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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その6 ~シューキュ遠征と炎の契約~

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~シューキュ遠征と炎の契約~  15

 職業訓練学校で習うはずの戦闘訓練を、リルナはほとんど知らない。それは召喚士ゆえの事情だった。基本中の基本である事柄が多すぎる為に、戦闘に割く時間がほとんど取れないのである。

 だがそれでも。

 後衛である彼女のやることは明確だ。ましてや召喚士という職業の仕事は決まっている。

 召喚したモノたちに命令を下す。

 ただそれだけだ。


「ウンディーネ、みんなに水の加護を!」

「了解よ」


 すでにリルナとメロディに付与されていた熱対策の霧が文字通り霧散し、より強固な加護がその場の全員に付与された。まるで青い羽衣のように、皆の体を包み込む。

 相剋の基本だ。

 水は火を打ち消す……水剋火だ。

 そしてレナンシュの木属性の力を高める。水は木を育てる相生に当てはまり、水生木となる。

 準備ができたのはそこまでだ。

 溶岩人形が殴りかかってくる。大きく振り上げた拳を、そのまま叩き潰すように下ろした。それを散開して避けるが、まるで水に飛び込んだかのように溶岩が周囲に飛び散った。


「うわっとっと。厄介じゃのぅ……のぅ、パペットマスターとやら」

「なんでしょう?」


 顔の無い頭がメロディーへ向く。どうやら前面や背後という概念は溶岩人形にもありそうだ。


「お主の目的はなんじゃ? 聞いてなかったので、是非とも伺いたいものよ」

「そんなの決まっていますよ」


 やれやれ、といった感じで溶岩人形は肩をすくめた。


「嫌がらせに決まっています」


 パペマスの言葉に、リルナとメロディは半眼になって呟く。


「最低……」

「最低じゃのぅ……」


 しかし少女たちと違ってホワイトドラゴンはケラケラと笑った。


「相変わらずのヘンタイっぷりだ」


 何がリーンに受けたのか、目を細めて笑っている。


「だってリルナさんは私に黙ってこんなにも遠くへ行ってしまったではないですか。私はもう会えなくなってしまったのではないかと、心配で心配で。思わず追いかけて来たのですよ。もうかまって欲しくてたまらなくなってしまったので、ついつい人形を送り込んでしまいました。分かってもらえるでしょ?」

「リーンくん」

「は~い」


 リルナの言葉に、リーンは大きく口を開け、水属性のブレスを溶岩人形へと放つ。それを受けた溶岩人形の腕は冷えて固まるが……すぐに溶岩が流れ込み、元の燃える体に戻ってしまった。


「おやおや、私の愛が伝わらない。これは悲しいことです。こういう時はアレですね、はるか神様たちの時代から変わりません。リルナさんを捕まえて、一生お人形さんにしてあげましょう」


