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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その7 ~ドラゴン・リップクリーム~

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~ドラゴン・リップクリーム~ 14

 しなりながら迫る緑の腕。その手に持つのはヒビの入ったダガー。一見攻撃力が低く見えるが、その実、しなりを加えてスピードを加速させたその一撃は細い少女の腕程度はたやすく切断する威力を持っていた。


「ほっ、はっ、と」


 伸びる腕の一撃一撃をリルナは丁寧に迎撃していく。ダガーの刃を受けるのは倭刀。キオウマルと銘付けされたその刀の特性は『剛』だ。どんなに無作法に、どんなに適当に、どんなに荒っぽく扱おうが、決して欠けることのない刃。それが、リルナの手に入れた倭刀の特性だった。

 ただし、その剛健さを証明するかのように重さがあった。後衛職である召喚士の腕力ではとても振り回せる代物ではない。

 だが召喚士だからこそ、後衛職の中で唯一の魔法がある召喚士だからこそ一時的に扱うことができた。

 身体制御呪文『マキナ』。

 正確に魔法陣を描くための魔法は、指先一本、果ては表情すら制御できる。現在、リルナは右手を完全に魔法に任せていた。決して倭刀の柄から手を離さないように。敵の攻撃をさばくように。


「ほ、たぁ、やっ」


 直線的だったフォモールの腕は、次第に複雑な動きをみせる。ただの攻撃ではリルナを倒せないとみた蛮族はフェイントを加えてきた。

 それでも変わらずリルナは的確にダガーの刃に倭刀を合わせる。リルナ自身、前衛の適合がある訳ではない。ただただ、目を閉じず、相手の動きを見極めているにすぎない。母親にも訓練学校の先生にも言われた言葉がある。

『無駄に根性がある』

 訓練されていない一般人の前で拳を振り上げれば、大抵の人は反射で頭を庇い、目を閉じる。しかし、リルナは小さい頃から行動が違った。頭は庇いながらも目は閉じずにいた。イタズラをして母親に叱られた際、頭を叩かれるその瞬間まで目を閉じなかったのだ。


「無駄に根性があるね、あんた。父親にそっくりだ」


 よっぽど驚くことが無い限り目を背けないリルナに対して母親が言った言葉だ。

 だからこそ、


「うりゃっ」


 うねりながら迫る緑の腕に惑わされることなく、ダガーを弾くことができた。


「結構余裕ね……」

「いやいや、実は超ピンチっ」


 フォモールの乱打が止まり、レナンシュの言葉に応えながらリルナは大きく息を吐いた。疲れは無い。だが、気疲れはあった。体力的にはまだまだ大丈夫だが、ジリジリと精神が削られていく。このままではいずれミスが出るだろう。

 対してフォモールは肩で息をしていた。腕を伸ばすのにどれほど体力を消費するか分からないが、乱打していれば疲れるのは当然である。

 お互い小休止のように、距離を置いて睨み合った。その後ろではメロディが大立ち回りを繰り広げており、リルナたちにはその様子が見える。

 同じくフォモールも後ろが気になるのだろう。少しばかり意識がリルナたちが反れた瞬間をレナンシュが動く。


「ダーク・ショット」


 呟く小さな声とは裏腹に、瞬時に魔力が終結するとフォモールに向かって射出される。魔女が使用する闇魔法レベル1で、純粋な魔力をぶつける魔法だ。威力はそれほど高くなく石をぶつけられる位の威力しかない。

 それでも当たればダメージだ。黒の魔法は放物線を描くことなくまっすぐにフォモールへと飛ぶ。弾けるように炸裂するとフォモールはのけぞった。うまく上半身に当たったようだ。


「ちゃんすっ」


 舌を噛みかねない勢いでリルナはダッシュでフォモールへと近づいた。これもマキナに制御させた足運び。リルナの実力以上の速度でフォモールへと迫り、倭刀を両手で握る。

 右足で踏み切り、蛮族へむかって飛んだ。振り上げた倭刀を、勢いそのままに振り下ろす。対してフォモールはダガーを構える。ヒビがいったそれは、速度と威力の乗った倭刀の一撃を受けて折れた。


「やっ――」


 やった! とリルナは笑顔を浮かべるが、それはキャンセルされる。わずかにダガーで刃が遅れた分、フォモールは体を横に反らせた。腕が伸びる奇妙な体をいかせた奇妙な避け方だ。

 着地と同時にフォモールの左腕がリルナに迫る。そこにはもう一本のダガー。


「なっ」


 斬りつけるダガーを無理やり身体制御して倭刀で防ぐ。代わりにしなる右腕で思い切り顔面を殴られた。


「っ!」


 さすがのリルナも、殴られた状態で目は開けていられない。加えて、体重差だ。冒険者といえど年齢に比べて小柄なリルナの体は、成人男性ほどの蛮族の一撃で後方へと飛ばされてしまう。

