~シューキュ遠征と炎の契約~ 17
炎の神殿を脱出すると、周囲はすでに夜にさしかかる時間になっていた。薄暗い神殿内部では時間の感覚が上手く把握できず、すっかりとクタクタになっていたのは、そのせいかもしれない。
「いや、たぶんあの人形のせいかもしれぬぞ」
「あぁ……」
思い出したくも無い出来事だったので、メロディの言葉にリルナは重いため息と共に呪詛も吐き出した。
「帰るんなら、乗って」
リーンはあくびをしながらも背中を向ける。すっかりとお眠の時間のようだ。
「帰りは咥えないでよ」
「それはリルナの態度次第」
「むぅ」
唇を尖らせる召喚主だが、逆らうとまた恐怖の空の旅が始まってしまうので、大人しくホワイトドラゴンの背中に乗った。
メロディが前でリルナは後ろ。少しばかり窮屈なのでリルナがメロディを後ろから抱きかかえる姿になる。
「いいよ、リーン君」
リルナの合図に、白い翼が広がる。そして、一度だけ空気を打つようにバサリと羽ばたくと、一気に空へと舞い上がった。
空を覆う火山の煙を越えて、雲の上にまで出ると、瑠璃色の空が見える。チラチラと瞬く星も見え、もうすぐ夜が訪れることを示していた。
「夜の空もいいものじゃな」
「さすがお姫様。情緒の無いどこかの田舎娘とは違うね」
「あ、わたしの村を馬鹿にする気!?」
リルナの田舎自慢を聞きながら、リーンは逢魔ヶ時を飛び進む。すっかりと日が落ちて、人間種族の生活が終わった頃にカーゴ国に戻ってきた。城壁の角にこっそりと設置した魔法陣は無事なようで、誰にもバレた様子はない。
尤も、飛行中に解除なんてされた日には、リルナとメロディはいまごろ地面に埋まって、自動埋葬されていたところだ。
「今日はありがとう、リーン君」
「感謝するぞ、リーン殿」
二人の言葉に、リーンは大きく口を開ける。感謝に応えるドラゴン流の行為なのか、ただ単純に眠かったのかは、判断できない。
「ほどほどに呼んでね」
なんて言葉を残しつつ、リーンの召喚を解除した。魔法陣も消失したので、リルナは少しばかり息を吐く。なんだかんだ言って長時間の召喚は初めて。魔力消費は少ないながらも、疲れは出るようだ。
その後、二人はみんなが待つガーラント城へと戻った。お城の警備に呼び止められたものの少しの説明で通してもらえる。
「妾の顔が利いたのかもしれぬ」
なんてメロディが鼻を高くしたのだが、昼間に出会った警備兵だから顔を覚えてもらっていたのだろう。そもそもにして王の直々の客ではあるのだから。
だが、戻ってきた二人に衝撃の事実が伝えられる。
いや衝撃を受けたのはリルナだけだっただろうか。
彼女の驚きの声が、
「まだやってるの!?」
だった。
ドワーフの好色王、という名前はどうやら相当なものらしい。リルナとメロディの二人がちょっとした大冒険を繰り広げている間、こっちはこっちで超長時間の戦いが繰り広げられていたようだ。
いや、戦いはまだ続いている。
「ほほう、ならば妾もその戦闘に参加しようではないか!」
「ダメだから!」
リルナはメロディを抑えるが、残念ながら職業の差。召喚士の力では剣士を止めることは出来ず、ジリジリと王の寝室へと引っ張られていく。
「外交問題! サヤマ女王に怒られるから! 誰か、誰か助けてー!」
そんなリルナの悲鳴にも似た絶叫にかけつけた警備のお兄さんに抱えられ、メロディは用意してもらっていた寝室に押し込められ、外交問題に詳しいドワーフ老人にご教授願い、贅沢な食事と豪華な湯浴みで心を癒され、冒険の疲れからかベッドに入った途端に眠ってしまったメロディに、リルナは大きくため息を吐いた。