 溶岩人形の口部分が、不気味に裂ける。それは、笑っているという表現だった。


「冗談じゃないっ!」

「うむ、我が友人を窓際に飾る権利は、妾も持っておらぬ」


 メロディはロングソードで溶岩人形へと斬りかかる。だが、流動する体は切れないようで、ほとんど手応えが無かった。


「むっ、ダメか」


 振り下ろされる拳と飛び散る溶岩を避けながらメロディは唇を尖らせた。


「メロディ!」


 リルナは叫ぶ。その意図を察してか、メロディは後退した。代わりにハーベルクが前に出るが、その腰は恐ろしいほどに引けていた。


「こんなのコボルトの仕事を超えてるワン!?」


 そもそも手持ちは果物ナイフと包丁だ。食材ならまだしも、料理人に溶岩を処理する能力は無い。

 メロディが後退した目的は武器を受け取ること。それはもちろん、リルナの持つ倭刀だ。


「この際、文句も言っておられん」

「お願いね! あと、ウンディーネ、倭刀にもお願い」

「は~い」


 大精霊の加護は倭刀に水属性を付与した。鞘から抜き放たれた刀身は淡く青に光る。それこそ伝説級ともいえる光景だった。


「恐れ多い」


 手に持つ凶悪な暴力にメロディの手が震えそうになる。まだ十年しか生きていない彼女の手には重すぎる代物だが、今は最善手だった。


「リーン君もいって! レナちゃんは拘束の準備を!」

「ほいほい」

「了解……」


 逃げまどうハーベルクと入れ替わるようにメロディとリーンが前へ出る。水のブレスを放つリーン。そのブレスを追うように走り、肉薄するお姫様。

 顔面に炸裂するブレスをものともせず、溶岩人形はメロディへ燃える拳を突き出した。


「うわっ!?」


 溶岩人形が避けると思っていたメロディは思わず足を止め倭刀でガードを試みる。炎の腕は倭刀の腹に当たり、メロディの小さな腕を跳ね上げた。

 それに驚いたのは両者だった。

 メロディが驚いたは、ヴァルキュリア装備がオートガードを発動させなかった事。つまり、ダメージが無いと世界の理が判断した訳だ。

 パペットマスターが驚いたのは、溶岩人形の腕が瞬時に冷え固まった事。まるで腕だけを氷の女王に抱きしめられたかのようだった。

 その驚きに対応する速度は、メロディのほうが早かった。さすがサヤマ女王に育てられただけがある。サプライズで母の凶暴な剣を受けてきただけはあり、トンでもない英才教育が今ココに役立った瞬間だった。


「ふっ」


 短い呼気。

 それと共に丁寧な上段からの袈裟斬り。なんの手応えもなく、溶岩人形の腕が落ちた。


「もう一撃じゃ!」


 と、メロディはもう一度倭刀を振り上げるが――

 すくいあげるような溶岩人形の腕がメロディをとらえた。油断していたとは言え、その動きはメロディの知覚よりも速く、およそ人間では到達できない速度だった。

 だが、お姫様の装備はその動きに対応した。彼女の装備している鎧、『ヴァルキュリア・メイル』がオートガードを作動させ、溶岩人形の拳を完全に防いだ。ただし、その勢いは止められずメロディの体は宙に浮く。


「メロディ!」

「なんの!」


 空中で体制と整えメロディは着地する。ダメージはゼロ。母上の過剰の愛が彼女をすくった。

 その間にも迫ってくる片腕の溶岩人形をリーンが相手をする。子供とはいえホワイトドラゴン。パペットマスターの魔力の糸『デウス・エクス』を噛みちぎり、その動きを阻害していく。


「そろそろいいんじゃない?」

「いえいえ、悪役はやられるまでが華ですよ」

「悪役の自覚はあるんだ」


 リーンは呆れるように笑う。パペマスとなんだか妙に気が合うような感じがしないでもないような、そんな微妙な気分に自嘲気味になった。

 バックリと魔力の糸を切った瞬間、水のブレスを放つ。それをまともに喰らった溶岩人形はその大半の溶岩が冷え固まった。


「今だ、レナちゃん!」


 木属性を司る魔女・レナンシュの魔法が発動する。その闇魔法は足元より植物のツタを発生させる。それは溶岩人形の体へと巻きつきその動きを封じた。


「メロディ!」

「うむ」


 体制と整えたメロディは再び走り、溶岩人形へと迫った。

 跳躍。

 大上段へと倭刀を振りあげる。その間、人形を縛っていたツタが燃え上がった。再び溶岩人形がその体に溶岩が流動する。

 だが――


「おそい!」


 水気を帯びた倭刀の一撃は、見上げた溶岩人形の頭から股下まで斬り抜けた。


「おや……これはこれは」


 その言葉を最後に、溶岩人形はパックリと左右へと分かれた。そのまま溶岩が流れるように広がり、すぐに冷え固まった。


「か、勝ったのじゃ」


 ふはぁ、と大きく息を吐いたお姫様はその場に座り込む。今更ながらに震える手から倭刀が落ちてガランと音を鳴らせた。


「やったぁ!」


 と、そんなメロディの背中にリルナが飛びつく。


「やったぞ、リルナ。これで妾も一人前じゃのぅ」

「そんなの前からだよ。メロディは一人前だったよ?」

「いやぁ、母上に一度も勝ったことがないので、いまいち自信が持てないので」

「……それはちょっと」


 そもそもレベル2がレベル90に勝てるはずが無い。子供と母親というハンデをもらっていても、だ。


「うんうん、美しい友情ですねぇ」


 と、そんな二人の横に人形が腕を組んで頷いていた。事情を知ったり、という表情で二人を見ている。


「……なんで生きてるのよ?」


 パペットマスターだった。


「いえいえ、私は人形のご主人様です。この世に人形があるかぎり――」


 言い終わらないうちに、人形はリーンのブレスで焼き払われた。


「うん。悪は去った」

「ナイス、リーン君」

「さすがはリーン殿」


 ようやく一息、とばかりにリルナとメロディは笑う。

 しばらく休憩してから、一同は火の大精霊の元へと向かうのだった。


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