~シューキュ遠征と炎の契約~ 4
サヤマ城下街で生まれた少年少女には、必ず言われる言葉がある。
「あの辺に近づいてはダメ」
もちろん、それを聞いた子供はこう言うだろう。
「どうして?」
そして、どの親も少しばかり困った様な、少し言い難い様な言葉を濁してから、こう言うのだ。
「危ないから」
と。
それで納得すればいいのだが、こっそり訪れた少女は後悔したかもしれない。こっそり訪れた少年は何かに覚醒したかもしれない。
その場所とは、いわゆる『色街』だ。
サヤマ城下街は冒険者達が経済をまわしている。冒険者の宿に住み、アイテムや武器を買い、依頼をこなし、物を売る。
冒険者といえば、屈強な男が多い。
男が多いとなれば、必然として生まれるのが色事だ。酒を飲み、ご機嫌になって武勇伝を語れば、欲しくなるのは肉欲である。
そうして生まれた、いわゆる娼婦が所属する娼館が立ち並ぶ通りがある。
通称『色通り』と呼ばれ、お子様厳禁の商業区の一角だ。
「あわわわわわ」
そんな色通りの入り口とも呼べる場所で、リルナは口をパクパクとさせてキョロキョロとしていた。
おのぼりさんどころではなく、すでに混乱している有様だ。
「まだ朝やから、そんなビビる事はないで」
サクラはちょっと嬉しそうに娼館を眺めている。
「本番は日が落ちてからやろ。普通の店と逆転しとる感じやな。今は休業状態、気にせんでええやろ」
「そ、そう言われても……」
なんだか危険地帯に入った様で、リルナはサッチュの影に隠れるのだった。
「リルナっちは、冒険者らしくない」
「う、うるさいな~」
「姫っちは平気そうだけど」
サッチュが指差す。メロディはサクラの横に並び、物珍しそうに娼館を眺めていた。
「これでも姫なのでな。色々と知っておるぞ。まぁまだ経験は無いが」
クスクスと笑うメロディ。
一応は大物らしいところでもあるが、10歳にしてその知識はどうなのか、とサヤマ女王のにやけ顔を思い出すリルナだった。
そんな風におっかなびっくりと進む一同だが、実際は何も無い。
朝という時間帯もあって、客は一人も居ないし、呼び込みの人間もいない。たまに野良猫が路地から顔を出している程度だ。
もしかしたら、サヤマ城下街で一番静かな朝を迎えているのが此処、色通りなのかもしれない。
「なんちゅう店やっけ?」
「え? え~っと……『女神の微笑亭』だって。一番大きな店って女王のメモが書いてある」
サクラが受け取った封筒の中には、今回の依頼の内容が書いてあった。
目的と手段。
そして、その達成までの細かい指示。
中には女王自らの手書きでメモが書かれており、重大な依頼というのをヒシヒシと感じる……のだが、リルナにはイマイチ納得がいかない様だった。
「はぁ……やっぱりなんで私達が……逆に女じゃなくて男の方が良かったんじゃない?」
「それはたぶんダメ」
サッチュが眠たそうな目でリルナを見た。
「どうして?」
「男だと我慢できないから」
「うっ……確かに」
妙に生々しい理由に納得してしまった自分に盛大にため息を吐きながら、サクラとメロディの後をトボトボと付いて行く。
「あったあった、ここやな」
「ほぅ。立派な建物じゃ」
目的の女神の微笑亭は、木造の異国感あふれる建物だった。大きな三階建てで、屋根は斜めに合わさった形をしており、西国の大陸で見かける作りだ。
ケバケバしいイメージは無く、むしろ落ち着いた感じではある。看板も派手ではなく、木で作られており、娼館というよりどこか異国の貴族邸を思わせる佇まいだった。
「リルナ、心の準備はええか?」
「い、いつでもどうぞ」
とは言ったものの、サッチュの影に隠れたまま。サッチュは肩をすくめるしかなかった。
そんなリルナに苦笑しつつ、サクラは入り口を潜る。
