~シューキュ遠征と炎の契約~ 10
案内された城内は、豪華絢爛というよりも質実剛健というイメージが強く、やはり城というよりも砦に近いイメージを抱かせた。
ドワーフの王が治める国らしく、城内の種族はドワーフが多め。それでも人間や有翼種や獣耳種、それに加えてエルフやコボルトの姿もあった。尤も、コボルトは料理専門なのか、やたらとお菓子を運んでいる姿しか見なかったが。
「やっぱり実家と違うのぅ」
遥かに高い天井を見上げながらメロディは呟く。サー・サヤマ城は領地の証であり、国王の城ではないのだから当たり前の話だ。しかしそれでも、その差は大きく、メロディがキョロキョロと周囲を見渡すのも無理はない。
「こちらです、どうぞ」
と、案内の女性ドワーフが手で示したのは、大きな両開きの扉だった。丁寧に掘り込まれた彫刻は見事なもので、この部屋がいかに重要なのかが一目で理解できる。
「ええか?」
サクラは一同を見てから、扉に少しばかり力を込める。ゆっくりと開いた扉の向こうには、赤く一直線に続く絨毯。そのフカフカな絨毯の先には、少し小さめの玉座があり、そこには少し困った様な表情を浮かべるドワーフがちょこんと座っていた。
あれ、とリルナは思うが口に出さない様にした。なにせ、王様の前だ。王様っぽくないなぁ、なんて口が裂けても言える訳がない。
「ようこそ」
「うわっ」
そんな王様を見ていたせいか、扉の横に立つドワーフ兵士の声にリルナは驚いてしまった。そんなリルナにドワーフ兵士は笑みを漏らす……というよりも笑いを堪えるかの様に俯いてしまった。
「どーした、近くに」
わちゃわちゃと慌てるリルナ達に対して、王様が言う。その声にリルナは慌てて『気をつけ』をしてから、歩き出した。
「サヤマ女王からのお使いで来たで。こっちがリリアーナ・レモンフィールド。ウチらの街の一番のべっぴんさんや」
サクラは物怖じする事なく王様へ言う。その横柄な態度というか、いつも通りの態度にリルナはあわあわとするが、王様は気にしていないらしい。
「よろしくおねがいします~」
リリアーナの言葉に、王様は感嘆の声を漏らした。さすがはドワーフの好色王か、とリルナは思ったのだが……やはり違和感を感じた。
ドワーフの年齢は、人間にしてみればいまいち分からない。寿命は人間とさほど変わらないのだが、その肉体は若い期間が非常に長いと言われている。またドワーフは身長が低く、背の高い者でもせいぜいがリルナやサクラより大きいぐらいだ。
目の前の王様、ドワーフ王は初老というイメージだろうか。口髭は白が混ざり、その表情には自信が無い。とても王様という存在には見えなかった。ましてや好色王の異名を持つはずなのに、未だに触手を動かしていない。
「ん~?」
なんて呟きを漏らした頃に、後ろからくつくつと笑い声が聞こえた。驚いてみると、先程のドワーフ兵士がお腹を抱えて笑いを堪えていた。
「王様、もうここまででいいでしょうか」
そんな兵士を見て、玉座に座る王様がそんな事を言う。
「え?」
「どういうことじゃ?」
一同疑問の声をあげると、兵士は笑いながらもこちらに歩いてきた。
「いやぁ、悪い悪い。少しばかりイタズラをさせてもらった。そっちの偉そうにない王は俺の偽者でな。普段は王室の掃除をしてくれる素晴らしい人なのだ。今日はその経緯を払って、王様のフリをしてもらったのだ」
ドワーフ兵士は兵装を外しながら言う。兵装の下からは少しばかり豪奢な服が見えた。さすがに種族がドワーフなだけあって身長は然程高くないのだが、気品あふれる顔は兵士のそれではなく王族の物だ。
ドワーフの証であるかの様な髭は無く、また筋肉で覆われた様な肉体でもない。それでも丹精な顔立ちをしており、世のドワーフの女性ならば放っておかないのかもしれない。
