幕間劇 ~お姫様の剣士的訓練風景~
ちょっとだけ長い遠征を終えて、久しぶりにサヤマ城下街に戻ってきた翌日。
麗らかな午後を彩る空は快晴であり、グリフォンも翼を休める穏やかな空気が流れていた。
そんな午後。
リルナは友人であるメローディアに案内されて、サヤマ城の中庭を訪れていた。サクラの姿はなく、その変わりにメイド服の女性が二人の前に立つ。
少しばかり長い黒髪を丁寧に後頭部で結い上げた頭にはフリルの付いたカチューシャ。そのエプロンドレスにもフリルがたっぷりとあしらっており、ロングスカートは下着など微塵も見せる必要もないとばかりに鉄壁だ。
一見すると可愛らしい姿なのだが、そのメイドの視線は鋭かった。
彼女はサヤマ城のメイド長であり、お姫様であるメロディをお世話していた人物でもある。
「いっち……にぃ……さん……しぃ……」
そんなメイド長の前で、リルナは腕立て伏せをしていた。冒険者には時折、人間種族の限界値を超えたような筋力を生まれ付き持っているものもいるが、残念ながらリルナの筋力は平均以下だろうか。
五回目に腕を折り曲げたまま、べちゃりと地面に五体を投げ打った。
「リルナ様、目標の半分もいってませんよ!」
「だ、だってぇ~」
言い訳をするリルナをギロリと睨むメイド長だが……何かを思い出すように表情を入れ替える。
「失礼しました。リルナ様は召喚士でしたね。つい……」
つい、なんだろうか? メイド長はそれ以上の言葉を濁した。
「やっぱりわたしには倭刀は無理かなぁ」
「そんなことないじゃろ。妾だって、そこまで筋力がある訳ではない」
と、リルナの隣でメロディも腕立て伏せしていた。その数は優に三十を超えており、職業の違いを見せ付ける。
「それにしてもリルナ様、良く見つけになられましたね。私も何度か見かけたことがありますが、レベルの低い方が持っているのは初めてです」
「うぐっ」
レベルの話になり、リルナは軽く胸に傷を負った。ちなみにこの類の傷は魔法でも治せない。時間に解決を委ねることしかできなかった。
「って、そんなに倭刀ってあるんですか?」
「数は多くありませんが、遺跡を探せば度々出てくるみたいですよ。尤も、ほとんどの冒険者にとって手に余る品ですからね。あと、呪いを内包する倭刀もあるそうです。リルナ様は運が良かったのか、はたまた。しかし、伝説級は伝説級。複製が無理な一品はそう呼ばれます。その点、メロディ様がご使用なされているヴァルキュリア・シリーズは複製できます故、伝説級には一歩劣りますね。神話級、でしょうか」
神話級。
いわゆる神様の時代に作られた一品ということだ。実際、神様が種族的に人間だった頃に使用されていた装備などは現存する。
腕のあるドワーフなどは、その実物さえあれば模倣や複製も可能だそうだ。尤も、それにかかる費用と材料が集まれば、の話だが。
「よし、いいぞメイド長」
「失礼します、メロディ様」
メロディが声をかけるとメイド長はブーツを脱ぎ、腕立て伏せをするメロディの上に乗った。
「うわ、すごいっ」
「ふ、ふふふ、すごいじゃろ。剣士たるもの、これぐらい、できんと、な」
なにやら震える声でメロディは自慢するが如く語るが、その表情は地面を凝視していた。若干十歳にしては行き過ぎた鍛錬なのかもしれない。
ただ、そんな鍛錬を良くこのメイド長がしているなぁ、と思ってリルナは見上げる。
「――――ぁ」
恍惚な表情を浮かべていた。
震えるメロディの上で、バランスを崩すことなく真っ直ぐに立つメイド長。その不思議な光景に、リルナは思わず顔を伏せた。
そんな準備運動が終わると、実戦練習にうつる。
「リルナ様、これを」
メイド長に手渡されたそれは、金属の塊で出来た棒だった。持ってみると、ズッシリと重く倭刀と同じ重さだった。
メロディにも同じ物を渡される。
二人は棒を持ち上げ、構えてみせた。
「では二人とも、かかってきてください」
メイド長の手には木製の剣が握られていた。大きさ的にはショートソードだろうか、片手で軽く構える。
「行くぞ、メイド長。とりゃー!」
「い、いいのかな、う、うりゃぁ?」
勝ち気なメロディとちょっとおっかなびっくりのリルナ。二人が振り回す重棒をメイド長は木剣で軽々と防いでみせる。
「す、すごいっ」
「さすがメイド長。妾の腕ではまだまだ倒せぬな」
「このメイドさん何者なの?」
「え? メイドじゃろ? のぅ?」
「はい、ただのメイドですよ。サヤマ様に仕えるメイドですもの、これぐらい出来て当たり前じゃないですか?」
「え、えぇ~……」
そんな風にしばらくメイド長相手に剣の訓練を続けていると、なにやら空気がビリビリと震えるのをリルナは感じた。
「……な、なに」
思わずリルナは呟く。
それをメロディとメイド長も感じたのか、お互いの手は止まり、表情を訓練以上に真剣なものへと変えた。
「まずいのぅ」
「ど、どうしたの?」
「リルナ様、お気をつけて」
「え、え? なにが? なにが?」
なんだか知らないがひたすら嫌な予感めいたものが胸中に渦巻く。まるで吸血鬼に支配された城へ迷い込んだような、そんな空気。
メロディとメイド長の視線は城の窓を見ている。あらゆる窓を観察し、そしてその一つづつを否定していく。
ビリビリとした感覚は次第に高まっていく。
「なに、なに、なになになに?」
リルナの恐怖が一定以上になり、そこから逃げ出したい気持ちになった瞬間――
「はっはっはっはー!」
三階の窓ガラスが割れ、何かが嘲笑と共に降ってきた。
「そっちかぁ!?」
メロディは棒を捨て、ロングソードを引き抜く。メイド長はいつの間にか大きな盾……タワーシールドを装備していた。
「ぶはぁ! 私も! 私も仲間にいれておくれよぉ!」
高所からの着地など意に返さないように、その人物は笑みを浮かべる。それは最早、笑みというより脅迫そのもののような表情だった。
「ひぃ! 女王様!?」
どこかで見ていたのだろう。
自分の娘とその友人、そしてメイドが仲良く訓練する様子を。
そして、自分も混ざりたくなったのだろう。
だから我慢できず、レベル90の化物は窓を突き破って降ってきた。
「リルナ、全力で防御するのだ! 大丈夫、母上も全力で手加減なさるし、メイド長もいる! なんとか生き残ることは出来るはずじゃ!」
「そんなレベルなの!?」
「来ますよ、リルナ様!」
「ひぃ!?」
サヤマ城の中庭にて。
リルナの可愛らしい悲鳴がコダマするのだった。
彼女が倭刀を使いこなせる日は、まだまだ遠い。