「良かった……本当に良かった……」
そんなリルナも疲れからか、すぐに眠ってしまう。ちゃっかりとパペットマスターの情報を提供。相変わらず自分が狙われたことは秘密にしておきながら、目撃情報として50ギルが至急されて、ちょっと満足したのだった。
さて翌日。
質素ながらも豪華な朝食であるベーコンエッグの乗ったトーストを食べ終わり、ガーラント王との謁見の間へと赴くと――
「ふ、ふふ、ふへ、ふへへへへへ」
不気味に笑うサッチュが壁にもたれて座り込んでいた。目の下にはくっきりとクマがあり、普段から眠そうな表情が更に眠そうに見えた。
「リルナっち。私は大人になった……」
「ま、マジで?」
親指を立てたサッチュはそのままコロンと床に寝転ぶと寝息を立て始める。徹夜だったのだろうか、それとも……
「いやいや」
思わず想像してしまったリルナは少しばかり照れるように自分の想像を追い払う。そんな様子を不思議そうにメロディが見た。
更にその奥には玉座にガーラント王の姿があった。しかし、彼が座っているのは玉座ではなく、リリアーナの膝の上。小さな王様はすっかりと彼女に納まっており、頭の上に感じる胸の感触に満足しているようだ。
そんな玉座の前ではサクラがあぐらをかいて座っていた。この三人は眠そうではないのだが、サクラがサッチュと同じく不気味に笑っていた。
「ウチ、女に目覚めたかもしれん」
「それ……どっちの意味?」
元男が女の喜びに目覚めたのか、はたまた相手として女を選んだという意味か。よくよく考えれば元男の台詞としては前者だろうか。
「恐ろしいのは魔女の呪いか好色王か」
「ふははは、それほどでも無い」
リルナの呟きが聞こえていたらしい。思わず口を押さえた。
「構わぬ構わぬ。どうだ、今度はお主が相手をしてくれんか?」
リルナは首を横に全力で振った。
「ふむ、嫌われたものだな」
「い、いえいえ、ほら、わたしってばまだ子供だから」
「妾なら!」
挙手するメロディだが、リルナが全力で手を下ろさせた。
「メローディア姫とも是非ともお相手したいものだが……怒られそうでなぁ。サヤマ女王の武勇はここカーゴ国にまで届いておる。なんのしがらみも無くなった際は、是非ともお相手いたそう。さて、リリアーナ。名残は惜しいがそろそろお別れのようだ。今度は私からそちらへと向かおう。今度こそ、そなたをギブアップさせてみせようぞ!」
どうやらリリアーナは王様を満足させることが出来たようだ。
それはそれで、どうなんだ? なんて思いながらもリルナは安堵の息を吐く。
「次に会う時は、みなベッドの上がいいな!」
なんて笑顔でのたまう美少年に見送られて、リルナ、メロディ、サクラ、リリアーナの四人は城を出る。
サッチュはダウン中なので、ふかふかのベッドの上だ。王様に何かされないか、あとは祈るしかない。
お城の警備兵に港へと辿り着き、船へと乗り込む。
元々サッチュとはここまでの予定であり、別れの挨拶も出来なかったのが少しばかり心残り。
「まぁ、どこかですぐに会えるかもしれんぞ。なにせ盗賊ギルドの人間だからのぅ」
「そうなの?」
「うむ。横の繋がりを大切にする組織じゃ。会いたくなればすぐに見つかるじゃろ」
「そっか」
港から見えるガーラント城。
その無骨な城と、見送る兵士や海の男達に手を振る。
「またね~!」
初めての遠征。
そして、火の大精霊サラディーナとの契約。
それとちょっとした大人体験の片鱗。
色々なものを感じたカーゴ国は、リルナの思い出にしっかりと刻まれたのだった。
 




