~シューキュ遠征と炎の契約~ 6
サー・サヤマ城下街の北門から出発した一同は、商人達に混じって平原を歩く。サヤマ城は切り立った崖の上に建造されているので、城側を見ればすぐに海が見える。その先は断崖絶壁であり、よっぽどの実力者か、もしくは翼を持つモンスターでないと登る事は不可能だった。
平原を道に沿って北へと進むとすぐに岩山であるハオガ山へと差し掛かる。小さな山とは言え、油断は禁物。ゴブリンやハーピーが住み着いており、油断した冒険者や商人に襲い掛かっていた。
その辛酸を何度か舐めるはめになったリルナは警戒しながら岩山を登る。
「肩に力が入りすぎやで」
キョロキョロと周囲を見渡すリルナに対して、サクラが笑う。
「そうは言ったって……ねぇ、メロディ」
「うむ。この前は頼りになる者が真っ先に寝てしまいよったからのぅ」
お姫様の皮肉にサクラは舌を出す。
「広い道は無警戒でも構わない。ただ、あぁいう岩陰には注意」
サッチュの指差したのは、道に転がる岩だった。恐らく、岩山が崩れて出来た天然の物陰だろう。
「ゴブリンは物陰に潜んで不意を打ってくる。ハーピーは空を飛んでくるから分かりやすい」
サッチュの言葉に、なるほど、とリルナとメロディ。
「お姫様はともかくリルナっちは学校で習ったよね?」
「うっ。だって召喚士は覚える事がいっぱいあったのよ?」
言い訳~、とサッチュはリルナは睨む。三白眼の睨みはそこそこ痛いらしく、リルナはトボトボと後退していった。
「みなさん仲が良いですね~。うらやましい限りですぅ」
リリアーナは口元を隠して笑う。さっきまでは過激なキモノドレスだったが、今や立派な神官にも見える。
「友達がいないのか? 妾と同じだ」
「あらあら、お姫様なのに?」
「姫が故に、だな。リリアーナは何故友達がいないのじゃ?」
「背中の翼のせいかしらぁ? それとも瞳かもしれないです~」
「瞳?」
メロディが背伸びしてリリアーナの瞳を覗く。そこには、まるで模様の様に△の形をした虹彩だった。
「ほぅ、不思議な瞳じゃ。有翼種はみんなそんな目をしているのか?」
リリアーナはにっこりと微笑む。種族特有の瞳だが、全員が△ではなく、色々な形があるそうだ。
「ふむふむ、ここは友達がいない同盟でも組もうではないかリリアーナ。同盟の暁には、漏れなく友達になれる権利がもらえるぞ」
「それは素晴らしいですわぁ。ぜひぜひ」
お姫様と娼婦の友情が実ったところで、先頭を歩いていたサクラが突然に飛び掛ってきたゴブリンを一刀のもとに切り伏せた。
そのインパクトが絶大だったのか、遠くでゴブリンの「ギャギャギャ」と慌てる声が響く。どうやら退散した様だ。
「さすが倭刀。すごい。リルナっちもアレ、できる?」
「出来る訳なーい」
「じゃ、持っている意味なーい」
「あげるよ?」
「……いらない」
さすがのサッチュも、宝の持ち腐れはいらないらしい。
そんな風に雑談交じりのゆっくりした足取りでも、ハオガ山は簡単に越えられる。切り立った岩山に作られた道を登り、頂上部を越え、山から海へと流れ出る大きな川に架けられた橋を越えたところで小休止。
サッチュが川へと起用に降りて水を汲んでくれたので、美味しい山水で喉を潤すと、そのまま足取り早くハオガ山を降りた。
山を下ると、すぐに海岸線に出る。途中、難破した船を根城にしているゴブリンを見掛けるが襲い掛かってこなかったのでスルー。
そのまま、港街バイカラへと辿りついた。
「あけておくれ~」
サクラが門の横に建てられた見張り台の男に合図すると、門が開けられる。一同、男に手を振りながら、バイカラへと到着した。
「さて、港はどっちや?」
とサクラが周囲を見渡した時、リルナとサッチュが指をさす。
「「あっち」」
経験者は各語る、通り。サヤマ城に向かうには航路を使いバイカラに来るのが一番だった。
バイカラの街はそこまで大きくはない。港街というより、猟師町と表現する方がピッタリの様子で、のんびりとした空気が流れている。
街中を進み、港にまで出ると幾つかの大型船が停泊しているのが見えた。
「シューキュ島行きはすぐにあるかな?」
と、リルナが呟いた時――
「あるぜ」
と、返事があった。
「え?」
慌てて振り向くと、そこには筋骨隆々の男がニヒルな笑みを浮かべていた。頭は綺麗に禿げ上がり、こんがりと日焼けをしている。その口元にはたっぷりと口髭がたくわえられており、どこからどうみても『海賊』風の男だった。
「サヤマ女王の命で動いているお嬢ちゃん達を乗せ、シューキュ島まで往復せよ。それが俺の受けた命令だ。あれが俺の船だぜ」
男が指差したそれは、停泊している中でも一番の大きさを誇る船だ。
「代金はすでにもらっている。出発は午後からだ。それまでに準備を整えていてくれよ」
との言葉に、一同感嘆の声を漏らす。
ただ一人、サクラだけは苦笑していた。
「過保護やなぁ~」
元冒険者、現女王の放任主義的過保護に、サクラは肩を竦めるのだった。




