脱ぎ捨て、二人仲良くベッドイン。
「おやすみなさい~」
「うむ、おやすみ~」
太陽が沈む頃には、二人は仲良く夢の世界へと冒険にでかけるのだった。