 そのまま倒れてしまったリルナを追い打つようにフォモールの右手が伸びる。まるで空から拳を落とすように、腕が伸びた。


「いっ」


 慌てて横に転がろうと思うが森の中。地面の不定形さと倭刀を握ったままの右手が邪魔して回れず、肩のポイントアーマーに直撃した。


「いったっ!?」


 全身を震わされるような衝撃にリルナは慌てて起き上がる。追撃してくるフォモールの腕を避けてなんとかレナンシュの位置まで戻った。


「……だいじょぶ?」

「乙女の顔を殴るなんて、浮気男並みの下劣さねっ」

「リルナは浮気反対派?」

「わたしは清純派!」


 ダメージを受けて混乱しているのか、いまいち会話が噛み合わず、レナンシュの頭の上に控えていたウンディーネがパチンと指を鳴らす。リルナの頭上に球体の水が顕現したかと思うとパシャリと弾けた。


「うひゃぅ、なにするのよっ」

「頭を冷やしたほうがいいと思って」

「戦闘中せんとうちゅうっ!」


 慌てて顔を拭うと、フォモールは何やら避けている動作をしていた。レナンシュのツタの魔法を避けているようだ。


「って、それだ。ウンディーネ、あいつの頭の上に水落として」

「は~い」


 ノンキに答えたウンディーネは先ほどと同じようにパチンと指を弾いた。フォモールの頭上に水球が現れ、パンと弾ける。

 フォモールから見れば、突然に視界がブレたことになる。文字通り冷や水を浴びせる、という効果もあるが。その隙にレナンシュが魔法を発動させた。


「リビー・バインド」


 木属性を司る魔女の得意魔法。フォモールの足元から緑色の光を伴ったツタが鎖のように伸びて蛮族が拘束した。

 その魔法はウンディーネの水属性付与により威力が上がっている。『水生木』の効果だ。


「ぎゃぎゃっ!」


 だが、威力があがっていると言っても所詮はレベル1の魔法。レベル3であるフォモールを捕らえ続けることは出来ない。

 まるでツタを引き千切るように、フォモールの拘束が解かれる。

 だが、


「充分だっ」


 リルナはもう一度、フォモールに向かって走った。フォモールはリルナを迎撃する為に左手のダガーを右手に持ち変える。


「×××!」


 蛮族語を叫び、右手が伸びてきた。まるで投球するかのような腕の振りは、そのままリルナへと向かって伸びる。斬るのではなく突く、むしろ穿つような勢いで腕はまっすぐにリルナへと向かった。

 相対的な一瞬。タイミングを間違えれば、少しでも遅ければ、少しでも早ければ、距離を間違えれば、致命傷をくらいかねないその一撃を。

 リルナは倭刀で、ダガーを切り上げた。


「勝った!」


 勝利宣言。

 それはフォモールに向けた言葉ではない。彼の後ろに迫る、リルナの仲間へと向けた、パーティの〝前衛″へ向けた言葉だった。

 フォモールの腕が元に戻った瞬間――蛮族の後ろでロングソードが振り下ろされた。赤の軌跡は火属性付与の証。

 まるで燃え上がるようにフォモールの背中が赤く散る。


「待たせたの!」


 背中のダメージに驚くように振り向くフォモール。


「おや、戦闘中に敵に背中を向けるとは。忘れたか、これは挟撃だぞ」


 メロディはロングソードを収刀した。

 その行動にフォモールは理解し、振り返る。

 ただし、そこには――


「顔面ぱんちのお返しだっ!」


 前衛の真似事をする後衛が、伝説級の武器を振り上げていた。


「おりゃあぁぁぁ!」


 渾身の力を込めて振り下ろすその一撃は、倭刀の切れ味をこれでもかと示すように、フォモールの肩口から腰までを止まることなく斬り抜けた。

 刹那の絶命。

 一人で折り重なるように、フォモールは倒れたのだった。


「はぁはぁはぁ……や、やったー!」


 倭刀を放り投げ、リルナはその場で大の字に倒れる。


「すまぬ、リルナ。妾がもう少し早く倒せば、もっと楽に戦えたじゃろう」

「いいよいいよ。メロディのお陰でこいつ倒せたし。悪いのは女遊びしてるサクラと料理に夢中なコボルトだけだって」


 その言葉にメロディは苦笑した。


「女遊びって何……?」

「あっ」


 だが、リルナの冗談を聞き捨てならないとする魔女がひとり。


「……用事が出来たので帰るね」

「あ、はい」


 今度会うときは、魔女のレベルが上がっていそうな気がするリルナとメロディだった。


「帰ったらサクラは死んでいるかもしれんのぅ」

「蘇生魔法って、魔女は使えるの?」


 リルナの疑問に応える者はおらず、勝利の余韻は微妙なものになってしまったのだった。


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