~ダブルクエストみっしょん~ 10
狼たちに保存食である干し肉をあげてから、リルナ、サクラ、メロディの三人は森の奥深くへとやってきた。
リーンは宣言した通り、森の浅い所で狼たちと一緒に待っている。幼い狼の子供が彼に懐いているのは、偉大なる王者なのか、それとも無知のなせる技なのか。リルナ達は知る由もない。
「朝を待ってからの方が良いのでは?」
メロディの言葉は、サクラによって否定される。
「相手が活動しとる時に、わざわざ襲う必要はあらへん。ここは強襲として、夜襲にしとこう思う。巧いこといけば、戦闘ゼロで済むかもしれへんしな」
「なるほど~」
サクラの言葉にリルナとメロディは頷く。
狼のリーダーからおよその場所を聞き出した三人は、そこへ向かう事となった。
「あれか」
サクラが立ち止まるのに合わせてメロディ、次いでリルナは立ち止まり、姿勢を低くして屈んだ。
同時に先頭を行くサクラはランタンの火を消した。
途端に辺りは闇に包まれる。さっきまで見えていた足元が見えない程の暗さに、リルナは思わず声をあげそうになるが、寸前で我慢した。
空を見上げれば木々の隙間からかろうじて星が見える。それでも、周囲を照らすには不十分であり、森の中は闇と変わらない。
それでも、少し待てば目が闇へと慣れてくる。さっきまで全く見えなかったが、自分の手や足元ぐらいは確認できるようになった。
「見えるか?」
サクラの声に、進行方向であった茂みの奥を見る。
そちらからは、チロチロと燃える松明の明かりが見えた。つまり、動物ではない何かが火を扱っているという事だ。
「うむ、見えた」
「こっちも」
メロディとリルナが頷く。
それを確認して、サクラはゆっくりと歩き始めた。
「ここからは慎重にいくで」
幸いにして、リルナ達の装備は音が鳴らない。金属鎧は重量も重く、動く度にカシャカシャと音がなるので、こんな時にはお留守番のパターンも多い。メロディの装備しているヴァルキリーの鎧は、性能が良すぎるらしく、歩行や動きに関して一切として音を残さない造りになっていた。
隠れながら松明の明かりへと近づく。そこはどうやら断層があるらしく、隆起した地面が三メートル程の壁になっていた。その一部分が洞窟になっており、その前に松明が設置され、周囲を照らしていた。
わざわざ位置を示す為に松明を設置する必要はない。
つまり、見張りがいる、という事だ。
洞窟の入り口前には、一匹の蛮族が退屈そうに立っていた。
「バグベアーや」
蛮族、亜人と呼ばれる魔物。その特徴としては、人間の様に二足歩行する存在があげられる。バグベアーはその中の一種であり、人間と熊の中間辺りの姿をしていた。毛むくじゃらの体に横に広がる様な特徴的な耳をしている。ディフォルメをしてぬいぐるみにすれば、もしかしたら可愛いのではないか、と思われるが、需要は怪しいところ。
大きさは人間よりも少し小さい位だろうか。個体差はあるものの、人間より同等以上は存在しない。だが、その力は人間を遥かに超えており、鉤爪の攻撃には注意しなければならない。
冒険者によるモンスターの分別では、レベル3に該当する。
「いけるか、メロディ?」
「わ、わからん。母上より強くないのは、確かじゃろ?」
「世の中に絶対はあらへんっていうが、それは確実に『絶対』やな」
メロディは肩を竦めた。リルナとしては、苦笑するしかない。
「リルナ。後方は任せたで」
「うん」
頷いたものの、リルナにできる事はない。後方を監視するくらいなものだ。
「見張りはウチがやる。メロディは後ろに付いてな」
「うむ」
二人は茂みから木へ、木から茂みへと音なく移動していく。リルナはそれを後方から見ており、見張りが気づかないかドキドキしながら見守った。
最前線まで近づいたサクラとメロディ。
そこから飛び出す様に肉薄したサクラはバグベアーを一刀で斬り伏せた。バグベアーにしてみれば悲鳴をあげる暇もなかったのだろう。驚く表情のまま息絶えていた。
「……すごいのぅ、サクラ」
「見直したか、お姫様」
「うむ。母上とはまた違った強さじゃ」
追いついてきたリルナと合流すると、入り口の松明を取り、洞窟の中へと進んでいく。天然の洞窟らしく、岩肌は剥き出しで、少々狭い。サクラ、メロディ、リルナの順番で洞窟を進んでいくと、徐々に通路が広くなってきた。
それと共に別の明かりが見えてくる。どうやら、この先がバグベアーたちの寝床になっているらしい。
慎重に、足音が立てずゆっくりと。そんな風に近づいていったところで、大きく広がる空間に出た。
「あっ」
短い言葉。先頭を行くサクラだった。
「むっ」
なんだ、とばかりにサクラの脇から顔を覗かせたメロディの言葉。
「え、なに?」
状況が掴めないで疑問の声をあげたリルナの言葉を合図に、別の声があがった。
「×××××ー!」
聞き取れない言葉。その大声は、蛮族の言葉だった。
どうやら鉢合わせしてしまったらしい。