中は、外見と同じく異国情緒が溢れていた。少し薄暗い店内には、どこか不思議な絵画が飾られており、すぐ前にカウンターがあった。
そこは個室になっている様で、ここで受付を済ませて奥に向かう様だ。
「おっと、来なすったか。女王から話は聞いているぜ」
カウンターの奥に居る男が声をかけてきた。少しばかり掠れているその声は、どこか愛着が持てる感じで嫌味などとは無縁な気がした。
しかし、その姿は良く見えない。カウンターの向こうには薄いカーテンが張られており、男の顔までは確認する事が出来なかった。どういう仕組みか、向こうからはこちらが丸見えになっている様で、リルナは少しばかり不公平を感じた。
「そこの扉から奥に入ってくれ。案内がくるまで座って待っててくれ」
言われたとおり、一同はカウンターの横にある小さな扉を潜る。
「おぉ」
その先に入ったところで、思わずメロディは声をあげた。
中は室内ながら庭園の様になっており、水が流れ小川の様な演出がされている。柱はあるものの、壁などは無く、向こうまで見渡される。小さなサイズの水車まであり、なんとも優雅な世界が広がっていた。
「す、すごい……もっとなんか、アレな感じと思ってたけど」
リルナの言う言葉にサッチュも頷いた。
「思ったよりエロくない」
そして、核心を突く言葉を吐く。
「もうちょっと言葉を選んでよサッチュ」
「私は言いたい事を言っていくスタイルで売っている」
「盗賊なのに?」
「うん」
拷問に弱そうな盗賊だ、とリルナは肩をすくめた。
そんな風にサッチュと話している内に、すっかりと場の雰囲気に慣れた様で、リルナは大人しく座って待っている事にした。
メロディはあっちこっち見学をしている様で、ときどき掃除する店員にシッシッと追い払われている。
そんなメロディを眺めながら待っていると、一人の青年がやってきた。スラっとした顔立ちで背は高く、どこかの貴族を思わせる姿だった。
彼は肩膝を付くと、深く頭を下げる。
「お待たせしましたお嬢様方。案内致します」
思わぬイケメンの登場に、ほぅ、と息を漏らすリルナとサッチュ。サクラはただ頷いただけで、たじろぐ様子は無い。
「お姫様ぁ、いくで~」
「うむ」
ウロウロしていたメロディを呼び寄せて、一同は階段を登る。二階からは個室に別れている様で、いわゆるお仕事はそこで行われている様だ。
二階もまた綺麗な造りになっており、所々の装飾は見事なものだった。
「妾の実家より立派かもしれん」
相変わらず城を実家とのたまう姫はさておき、一同は三階へと登る。そこは、二階よりも大きな部屋ばかりで、その中でも一番大きな部屋へ案内された。
「どうぞ、お入り下さいませ」
青年はそう言うと、扉を開き再び膝を付く。
なにやら貴族になった気分でリルナは扉を潜った。その先は、少しばかり薄暗く明かりはあるものの、薄桃色に彩られた部屋が怪しくも栄えていた。
「いらっしゃい、よう来たの」
そこにはベッドに座る一人の女性がいた。
多きく胸元が開いたドレスからはみ出さんばかりの大きな胸。
黒く艶やかな髪に、整った顔立ち。リルナには到達できない領域の色気を演出しているのは、キセルだろうか。ぷかり、と煙が浮かび、紫煙をふぅと吐き出す。
そして何より目立つのが、その背中にある大きな白い翼だった。
サッチュの様な獣耳種と同じく、元蛮族から人間と共に背勝つする様になった種族――、有翼種だ。彼らの特徴は背中の翼、ただそれだけ。空を飛べる訳でもなく、ただ鳥の翼が背中に生えているという種族だった。
ただし、目の前の女性の様な白い翼はレア中のレア。
まるで神様の使いで天から落ちてきたかの様な姿。
この妖艶な娼婦こそ、今回の重要な依頼に関係する一人だった
 




