~シューキュ遠征と炎の契約~ 8
波に揺られる船内。リルナ達にあてがわれた大部屋にて、リルナはリリアーナに迫った。珍しく積極的な様子にベッドで寝ていたサクラとサッチュもそちらを見る。
尤も、起きてまで見るつもりはないのか、頭を腕で支えただらしないポーズだが。
「ど、どど、どうして神官魔法が使えるの?」
それは先程見た、彼女が船員の一人を治療した魔法だった。
魔法には幾つもの種類がある。代表的なものは自らの魔力を変換し魔法を発動させる『七曜魔法』、精霊の力を借りて発動させる『精霊魔法』。
他にも魔女が使う『闇魔法』等、多種多様な魔法が存在する。
しかし、誰かの肉体を治癒したり、病気を治したり、死者を蘇らせるといった『回復』に関する魔法は一種類しかない。
それが『神官魔法』だった。
神官魔法とは、文字通り神官が使える魔法である。では、神官になるにはどうすれば良いか? それが一番の問題となっている。
神官になる方法はとてもシンプルだ。
『神様の声を聞けばいい』
たったのそれだけ。ただ神様の声が聞こえれば、それだけで神官になれる。また、初歩的な神官魔法を使う事が出来る。
逆に言ってしまえば、神様の声が聞こえない限り決して神官魔法を使う事は出来ない。例え世界の運命を変えてしまう程の大魔法使いと言えど、神様の声が聞こえない限り神官魔法は使えないのだ。
「え~っとぉ、ディアーナ神さんの声が聞こえますから?」
なんとも自信の無さそうに答えるリリアーナ。
「でぃ、ディアーナ神さま!? ……って、誰だっけ?」
そんなリルナの言葉に、サクラとサッチュがベッドから転げ落ちた。
「のぅ、リルナっちは学校時代からこんなんやったんか?」
「割とアホだった」
床に突っ伏しながらサクラの言葉に、同じく床に倒れたままのサッチュが天井を見上げながら答えた。
「う、うるさ~い! だから召喚士の勉強って色々大変なんだってば!」
ちなみにリルナの言い訳は妥当であり、座樂のほとんどを神代文字の授業に持っていかれる為、冒険者の知識としては相当に低い。これもまた、召喚士が不人気になった要因でもある。
「ディアーナ神さんは、冬の神様です」
「冬?」
リリアーナは、はい~、と笑顔で頷いた。
「ディアーナ・フリデッシュさんは、夜と静寂を司る神様です~。すごく綺麗な方で優しいんですよ~。エルフの方に良く信仰されてますぅ」
エルフとは人間に含まれる種族の一種で、寿命が長く美形が多い事でも有名である。その代わり繁殖力が弱く、決まった時期にしか子作りが出来ないという特徴があった。群島列島タイワの北に位置するカーホイド島に多く住んでおり、そこは年中を通して冬になっていた。
「夜と静寂で、冬?」
「そうやで。冬って静かなイメージがあるやろ?」
サクラの言葉に、リルナは頷く。
「あとは夜の神様っていう事で娼婦に信仰される事がある」
サッチュはそう言ったので、リルナはリリアーナの顔を見る。
「いいえ~、ディアーナ神さんの声が聞こえるのは私だけです~」
「あら、そうなんだ」
残念、とばかりにリルナは肩を落とした。
「どうしました? 何かいけなかったでしょうかぁ?」
「あ、ん~ん。冒険者って、一番欲しいのが回復してくれる仲間なの。でも、サヤマの街じゃ見つからなくって」
今や冒険者で溢れかえったサヤマ城下街では、神様が祀られている神殿も多く存在する。しかし、神官を求める冒険者が多く存在し、強引な勧誘ばかりが横行した結果、神殿側は冒険者を拒むようになってしまった。
リルナ達の様な駆け出しの冒険者には到底仲間になんかなってくれる稀有な神官など、存在しようもなかった。
「よ、よかったらリリアーナさんも冒険者をやりませんか? え、えっと、凄い楽しいですよ! お金も儲かりますし、上手くいけば歴史に名前が残ります」
少しばかり見上げる様にリルナは言った。
その純粋な瞳に、リリアーナは少しばかり困ったという表情を浮かべる。
「ごめんなさい。私はやっぱり娼婦なので~」
「あう。そ、そんなにえっちが好きなんですか?」
「えっちは好きですけど~、お客さんと触れ合えるのが好きなんです。こんな私でも、皆さん、優しくしてくれますからぁ」
そういうと、リリアーナは背中の翼を一度だけ広げてみせた。
その姿はどこからどうみても、天使そのものだった。もしも彼女が冒険者となれば、容姿も相まって、すぐに名声が上がる事だろう。
「そっか~。残念……」
「リルナちゃんも一緒に働きませんか~? 楽しいですよ?」
「え? いえいえ、遠慮しておきます。ほら、私人間ですし?」
「人間用の赤ちゃんが出来ない魔法があるそうですよ~。リルナちゃん可愛らしいし、きっとすぐに人気になりますから~」
いやいやいやいや、とリルナが首を横に振っていると、サッチュがニヤニヤと横槍を入れた。
「え~、リルナっちはせいぜい下から三番目くらいでしょ。普通よ普通」
「いやいや、素朴な感じで人気でるかもしれへんで。初めての男の子から絶大な人気を呼びそうや」
「あぁ、確かに」
「どうや、リルナ。娼婦になるんやったら、ウチが初めての相手をしてやるで」
そんな風に好き放題言ってくれる外野に対して、
「うるさ~~~~い!」
最後には怒って追い掛け回すリルナだった。
ちなみにサムライとシーフに召喚士が追いつける訳もなく、最後は甲板の上で倒れメロディに助けてもらうリルナであった。
 




