~ドラゴン・リップクリーム~ 6
蛮族であるゴブリンたちの死体を簡易的に埋葬してからリルナたちは目的地へと出発する。
モンスターと位置づけされてはいるが、種族的には人間やドワーフ、エルフに近い者がある。獣耳種や有翼種の例もあるように、蛮族の中でも人間側に属する場合もあるのだ。
だから、余裕があるのなら蛮族も埋葬しておいた方がいい。場合によっては死体に別の霊体が入り込みゾンビ化したりする場合もある。
尤も、その条件はかなり厳しく確立はかなり低い。冒険者の間でも余裕があるなら、と言われている事柄だった。
残念ながらリルナもメロディもルルも神の声は聞こえていない。ゴブリンたちを神様の元へ案内は出来ない。適当に祈るのも失礼な話なので、頭だけ下げておくことにした。
その後はモンスターに出会うことなく順調な旅路だった。途中に何度か休憩を入れつつ歩いていくと、やがては太陽が傾き、日が落ちていく。
「そろそろ野宿の場所を探さないと」
「そうじゃのぅ」
現在の場所は右手に林、左手は岩肌の地、と少しばかり居心地は悪い。岩肌の先は海が広がっているのだろうが、現在地からは確認できなかった。また林といえども夜になれば見通しは悪くなる。あまり野宿に向いている場所ではなかった。
「せめて林を抜けるまで歩くかの」
「そうだね」
リルナは少しばかり背伸びして行き先を見る。もう少しばかり進んだ先は林が切れていそうだった。
ちょっぴり疲れ気味のルルを励ましてから三人は進む。林の切れ目まで進むと、どうやら幾つかのグループがここで野宿をするようだ。
商人と旅芸人、そして吟遊詩人だろうか。野宿の場所が重なることは良くある話だ。色々と条件が重なり、都合が良い場所というのは限られてくる。キュート国からサヤマ城へ向かう場合で考えれば、夜に林ゾーンに突入するのはマズイ。よって今日はここで野宿、といった具合だろう。
そのように野宿場所がいつも人であふれ、やがて集落になり村になる。小さな集落や村のはじまりが野宿、なんて話はどこにでも転がっていた。
「よろしくお願いします」
また、野宿の際は協力しあうのがお互いの利益となった。食料の分け合いや夜の見張りなど、人数が多いほうが色々と益がある。
あとからやって来たリルナたちは素直に商人に挨拶をした。
「ほうほう、これは可愛らしい冒険者さんたちだ」
商人は親子でやっているらしく、簡易テントの前で白い髭をたくわえたお爺さんがパイプから紫煙を吐いていた。
ベテランの域なのか、それともお爺さんだからか、なんとも人生に余裕を持っているという雰囲気。彼の息子である似た顔のおじさんはせっせと夕飯を作っていた。
同じように旅芸人と吟遊詩人にも挨拶を済ませ、リルナとメロディは簡易テントの準備をはじめた。ルルはそのまま鞄を枕にして寝転ぶ。ブーツをぬぐと、足の裏の皮がめくれており、一般人と冒険者の違いを痛感していた。
二つの簡易テントが完成すると、リルナはウンディーネとサラディーナを召喚した。近くに川が無いので水が必要だからだ。
「ま、まさかこんなところで大精霊さまにお会いできるとは……」
驚く吟遊詩人に水をお裾分けして、代わりに怪我に効く薬草をもらいルルの足に貼り付ける。旅芸人には水とスープを交換し、商人の親子にはパンを交換してもらった。
リルナはあまり意識したことがなかったのだが、水というのはかなり重い。それを自由に使えるというのは、冒険においてはかなりの優位性があった。
「おっしゃ、火をつけるぜ」
「よろしく頼むぞ」
メロディが林で拾ってきた枝にサラディーナが火を点ける。これもまた周囲から驚きの声があがった。火の大精霊であるサラディーナがいるのは僻地も僻地。ウンディーネと違ってそう簡単に会えるものではない。
どうやら精霊信仰の強い吟遊詩人はサラディーナに頭を下げる。サラディーナはケラケラと笑いながら吟遊詩人を話し相手として色々と話を聞き始めた。
「召喚士、というのですか。初めて見ましたなぁ」
白髭を弄りながら、感心するように商人のお爺さんが言った。
「昔はもっと居たみたいなんですけど……私が最後の召喚士と言われています」
「最後ですか?」
「はい。私が訓練学校を卒業するとき、来年の応募は無かったから」
イフク国にある冒険者訓練学校に存在する唯一の召喚士クラス。リルナともう一人を最後に入校者はゼロとなった。
「お爺さんは、本当に初耳ですか?」
「うむ、見たのも聞いたのも初めてですな」
「そっかぁ~」
各々の夕食が出来上がり、せっかくだからと皆で食べることとなった。吟遊詩人は相変わらずサラディーナと話しているが、そこにウンディーネも加わったので、ますます彼の瞳は輝いていた。
そんな吟遊詩人のちょっと遅めの食事も終わったので、後片付けとなる。本来、食器はなかなか洗えないのだが、ウンディーネのお陰で水は使いたい放題。綺麗に食器を洗い終え、あとは見張りを立てて眠るだけ。
冒険者であるリルナとメロディ、腕に覚えのある旅芸人と商人のおじさんとで交代することになった。
それでもまだ夕方という時間帯。眠るにはまだまだ早く、それぞれ休息していた。
「のぅ、リルナ」
「どうしたの?」
「そなたの父上は有名じゃったのだろう?」
「うん。今は誰も覚えてないけど」
忘れられたのとは別の、不気味なほどに皆の記憶から消えていた。
「ルルの森羅万象辞典に載ってはおらぬか?」
まさか、とリルナは思うがルルの顔を見る。ルルも話を聞いていたので辞典を取り出した。
「基本的に個人の名前は載っていないです~。でも、王様は乗っているし、英雄と言われた人の名前は残っています」
例えば、とルルがページを開くと、ヒューゴ国王の説明が書かれていた。肖像画のようなイラスト付きで、経歴等が載っていた。
「リルナちゃんのお父さんが有名だったら、載っているかも」
「え、えっと、お父さんの名前はキリアス・ファーレンスだよ……」
「分かりました~」
ルルは、森羅万象辞典を開く。
「え?」
「なにこれ?」
「どういうことじゃ?」
そのページは破れていた。名前や経歴、肖像画が書かれていたと思われる部分がごっそりと破かれており、残った部分は白紙だけ。重要な部分だけが破りとられたかのようなページになっていた。
「る、ルルちゃん、どういうこと?」
「こんなの初めてです。えっと、載ってないってことなのかな?」
試しにルルは一度閉じて、メローディア・サヤマのページを開いた。
「白紙じゃの……妾はまだ英雄でもなんでもない一般人じゃ」
「わ、私のは?」
次にリルナのページを開くが、同じく白紙であり、ルルのページも白紙だった。再びキリアス・ファーレンスのページを開くと、やはり破り取られていた。
「ぶ、不気味じゃのぅ」
「う、うん。でもこれって、英雄として存在したっていう証じゃないでしょうか~」
ただの一般人は何も書かれていない白紙に対して、キリアスのページは存在していることを表していた。
「お父さん……」
自分の父親に何が起こったのか。
尋常ではない何か、大きなものに巻き込まれたのを感じて、リルナは右手に巻きつけた父親の形見であるスカーフを少しばかり強く握ったのだった。