人間を基準に言ってしまえば、彼は間違いなく美少年と呼ばれる顔をしていた。
「なんじゃ、お主が本物か」
「これは失礼を。メローディア姫」
ドワーフ兵士改め、ドワーフ王ガーラント・ボルドーグはメロディの前で片膝を付き、彼女の手の甲にキスをした。尤も、ヴァルキュリア・アーマーはばっちり手の甲まであり、被害は防ぐことが出来た。
「戯れは心臓に悪いぞ。見ろ、我が友人であるリルナがこの有様だ」
と、笑う様にリルナを紹介する。
「ほう、メローディア姫の友人ともなると、我が友人も同じ。どうだ、お主も俺と一晩を過ごすか?」
リルナは思わず首をブンブンと横に振る。しかし、ハっと気づいて、肯定しかけるが、思い直ってやはり断った。
「はははは! 面白いな、リルナ。では、そちらのザンバラ髪の娘はどうだ?」
「私?」
王様はサッチュを指名した。
「いくらだす?」
「ふ~む、いくらなら応じる?」
「初めてだから10万ギルで」
「安いな。と言いたいところだが、俺の懐にも限界がある。50ギルぐらいにまけてくれんか?」
「やだ。見学だけにしとく」
「手厳しい。今宵は諦めるとしよう。では、そちらのキモノ娘はどうだ?」
「ウチか? ウチは元々男やで」
それは本当か? と驚くドワーフ王に、サクラは簡単に身の上話をした。
「ふ~む、魔女の呪いか。聞きしに勝る恐ろしさだな。サクラ、お主と致すとその呪いが降りかかる事は無いのか?」
「無いと思うけど経験が無いからなぁ。わからへんわ」
「ならどうだ。女の喜びを覚えてみるというのも、せっかくだと思わんか?」
さすが好色王、相手が元男だろうと関係ないらしい。
「遠慮するわ。ウチも見学だけにしとく」
「そうか、残念だ。では、リリアーナ」
「はい~」
「うむ、美しい。絶世の美女、いやいや傾国の美女とは正にあなたに相応しい言葉だ。どうだ、俺の嫁にならんか?」
「ん~、せっかくのお誘いですけどぉ、みんなが私を好きだと言ってくれるので」
「ふ~む、あくまでその身は、客の物、という訳か。残念だ。しかし、俺もそのうちの一人だ。存分に愛させてもらうぞ」
「ぜひぜひ~」
と、ドワーフ王はリリアーナの手を取る。身長はリリアーナの方が高いのだが、なかなかどうして、ドワーフ王とはお似合いに見えた。
これが王の気品だろうか、とリルナは感心するのだが、その行き先は寝室であり、いまから色々やっちゃうよな状態だと何とも微妙な感じになる。
「さて、サッチュとサクラは見学だったか。メローディア姫とリルナはどうする?」
「では妾も――」
と、嬉しそうに手をあげたメロディの口をリルナは塞いだ。
「あたし、行きたいところがあるので! メロディも、ね!」
「え~……まぁ、仕方ないのぅ。ガーラント王、妾の相手もそのうち頼む、もがもが」
なにやら国交的に恐ろしい事になりそうなので、リルナは再び彼女の口を塞いだ。そして、そのままズルズルと引きずる様に退室するのだった。
「はぁ~……緊張した~」
「まったく、リルナも良い機会ではないのか? 冒険者の技術として、色仕掛けは必要じゃと妾は思うのだが」
「どんな状況よ、それ」
「ほら、盗賊につかまった時とか、脱出に必要じゃろ」
リルナは想像するが……盗賊にお姫様がつかまった時点でお終いじゃないだろうか、なんて考えが浮かんだが、まぁ気にしない事にした。
「ところで、リルナ。行きたい所とはどこじゃ?」
「実は」
少しばかりリルナは自分の手をみつめる。どこか自信なさそうな雰囲気だが、それでもメロディの瞳を見つめながら言った。
「炎の大精霊に会いに行きたい」
その言葉に、意思は強く。
また、その言葉に理由は大きい。
「ほう」
その決意を秘めたリルナに対して、メロディはニヤリと笑って応えた。
「では向かうとしようか、我が友人よ」




