~ドラゴン・リップクリーム~ 11
時間にして太陽が真上に昇った頃。
森の奥深くということもあってか、太陽の姿は見えなかったが、代わりに一軒の丸太小屋を発見した。鬱蒼とした茂みと木々の間のスペースを利用した小屋であり、かなりの年季が入っているらしく、その表面は薄汚れ、コケも生えていた。
そんな小屋から少し離れた場所でリルナ、メロディ、ルルの三人は地面に這いつくばって雑草の間から顔をのぞかせた。隠密能力に優れた盗賊がいないので、精一杯に隠れるしかない。出来るだけ離れた場所で観察する必要があった。
「サッチュだったら、小屋まで近づけるんだろうなぁ」
「妾たちは、妾たちで出来ることをするまでじゃ」
近づいても良いのだが、ルルを一人にしてしまうのは少しばかり抵抗がある。加えて、見つかった場合に逃げ切れる自信も無い。
「いっそのこと、小屋を燃やすのはどうでしょう~?」
ルルの言葉にリルナとメロディ、加えて木の妖精が首を全力でブンブンと振った。
「森ごと燃え尽くしちゃうよ、ルルちゃん」
「あ、そっか~」
えへへ~、とルルはごまかすように笑った。いつも笑顔の彼女なので、ごまかせているかどうかは謎ではある。メロディなんかは、意外のエグイのぅ、と言葉を漏らした。
「ところであの小屋は何なの?」
リルナの質問に妖精は答えた。
「人間が使っていた小屋です。遅くまで狩りをして場合、あそこで一晩を明かしてました。よく妖精のみんなでイタズラをしたものです」
えっへん、と何故か木の妖精は小さな胸をはった。
「……邪妖精?」
「なっ!? 違いますよぅ」
はいはい、とリルナは否定する妖精の言葉を受け流す。人間にとって大自然とはとても厳しいものだ。妖精もそうなのかもしれない。多分に悪意が混じっている気がするが。
そんなこんなで小屋を観察していると入り口が勢いよく開いた。三人は一斉に呼吸を止める。息遣いが聞こえてしまう距離ではないが、自然とそうしてしまった。
入り口からのっそりと現れたのは緑色の肌をした蛮族だった。髪の毛は茶色で、きちんと服を着ている。肌が緑色という点意外はほとんど人間と変わらない。
緑蛮族の右手には大きな包丁が握られていた。武器として使うのではなく、料理用だ。その証拠に左手には皮を剥いだ動物の肉塊。それらを無造作に放り投げると、小屋の近くで火を熾し始めた。
「料理……?」
リルナの言葉にメロディもルルも応えなかった。蛮族が料理している姿など見たことはない。しかし、三人の目にはまさにその料理を始める蛮族の姿が写っていた。貴重な光景といえば貴重なのだが、あまりにも荒っぽいその作業は料理には見えなかった。
火を熾したあとは、そこに盾のような板を置き、その上に肉塊を適当に包丁でカットしていく。良い音とにおいが出ているのだろうが、リルナたちの位置までは届いてこなかった。
しばらくすると小屋からもう一人、蛮族が出てきた。先に出てきて料理をしている蛮族と同じく肌は緑色。しかし、体はもっと大きく体毛が一切として生えていない。服ではなく、腰巻だけで、武器の類は一切として持っていなかった。
二人の蛮族は焼けた肉を食べていく。ほとんど半生でも関係なく口に運んでいたところを見ると、焼くことの意味は余り考えていないようだ。
「知力は高くなさそうじゃの」
「お友達にはなれないタイプね」
「実家に招待する訳にはいかぬな。母上に妾ごと斬られそうじゃ」
「パーティの計画は中止だねっ」
二人の蛮族の姿を確認したので、リルナたちはゆっくりゆっくりと後ろへと下がった。もともと音が聞こえないような距離だ。多少、木の枝を踏んでパキリという音が鳴っても気にせず後退した。
「ふぅ~、疲れました~」
ルルはその場でへにゃりと座り込む。それでもすぐに森羅万象辞典を開き、さきほど見た蛮族を照会する。
「えっとたしか……フォモール、だったような~」
パラパラと開いた辞典に表れたのは、さきほど見た蛮族と同じイラストが載っていた。さすがに服装は違うが。顔も多少は違うのだろうが、人間にはほとんと同じにしか見えない。
「どんな特徴があるのじゃ?」
「えっと、レベルは3で手を伸ばして攻撃してくるそうです~」
「伸びるんだ、あの手」
包丁を持っていた緑の手を思い出し、なんとなく気持ち悪いなぁ、とリルナは顔をしかめた。
「もう一人は……あった。トロル、レベル3。深い緑色の肌をした蛮族。知力は低いが力が強い、だそうです」
「レベル3か。同格の相手だね」
「ふむ……正々堂々と挑んで同等という訳じゃな。そうなると、相手の知力が低いところを攻めたいものじゃが……」
何か案はあるかの、というお姫様の視線をリルナは上を向いて避けた。
「ルル、お主は……」
ルルもまた森羅万象辞典を持ち上げてお姫様の視線をカットした。
「なんじゃお主ら。こういうのは後衛の領分じゃぞ」
「いやいやメロディ。人には得意な分野と不得意な分野があるんだよ」
「そうなるとルル。学士殿の出番ではないか?」
メロディの言葉にルルはごそごそと荷物の中からオキュペイションカードを取り出し、職業欄を指差した。
「見習いです~」
「いや、それでも学士――」
「み・な・ら・い」
「あ、はい」
ひとつの領地を預かる女王の娘が、お金を稼ぐために冒険者に同行しているただの町娘Aに屈した瞬間だった。
「そういうお姫様は何か案は無いの?」
「妾か?」
ふむ、とメロディは腕を組む。
「相手の知能は低い。突くべきはそこじゃ」
「うんうん。それで?」
「じゃからな……え~っと、相手がバカなんじゃから……う~ん?」
「結局、何にも浮かばないじゃんっ」
「そう簡単に作戦が思いつく訳がなかろう。妾は軍師でもなんでもないぞ!」
戦争反対、と訳の分からない言葉を発してメロディは万歳した。つまり、お手上げである。
「よし、決まったっ」
「何か思いついたのか、リルナ?」
「正々堂々と真正面から戦おう」
リルナの言葉に、メロディはしばらく考えるが、仕方がないと肯定した。ルルは戦わないので、素直に頷く。
「駄目じゃなぁ、妾たちは。冒険者としてはまだまだ未熟という訳か」
「状況が森の中だしね。ルルちゃんが言った燃やすのが、一番分かりやすくて安全だけど」
冗談じゃないと、木の妖精が首をブンブンと振る。
「落とし穴も掘れないしね」
雑草が覆い茂っている状態では、穴を掘れば一瞬でバレてしまうだろう。
「せいぜい不意打ちかのぅ」
「それぐらいだね~」
おおよその作戦と呼べる物ではなかったが、方針が決まったところで昼食を取ることにした。干し肉と水のみ。食べすぎは禁物なので、そころこで抑えておく。
少しばかり休憩したら、いよいよ蛮族との戦闘と動き出すのだった。