真っ先に動いたのはサクラだ。声をあげたバグベアーの腹に思い切り蹴りを叩き込む。サクラの体はまだ通路側にあり、抜刀するスペースはギリギリあるかないか、ぐらいだった。それを証明するかの様に、メロディは背中のロングソードを引き抜こうとするが、スペースが取れていない。
雪崩れ込む様にして広い空間に出たサクラは倭刀に手を添えた。
「我流抜刀四十八手、二十二乃太刀『立ち鼎』!」
刃が煌き、倒れ伏せているバグベアーの脳天から股下までが真っ二つとなった。その時にはすでに刃は鞘へと収められている。彼女の刀には、血の一滴も付いていない。それほどの早業だった。
眠っていたバグベアーが次々に起きだす。その数は十匹を優に超える勢いだった。
「大家族やな。これはちと骨が折れるな」
その大多数はサクラを見ていた。一撃の元で仲間を葬り去ったのだ。サクラを最大の敵と認識したのだろう。
「うわぁ、こっちに来たぞ!」
「えぇ~!」
そんな中、通路近くのリルナとメロディにも一匹のバグベアーが襲い掛かってきた。蛮族からすればリルナ達が襲い掛かってきた訳で、迎撃にきたのだろうが、少女たちには襲い掛かってきたという感覚の方が強い。
「え、援護を頼むぞ」
「わかった」
果敢にもメロディはロングソードを構えて前へと出る。振り下ろした刀身は、バグベアーの爪によって弾かれた。十歳の体では、それだけでも強い衝撃となり、体がブレる。その隙を狙って、バグベアーの襲爪がメロディへと迫る。
しかし、オートガードが発動し、爪はメロディに届く事はなかった。
「し、死亡回数1じゃな」
冷静にそれを見届けながら、バックステップ。リルナの元まで下がった。
リルナは魔法陣を完成させ、魔女レナンシュを召喚する。
「呼んだ?」
「うん、お願いレナちゃん。また力を貸して」
「――わかった」
周囲を確認したレナンシュは状況は把握したのだろう。メロディへと迫るバグベアーの足元に、蔦を発生させた。絡まる様に伸びる蔦。バグベアーの体を地面へと縫いつけた。
「グルァアアアア!」
バグベアーが吼えた。
その声にメロディの足が止まってしまった。その間にバグベアーは蔦を引きちぎる。レベル1の魔女の力では、バグベアーの体を押さえつけるのは無理の様だ。
「れ、レナちゃん、他に何かない?」
「え、え~っと……攻撃に使える魔法はまだ覚えてない……」
「い、いますぐレベルアップの御予定は!?」
「……無理。帰っていい?」
「帰らないで!? えっと、とにかくメロディの援護して。止められなくてもいいから」
その間にリルナはもう一つ魔法陣を描く。
「召喚『ハーくん』!」
喚び出されたのはコボルトのコック、ハーベルク・リキッドリア13世だ。
「どうした、リルナ」
「ハーくん、前衛お願い!」
「は?」
背中を押されたハーベルクはメロディの横へと並ぶ。そして、目の前の敵に気づいた瞬間、メロディの背中にぴったりとくっ付いた。
「なにやってるの、ハーくん!?」
「むりむりむり! コボルトが勝てる相手じゃない!」
「意気地なし!」
「勇気の問題じゃない! 自然摂理の問題だ!」
「お主、妾の背に付いておれ」
攻撃は出来ないながらも、メロディへは攻撃が届かない。レナンシュの蔦でほんの少しの時間だけできる隙を突いて、バグベアーになんとかダメージを与えていく。
「あとは、ウンディーネしか……」
水の大精霊を喚んだところで、出来るのは水を出すだけ。それでも、とリルナは魔法陣を完成させ、手早くウンディーネを召喚した。
「あらあら、これは大変」
「ウンディーネ、なんとか出来ない?」
「出来るわ」
「出来るの!?」
「えぇ。その為の大精霊です」
にっこりと笑ったウンディーネはレナンシュの帽子の上に降り立った。
「あなた、木の魔女ね?」
「うん。水の大精霊?」
「ウンディーネです。初めまして。あなたは五行相生はご存知?」
「自然の摂理。知っている。あなたの水の力があれば、いけるかも?」
「水生木。水は木を育てるわ」
ウンディーネが力をレナンシュへと向ける。青く光る力はそのまま彼女の体を青く光らせた。
「蔦よ」
レナンシュは再びバグベアーの足元に蔦を発生させた。そのれは今までよりも本数が多く、太い。再びバグベアーが蔦を引き千切ろうとしたが、びくともせず、地面へと縫いとめられた。
「チャンスじゃ!」
「わ、わん!」
メロディのロングソードはバグベアーの胸を貫き、ハーベルクのナイフは喉を掻っ切った。しばらく悶え苦しむバグベアーだったが、すぐに動かなくなる。
「や、やったのじゃ」
「良かった~」
勝利の余韻に浸るより、疲れが勝ったのだろう。メロディとハーベルクはその場に座り込む。その頃には、すっかりとサクラがバグベアーを全滅させていた。
「すごい。何とかなっちゃった……」
「これが精霊の力よ、リルナちゃん」
「水生木?」
「自然の捉え方のひとつ。属性魔法の基礎でもあるわ。学校では習わなかった?」
「う、うん」
「勉強しておいた方がいいわよ。召喚士が最強たる理由でもあるんだから」
「さ、さいきょう?」
初めて聞いた話にキョトンとするリルナ。
そんなリルナに笑顔を向けて、大精霊ウンディーネはウィンクするのだった。




