~シューキュ遠征と炎の契約~ 5
「私はリリアーナ・レモンフィールドです~。あなた様方はなんと申します?」
漆黒にも似た色の濃い髪をかきあげ、リリアーナは微笑む。その笑みは、ゾッとする程の美人であり、元男性であるサクラは背筋を撫で上げられたかの様に反らせた。
「ふふ。そちらのサムライ様は感度が良好ですなぁ」
甘い声でリリアーナが笑う。
「むぅ……。ウチはサクラや。その格好から考えるに、異国出身か?」
えぇ、とリリアーナは頷いた。
ドレス、といっても幾つか種類がある。彼女が着ているものは、その中でも当てはまる物が無く、覚えがあるとすれば群島列島タイワの西部に広がる大陸の物に似通っていた。いわゆる『キモノ』と呼ばれるドレスを着崩したかの様な姿だ。背中の襟は大きく広がっており、覗き込めばお尻まで見えてしまうかもしれない。
「サクラさんがリーダーですかぁ?」
「いや、ウチらのリーダーはこっちや」
サクラは後ろで興味津々とばかりにキョロキョロと部屋の内部を見ていたリルナの肩をむんずと掴むと、一番前に押し出した。
「ひひゃ」
いきなり矢面に立ったという事もあり、リルナの肺から妙な息が漏れてしまった。
「あらあら、初々しい娘やなぁ。名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「り、リルナ・ファーレンスです。えっと、召喚士です。じゅ、十二歳です、よ……?」
妖艶の美女を前にして、ドンドンと自信を無くしていくリルナに、リリアーナはクスクスと無邪気に笑った。それはさっきまでの美人ではなく可愛い笑顔。大人でもなく子供でもない、そのどちらでもある、ある意味では全ての男性の好みに当てはまる完璧なものだった。
「すごいのぅ、お主。あ、妾はメローディア。近しい者からはメロディと呼ばれておる」
「これはこれはお姫様。ご丁寧な挨拶、ありがとうございますぅ」
「うむ。早速じゃが妾にも一つ夜の技などを教えてもらえぬ――もがもがっ!?」
とんでもない事を言い出したお姫様の口をサクラが押さえ込んだ。
「何を言い出すんや、このおてんばお姫様は!」
「な、なにをするサクラ! 外交の役に立つかもしれんぞ!?」
「そんな外交やめてしまえ!」
なんていう不毛な言い争いに発展したので、その間にサッチュが淡々と自己紹介し、その後リルナが仕方なく状況を進める事にした。
「えっと。私達がリリアーナさんを護衛します。目的地は聞いていると思いますが……」
「シューキュ島の群島国カーゴですね。お相手はそこの王様。いわゆる出張ですね~」
うふふ、と笑う彼女を見て、リルナは少しだけ赤くなる。
「えっと。えと……はい。まずここから北の港町バイカラまで行って、船に乗ります。そこからカーゴまではだいたい1週間ほど。道中の安全は、ま、任せてください」
「ふふ。任せるでリルナちゃん」
リリアーナは立ち上がると、リルナと目線を合わせる様に屈み込んだ。そして、頭を撫でる。完全な子供扱いだが、リルナ自身も自分を大人だとは思っていなかったので負の感情は浮かばなかった。
むしろ、胸の谷間から察する胸囲の差に、少しだけ落ち込む。
「そもそも性交とは子供を作る立派な行為じゃ! 姫たる妾が知らないで、どうしてこの領地を治められようか!」
「十年しか生きてへん姫さんが知ったところで付け焼刃にもならんわ! ミノタウルスにでも孕ませてもらえ!」
「なんじゃそれは!」
「ミノタウルスっちゅう牛頭人間の蛮族や。オスしかおらん固体での、人間の女性をさらっては種付けして子供を生ませる全女性の敵とも言える蛮族やな」
「なんじゃそのおぞましい生き物は。許せんのぅ。そやつは妾でも勝てるか?」
「レベル30はいるやろ。2になったばかりの姫さんやとミノタウルスの母親決定やな」
「むぅ」
修行あるのみじゃ! とお姫様が決心し、話が妙なところで決着したのを見計らって、一同は早速出発する事にした。
――とは言うものの。
「リリアーナはちょっと目立つのぅ」
メロディの言う通り、娼館から出たところでその白い翼は否応でも目立った。近くで見れば妖艶の美女、遠くから見れば天より舞い降りた神の使い。それに伴って胸元の大きくあいたキモノドレス。旅をするにはかなり不自由だ。
