幕間劇 ~ドワーフの好色王~
サヤマ城。
そのとある一室は、こじんまりとした女王の部屋になっていた。プライベートルームではなく仕事部屋であり、部屋の中心にある机の上には数枚の書類が確認待ちの状態だった。
そんな机の前でドッカリと座った女王は書類に目を通してハンコを押していく。政治には直接関わらない形だけの女王だが、それでも最終決定には彼女の判断が必要な訳で、こうして部屋にこもる必要も多かった。
政治担当の大臣の○印には承認のハンコを押していき、×印には不可のハンコを押していく。かつては英雄と呼ばれた人間の成れの果ての姿だった。
そんな女王の陰気な空気が詰まった部屋にノックの音が響く。
「どうぞ~」
気だるく返事をすると、失礼します、と一人のメイドが部屋へと入ってきた。
「ただいま帰りました、女王」
「おかえり。っていうか、どこ行ってたの?」
「メローディア様の護衛です」
「そんな命令した覚えはないけど」
はぁ~、とため息を零して、サヤマ女王は書類から顔をあげた。
「メイド長は甘やかし過ぎ。メロディは私が鍛えたんだ。大丈夫だって」
「そうはいきません。女王は厳しすぎるのです。メローディア様に何かあったらと思うと、夜も眠れませんわ」
メイド長なる人物は瞳を輝かせて言った。
「まったく。あんたのメロディ好きにも困ったもんだ。それで、あの子は無事にやり遂げたのかい?」
「えぇ、立派な冒険者ぶりでしたわ」
「それは何より。手は出してないんだろ?」
「ずっと、ひたすら隠密状態でこっそりと見守っていました」
「……メイドやってるより、盗賊ギルドを立ち上げたらどうだ? メイド長のスキルは世に役立つと思うが?」
「世の中の平和なんて知った事ではございません。メローディア様だけが無事ならばそれで良いのです。例え竜王を敵に回したとしてもメローディア様は守ってみせます。命懸けで!」
「あぁ、そうかい」
ちょっぴり変質的なメイド長の話に、母親であるサヤマ女王は肩を竦めるしかなかった。
「そうそう、盗賊ギルドで思い出しましたわ」
「ん?」
メイド長は扉を開けると、その近くに置いていたらしい物を部屋へと投げ込んだ。
「あう」
地面へと落ちた『物』は衝撃に声をあげる。どうやらそれは荷物などではなく、ロープでぐるぐる巻きにされた人間の様だ。
「盗賊ギルドの者でしょう。城に侵入していたので捕まえました」
「ほう。そいつは珍しい。ウチの城に忍び込むなんて、どういう事だ?」
開ききった王室、とまで言われているのがサヤマ城だ。隠すべき情報など皆無に等しいこの城に盗賊ギルドの用事があるとは思えない。
サヤマ女王はニヤニヤと笑いながらロープの人物を見た。
「ほう……獣耳種か」
「――……」
サヤマ女王の言葉に答えず、その人間は真っ直ぐに瞳を見た。
「安心しろ。私は元冒険者であり、耳の形と尻尾で人間を区別するつもりは無い。そうだな、博愛と友好の印に自己紹介をしよう。私がこの城の城主、サヤマだ。お前の名は?」
「サッチュです、サヤマ女王さまさま」
「さまさま? まぁいいや。なんの目的で城に忍び込んだ? ちなみに黙っていると、楽しい楽しい拷問タイムだ」
「お手紙を届けにきました」
「……なんだよぅ、しゃべるなよぅ」
「拷問されて喜ぶのはマゾだけ」
ふ~ん、とサヤマ女王は立ち上がりサッチュの頭を踏んでみた。
「私はマゾじゃない。い、痛いです」
「つまんない奴だなぁ。そこは、あぁん、もっとぉ、じゃないのか?」
「あぁん、もっとぉ」
「まぁいいわ。それで、お手紙は?」
「ロープを解いてくれれば渡せます」
ふむ、と女王は頷き、腰の細剣を抜刀した。そして、なんでもないかの様に一振りすると、ロープがすべて切断される。
「お、おぉ……」
もちろんサッチュの体には傷一つ付いていない。
「それで、誰から手紙だ?」
「〝ドワーフの好色王〟からです」
「なに?」
サッチュの言葉に、思わずサヤマ女王は聞き返した。
「ドワーフの好色王……ガーラント・ボルドーグからのお手紙ですです」
王族からの手紙。
ましてやそれがドワーフの好色王の異名を持つ王からの手紙とあって、サヤマ女王は思わずメイド長と顔を見合わせるのだった。
 




