~ドラゴン・リップクリーム~ 3
冒険者の宿から西へ向かってしばらく歩けば、街の中心を走る大きな道へと出る。きちんと舗装されており石畳になっていて、商人の馬車が行き交っていた。
また露店も多く開かれており、早朝とも言える現在は準備中。空いている場所取り合戦はすでに終了しており、今日一日の商売に向けて勤しんでいる最中だった。
そんな中央通りを通り過ぎると、居住区となる。商業区とは違って民家が立ち並ぶ区画だ。とはいっても、生活に必要な雑貨や食材屋などは居住区にもある。目指しているレストランなどの飲食店もチラホラと見かけた。
そんな居住区の主役は女性たちだ。
旦那と子供を叩き起こし、朝食を済ませると家事がはじまる。一番の大仕事はやはり洗濯だろうか。海辺という条件もあり、極端に井戸が少ないサヤマ城下街では、外を流れる川に洗濯に行くのが定番だ。
水道の設置が主婦たちから叫ばれるが、女王の重い腰をあげられなかった。理由は単純にして、明確である。
お金が無い。
個としての力を持ちすぎた為、政治に組み込まれ、無理矢理に土地を与えて領主にされたサヤマ女王に、ヒューゴ国王は予算をあまり与えない。力を与えない為だ。
主婦たちからは文句は水道設置が却下されたことに文句は出なかった。ブチキレた女王が一人で水道工事をはじめて、お城の偉い人たちに連れ戻されたのは皆が知っていることだ。
開かれた王室、門なき城。
なんだかんだ言って、庶民から愛される女王である。
そんな女王の娘であるメローディア姫は、レストラン『海空の翼亭』の前に出ている本日のメニューをしげしげと眺めていた。
「う~む、どれにしようか迷うのぅ。海鳥の卵オムレツとか美味そうじゃのぅ」
「まだ開店前だよ、メロディ」
「しかしのぅ、知的好奇心がうずくのじゃ」
「メロディ姫さま、食いしん坊なんですね~」
「うむ。妾は食にうるさいぞ。ちなみに一番好きなのはハンバーグじゃな」
意外というか見た目通りの子供舌に、リルナとルルは苦笑するしかない。ちなみにリルナもハンバーグを子供の食べ物と思っている訳でもなく、ルルもそれないにハンバーグが好きなこともあって、結局は子供の集団なんだな、という見も蓋もない感想が思い浮かんだ。
「そもそも開店前だから食べれないんじゃない?」
「それもそうか」
メニュー前からメロディを引き剥がすことに成功したリルナは改めてレストランを見渡す。薄くピンク色に塗られた店の壁は木材で出来ていた。どこか海近くの店を思い出すのは、港街バイカラで良く見たデザインだからだろうか。窓枠は真白で雲を思いださせる。海風の翼亭の名をあらわすように、入り口ドアは真っ白で翼を広げたようなデザインになっていた。
そんな翼を押し広げるように両開きのドアを押すと、カランコロンとドアベルが鳴る。店内は明るく、空色に壁が塗られており、爽やかなイメージを彷彿とさせた。
「まだ準備中だよ!」
ドアベルが聞こえたからか、店の奥からそんな叫び声。ちょっぴりビックリした一同だったが、客ではないことを伝えなければならない。
「依頼を受けて来ました!」
相手の姿が見えないこともあって、リルナも叫ぶように言う。恐らく、厨房で作業をしているのだろう。
「冒険者かい!」
「はい! そうです!」
「ちょっと待っててくれ!」
その声にリルナたちは素直に従い、手近なテーブルへと座った。なんだか料理を待っている気分になる。実際、メロディとルルはテーブルに置いてあったメニューを開いて確認して、想像を膨らませていた。
「すまない、待たせたな」
しばらく待っていると、手を布巾で拭いながら一人の男が奥から出てきた。依頼主のコック、ワーカー・シグレアだろう。
年齢は40歳手前という年齢だが、ぽっこりと膨らんだお腹が彼の年齢をプラスに見せかける。お腹は太り気味だが、その両腕は結構な筋肉質な太さを誇っていた。準備中だからだろうか、彼の白いコック服はそれなりに汚れており、魚のにおいが漂っている。少女には少しばかり恐い面構えだが、無精髭を剃ればそれなりに男前には見えるかもしれない。
「お嬢ちゃんたちが、冒険者かい?」
「はい、ちゃんと冒険者です」
ほらほら、とリルナは胸につけたリボンマークのピンバッチを見せる。イフリート・キッス所属の証明だ。ちなみにメロディは鎧のためにピンバッチはスカートに付けていた。
「それと、これが依頼書です」
カーラのサイン入りの依頼書を見せる。これで証拠は全て提出した。それでも疑われるなら、もうお手上げだ。
「よし、さっそく商談といこうじゃないか」
どっかりと同じテーブルに座るワーカー。商談という言葉に、リルナはびっくりして思わずルルを見た。
「商談じゃなくて~、依頼の確認ですよ」
「おっとっと、そうだった。依頼はドラゴン・リップクリームを取ってきてほしい。そんな単純な話だ」
ドラゴン・リップクリーム。
ルルが森羅万象辞典を開き、その姿が描かれたページをみんなに見せる。
赤く丸い実であり、プチトマトを彷彿させる姿をしていた。大きさはプチトマトよりも小さなサイズで、リルナの小指の直径と同じくらい。辞典には更に、香辛料となる、と記述されていた。
「便利なもの持ってるじゃないか、お嬢ちゃん」
「えへへ~」
「とまぁ、説明の手間が省けたな。その実を取ってきてほしい。報酬は前払いで……12ギルってところでどうだ?」
一人4ギルの値段だが、少し気になったリルナは聞いてみた。
「前払い?」
「あぁ。それはお前さんたちの値段だ。ドラゴン・リップクリームは取ってきた量を買い取るぜ」
どうやら収穫量によって報酬が変わるということだ。
「どれくらい取れるものなのじゃ?」
メロディの質問にワーカーは、そうだなぁ、と立ち上がり厨房から鍋をひとつ持ってきた。大きさは一般家庭でも使うような鍋で、冒険者セットで使っている携帯鍋の二倍くらいの大きさだった。
「これにいっぱいくらいだな。これだけ取ってくれば上出来で、30ガメルで買い取るぜ」
その言葉に、おぉ~、と三人は上げた。と、同時に希少価値が高いことに気づく。難易度はそれなりに高そうだ。
「分かりました。それで、どこに行けば取れますか?」
「この街から歩いて1日半のところで、馬車は持っているか?」
リルナとメロディはブンブンと首を横にふる。
「まぁ、持ってないか。歩いて一日半のとこにメジヒの森がある。それで取れるぜ」
ただし、とワーカーは付け加えた。
「植物系モンスターがウジャウジャいるらしいから、気をつけてくれよ」
その言葉に三人は顔を見合わせる。
そして、ルルを除いた二人――リルナとメロディは自信満々に拳をにぎり、宣言した。
「まっかせといて!」
そいつは頼もしいな、とワーカーは少女たちに笑いかけるのだった。