「着替えは無いんですか?」
「ん~、これしか持っていないわ~。お金はあるから、買いましょうかぁ?」
リルナの質問に、リリアーナは答える。
「ちなみにどれくらい?」
「今回の出張の前払いで1000ギルもらっています~」
「センギル!?」
さすが国王からの依頼。領地一番の娼婦であるリリアーナを呼びつける為だけに前払いで1000ギルも払った様だ。
「せっかくだから、着心地の良い物がいいです~」
「なんでも買えちゃいそう……あ、そうだ。変な店主だけど、良い店がありますよ」
リルナは、こっちです、と案内する様に先頭に立ち歩き始める。その後をリリアーナ、サクラ、メロディ、サッチュの順に歩いていき、商業区の一番端へとやってきた。
その店は少しばかりボロボロで、看板の文字はかろうじて読めるレベル。店構えとしては、ある意味で一見さんお断りになっていた。
「リトルヴレイブ?」
初めて訪れた面々は、なんとか読める看板のかすれた文字を読み上げる。名前だけの情報ではここが何屋さんなのかは判別できず、言葉の響きから何となく武器屋っぽいかな、と読み取れるぐらいだった。
「ドワーフのマインさんがやっているお店。外見は悪いけど、中は凄いんですよ~」
なんてリルナは言いながらカランコロンとドアベルを鳴らした。リルナを先頭にゾロゾロと入ると、その度に感嘆の声が響く。
「いらっしゃい。あらリルナちゃん、また儲けてきちゃった? 今度はどうする? 伝説の鍋でも買っちゃう?」
ドアベルに反応してか、はたまた感嘆の声に応えてか、店の奥からやってきた浅黒い肌をした、一見少女に見える38歳の女性ドワーフ、マインがご機嫌な様子で声をかけてきた。
「伝説の鍋なんかいらない。今日はリリアーナさんの着る服が無いかな~って。ちょっと長旅になるから動きやすい服がいいかな?」
「よろしくおねがいしますわ~」
リリアーナの恐ろしいまでの美人笑顔に、一瞬にしてマインは凍った。しかし、それも束の間、すぐに氷解すると大きく深呼吸をする。
「危なかった。もう少しで死ぬところ」
なんで!? というリルナのツッコミは無視してリリアーナは自己紹介をする。そんなリリアーナをマインはシゲシゲと観察した。
「ふ~む、さすが我が街ナンバー1の娼婦。出てるところは出てて、引っ込むところは引っ込んでる。更にオマケで有翼種ときたもんだ。これはリルナちゃん、難しい案件よ」
「そ、そうなの?」
「だが安心めされぃ! 我がリトルヴレイブに無い物は徹底的に無いというところをお見せしようではないか」
言うが早いか、マインは店の陳列スペースから一着のローブを持ってきた。大きくゆったりとしたローブは神殿に勤めている神官が着ている者と良く似ており、その真っ白で軽そうな布は、リリアーナの背中の翼に相まっていた。
「これは『祝福の風ローブ』といって、風の神アウラ・ノートス神の加護を受けた布で作られているの。暑さ寒さをある程度は防いでくれるし、モンスターからの攻撃も和らげてくれる効果があるわ。お値段たったの500ギルよ」
「ごひゃっ!?」
「軽くていいわねぇ。神官みたいだし、これでいいかしらぁ?」
値段の高さに驚いているリルナだったが、リリアーナはなんでもない様だ。むしろ自分の金銭感覚がケチ過ぎるのではないか、と思えてくるのだが、まだまだ駆け出しのレベル2だという事をリルナは肝に銘じた。
「そ、そそ、そうですね。い、いい、と思います」
「じゃぁ、背中に穴をあけてもらえるかしら~」
「はいはい、任せて。ちょっとサイズとか測ってもいいかな?」
「どうぞ~」
リリアーナは躊躇なく腰の帯を解く。それだけでキモノドレスの前がはだけ、大きな胸が露になった。
「ひぃ!?」
その大きさに悲鳴をあげたのはリルナとメロディとマイン。
「ほほぅ」
目を輝かせたのがサクラ。
「盗賊ギルドに欲しい逸材」
そして斜め上の感想をサッチュが述べたのだった。
リリアーナの買い物のついでにメロディがガラクタ置き場からくたびれたバックラーを発見し、50ガメルで購入。
ヴァルキュリア・シリーズには不必要だが、
「安心感が違うのじゃ」
という言葉に、何となく理解をするリルナだった。




