~ドラゴン・リップクリーム~ 15
フォモールとトロル。蛮族二人を倒した一同は小屋の中へと入った。
「くさっ……」
中には動物の肉隗が転がっており、微妙な腐臭がただよっていた。リルナは殴られた頬をさすりながら部屋の中を探索すると、少し大きめの箱を発見した。
「なんだろう?」
メロディは探索を続けているのでルルとリーンとでテーブルの上に箱を置いて観察した。
「罠はあると思う?」
「ふつう、自分の持ち物には仕掛けないんじゃないかなぁ?」
「あ、確かに。リーン君は分かる?」
「分からないことは分かるよ」
役に立たないドラゴンねっ、の一言にリーンはリルナの赤くなった頬をつついた。どうやら腫れてきているようで、リルナは悲鳴をあげて痛がった。
そんな召喚士とドラゴンを尻目にルルは遠慮なく箱をあけた。中には五本のダガーが収められており、どうやらフォモールの持ち物だったようだ。
「なんだぁ、ただのダガーか」
手入れは充分に施されているが、マジックアイテムでもなく普通のダガーだ。売ったとしても1ギルぐらい。お宝には程遠い箱の中身だった。
トロルは何も持っていなかったようで、蛮族を倒した収穫はフォモールが使用していたのを合わせて、ダガーが6本。さすがに着ている服までは少女として剥ぎ取りたくなかった。
「苦労したけど、報酬はたったの6ギルか~」
「まぁまぁ、妾のお友達料よりよっぽど高いではないか」
「それも酷い話だよね」
冒険とは上手くいかないものだ、とリルナが肩を落としながら小屋を出ると木の妖精がルンルン気分でやってきた。
「ありがとうございます! これで森は平和になりました」
無闇矢鱈と動物を殺していた蛮族。確かに森の平穏は失われていたようで、それを救ったと考えれば、悪いことでもない気分ではある。
「それで、ドラゴンリップクリームはどこ?」
蛮族を倒した際の報酬である、森の案内。木の妖精はメロディの頭に乗ると、こっちです、と案内を始めた。
小屋から歩くこと数分で、また森の深さが変わる。体感的にはかなり奥のほうに入った場所で、薄暗い森を装飾するように赤い美が群生していた。
大きさは直径で2センチ程度。まん丸で真っ赤な美は背の低い茂みとも呼べるような木に生っており、それらが広がっていた。辞典で調べた大きさよりも遥かに大きく、質の良さそうな実だった。
「おぉ~、いっぱいあるねっ」
「充分収穫できそうじゃな」
早速三人は赤い美に近づくと、手に取ってみる。手に触れるとすぐに実は離れるので、収穫は安易だった。実が出来てから時間が経った物は色が黒に近づき、皺が出来ていた。また早いものは赤ではなく、まだ青い。
それらを避けて真っ赤な実を取っていく。ほんの数分で持ってきたバッグがいっぱいになるまで集めることが出来た。
「ありがとっ、妖精さん。これだけあれば充分だよ~」
「こっちこそありがと~。人間が来てくれなかったらどうなるかと思ったよ~」
木の妖精はお礼を言って森の木々の間を飛んでいく。その姿はすぐに見えなくなった。森の深くに入っていった訳ではなく、自然に溶け込むような形で、見えなくなる。
「なんとか蛮族も倒せたし、依頼のドラゴンリップクリームも手に入ったし。今回のお仕事も無事に完了だねっ」
「油断するにはまだ早いぞ、リルナ。冒険者の宿に帰るまでが冒険だ、と母上が言っておった。なんでも帰り道で野党に襲われて報酬を失う冒険者は、そこで心が折れてしまうそうじゃ」
意気揚々と依頼品を手に入れても、その帰りに奪われてしまったら水の泡。苦労した分、心の折れ方は酷いものになる。
「うっ。そうだね……気をつけて、じゃなくて、気を引き締めて帰ろう」
少女三人は改めて、おー、と手を上げて気合を入れなおした。
「ところで、ドラゴンリップクリームってどんな味なんだろ? ドラゴンってくらいだから、リーン君は知ってる?」
「うんにゃ。食べたことないよ」
「食べる?」
「え~。なんでボクが毒見しなきゃいけないの?」
「だって名前が名前だけに」
まぁ確かに、とリーン君は頷く。メロディも気になるのぅと呟き、ルルは森羅万象辞典を開いた。
「香辛料になる~としか書いてません。味は分からないです~」
「香辛料か。じゃ、ひとつちょうだい」
リーンがあんぐりと口を開けたので、リルナはそこに一粒放り込んだ。ドラゴンだけに租借しないでそのままごっくんと飲み込む。
「あ、美味しい。もいっこちょうだい」
「はいはい。ねぇ、ドラゴンってどこで味を感じてるの?」
