~シューキュ遠征と炎の契約~ 12
石の城であるガーラント城、その城下街をぐるりと取り囲む壁もまた石で出来ていた。
精密に積み上げられた岩や石の間には補強材で固められており、おいそれと崩れるような代物ではなかった。
南門から街の外へと出たリルナとメロディは、そのまま壁伝いに東へと移動する。そのまま北へと曲がる頂点で足を止めた。
カーゴ国はゴツゴツとした岩が多く、緑はほとんど見えない。砂漠は無いらしいが、それでも気温は高く、見上げれば雲ひとつ無い青空が永遠と広がっていた。
「こんなところでどうするのじゃ?」
「シロちゃんを呼ぶの」
「リーン殿か」
「うん。ここだと召喚陣も見つからないだろうし、目立たないと思うから」
「なるほどのぅ」
じゃいくよ、と返事をしてからリルナは召喚陣を空中ではなく地面へと描く。腰を折り曲げながらも次々に描かれていく神代文字。手早く完成した召喚陣の真ん中に描かれたドラゴンを意味する古代の文字に満足しながらも、リルナは魔法陣を発動させた。
呼び出されたのは、ホワイトドラゴン。リーン・シーロイド・スカイワーカーの名前を持つ神代から続くホワイトドラゴンの子供だ。高貴な雰囲気はどこで呼び出されても変わらず、また相変わらず眠そうな目をリルナに向けた。
「くあ~」
実質、その凶悪な顎を大きく開けるとリルナをガブリと噛みそうなほどに近づけた。
「む、ちょっと大きくなったシロちゃん?」
「そう?」
彼は少しばかり背中の翼を広げる。リルナの記憶よりはほんの少し、翼は大きくなっていた。
「ボクも成長しているって事だ。リルナは相変わらずチビのままだけど」
「ドラゴンと一緒にしないでよ。あんた達みたいな巨大な種族じゃないんだから」
リルナがべ~と舌を出すと、リーンはケラケラと笑った。
「それでどうしたの? 敵もいないみたいだけど? あ、メロディとケンカしたとかだったら、僕はメロディ側に付くからね」
「召喚者を堂々と裏切るなっ!」
と、そんなやり取りをしている中、メロディはキラキラとした瞳でリーンを見ていた。
「どうしたの、メロディ?」
「いや、やはりホワイトドラゴンは美しいと思ってのぅ」
「そう?」
うむ、とメロディは頷いた。
「いい加減リルナはボクの凄さに気づいてよ」
「むぅ……まぁ、そんな事より」
リーンはがっくりと頭を下げた。
「ちょっと乗せて行って欲しい所があるの。スヴァー火山の炎の神殿なんだけど、知ってる?」
「それはいいんだけど、二人も乗れるかな?」
リーンは自分の背中を見た。ドラゴンとはいえ、まだ子供であるリーンの背中はそこまで広くはない。
一人は確実に乗れるだろうが、二人は少しばかり怪しい。
「え~、メロディとあたしぐらい乗せられない?」
「メロディはいいけど、リルナは乗せたくない」
「だから、あたしが召喚者なんですけど!?」
と、リルナが文句を言っているうちに、リーンはメロディに向けて背中を示した。もちろん、メロディは嬉々としてその背中に乗った。
「お~、まるで伝説の竜騎士になった気分じゃ」
「御伽噺だね。ボクも聞いたことがある」
なんて楽しそうに会話をしているリーンとメロディ。その背中を見るが、充分にスペースは開いていた。
が、しかし。
「うわっ!?」
リーンはリルナの襟首を咥える。そしてそのままバサリと翼を広げ、空気を打った。途端に浮かび上がり、そして上空まで一気に飛び上がる。
「ちょ、ちょっと~!」
「あははは! リルナ、暴れると危ないぞ。素晴らしい景色じゃ!」
青空の中に浮かぶホワイトドラゴン。眼下にガーラント城がまるでおもちゃの様に見えた。上空を旋回したリーンはまたしても翼を空気に打ちつける。その反動の様に、青空の中を進み始めた。
「ドラゴンというのは、鳥の様に飛ぶ訳ではないんじゃな」
「ボクたちは魔力で飛んでいるのさ。こんな巨体が翼で飛ぶのは大変だからね」
「なるほどのぅ。しかし、良い景色じゃ。ますます竜騎士に憧れる」
竜騎士。
ドラゴンに乗った騎士の御伽噺。そのカッコイイ姿は、ただの物語ではなく実在した人間の話らしい。尤も、神様の時代であり、今ではドラゴンと心を通わすものはほとんど居ない。
リルナ自身、冒険者としてのほんのちょっとした知識不足の為に、とんでもないことを成し遂げているのだが、それに気づいていなかった。
「ぎゃ~~~~!?」
気づいていないからこそ、こうしてリーンは呼び出されているのかもしれない。加えて、彼らドラゴンの間でも赦されているのかもしれない。
邪魔する者は存在しない大空を、ホワイトドラゴンが飛ぶ。まるで風すらその道を譲っているようで、メロディの髪は少しだけ揺れる程度だった。
「空とはこんな静かな場所じゃったのか」
「翼を持つ者の特権だね。まぁ、こんな静かに飛べるのはボクたちだけだろうけど」
「なるほどのぅ。ところで、さっきから普通に喋っておるようじゃが、リルナは落とさないでくれないか。数少ない妾の友人なのじゃ」
「大丈夫だいじょうぶ、口は動かしてないだろ」
「おぉ、そういえば」
思い起こせばリーンと話している時、彼の口は動いていなかった。
「ドラゴンは全ての種族と会話が出来る。それは、声帯を使った発音ではなく、空気を使った会話だからさ」
「なるほど。よく分からんが、そうなのじゃな」
メロディの答えが気に入ったのか、リーンはケラケラと笑う。その笑い声には口が開いてしまったらしく、リルナの体がガクガクと震えた。
「ぎゃー! お願い、落とさないで!」
「落とさないから暴れないでよ」
「無理無理! たーすーけーてっ!」
リルナの叫び声は大空の中、どこにも木霊することなく吸い込まれるように消えていくのだった。