「え、さぁ?」
そんなドラゴンの生態はさておいて、美味しいという感想にリルナは一粒、手に持ってみる。まん丸で赤くて少しだけ柔らかい実。ちょっとした果物にも見えてきたので、ぱくりと食べてみた。
瞬間――
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫。
森に響き渡るほどの絶叫。
ついで、赤く腫れた頬を抑えてゴロゴロと転げまわった。
「きゃああああああああああ、いやああああああああああああああ」
なにが起こったのかサッパリと分からず、呆と見ていたメロディだが慌ててリルナを助け起こす。
「どうした!? 何があった!? のろいか!? それとも遅延性の毒でも仕込まれておったのか!?」
「あばわわわあ、あわわあああああ」
「ちゃんと喋らぬか、バカ者! ハッ、麻痺か。麻痺毒なのじゃな!」
慌てるメロディとオロオロしながら毒の項目を調べ始めるルル。そして訳の分からない悲鳴をあげるリルナ。
そんな三人の少女を見て、リーンがケラケラと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ。ただ辛いだけだよ」
「辛い?」
リーンは茂みに成っている実をひとつだけ咥えると、メロディの手に器用に牙で割った実を渡す。
「舐めてごらん」
「う、うむ」
少しばかりおっかなびっくりとメロディは割った実の断面を舐めてみる。
「ぴゃあああああああああ!」
悲劇は繰り返される。と、言わんばかりのメロディの悲鳴。まるごと一つ食べたリルナよりマシだったが、それでも転げまわらん勢いで悲鳴をあげた。
「ルルも食べる?」
「いらない」
「え、そう?」
「いらない」
静かにキッパリと断る少女に、何かしらの畏怖を感じたドラゴンはそれ以上聞くのを止めた。
「ドラゴン・リップクリーム。たぶん、食べた人が火を吹くくらいに辛かったから、そう名づけたんだろうね。きっとドラゴンはこの実をリップクリームにしているから火を吹けるんだ、みたいな。なかなかシャレのきいた名前を付ける人間だね」
「ぜんぜん」
「あ……はい」
その後、リルナの動きが止まったところでリーンが森の外まで運んだ。ルルとメロディは背中に乗って、リルナは咥えられた状態。文句を言う気力も尽きているらしく、何も言われなかった。
ついでに川の近くまで運んでもらい、戦闘以上に汗だくになったリルナとメロディは装備を開放し、川に頭を突っ込んだ。川に飛び込まない理性だけは残っていたらしく、口の中を冷たい水で癒すことが出来た。リルナの場合、殴られた頬を冷やす意味でも良かったかもしれない。
その日は、そこで野宿することになり、見張りはリーンが勤めることになった。
「リーン君は少し反省するべきです」
「あ、はい」
辛いのを知っていて、黙っていた罪を償いなさい。と、ルルの説教を受けて一晩の見張り役となった。
翌朝、辛さは無くなったが、リルナには別の痛みが襲い掛かる。
「き、筋肉痛で動けない……」
蛮族との戦いで、体を強制的に動かしたせいで全身の筋肉が修復の痛みに襲われていた。特に酷いのが両手の握力であり、朝食のスプーンも持てないほど。
仕方がないのでドラゴン便り。昨日と同じようにリーンの背中にメロディとルルが乗り、リルナは咥えられてサヤマ城まで飛んで帰ることになった。
「私の扱い、酷くない?」
「歩けない人が文句言わないの」
「むぅ」
さすがに城下街の中に降りる訳にもいかず、街から少し離れた場所に降りた。そこでリルナが魔法を解除し、リーンとはお別れ。
その後、リルナの荷物をメロディが請け負い、ルルにおんぶしてもらって帰還となった。その足でレストラン『海空の翼亭』に向かい、無事にドラゴン・リップクリームを納品した。
「食べたのかい!? 辛かっただろ」
ゲラゲラと笑うコックのワーカー・シグレアにメロディがお姫様ぱんちを喰らわせたところで依頼は達成。
報酬を三人で山分けして、冒険者の宿『イフリート・キッス』に帰ってきた。
「今回の教訓はなんじゃ?」
「みだりに赤い実を口にしない!」
「うむ!」
「それから、サクラとハー君をぶっ飛ばす!」
「うむ!」
しかし、リルナ・ファーレンスは全身が筋肉痛であり、動けないのだった。そして、今回の冒険譚を聞いたサクラがゲラゲラと爆笑したので、乙女ぱんちとお姫様ぱんちが炸裂したのは言うまでもない事実である。




