~ダブルクエストみっしょん~ 7
目的地であるヒカミ村は現在地であるバイカラより少し戻った分かれ道の先にある。
再びお兄さんに門を開けてもらった一同は、先ほど歩いてきた道を少しだけ戻り、西へと分岐している道へ進んだ。
「美味しいお昼ご飯じゃった」
お腹一杯になったのか、メロディはお腹のあたりをサスサスと撫でる。
「メロディはいっつもどんなご飯食べてるの?」
「かしこまった料理ばかりでのぅ。なんか小皿でいっぱい出てくるんじゃ。で、ナイフとフォークで丁寧に食べる。後ろではメイドがギラギラと睨みを利かせておって、美味しい料理も美味しく味わえないという状況なのじゃ」
「あぁ~、大変だね。お姫様って」
「お陰で妙な言葉遣いになってしまってのぅ。すっかり姫になってしもうた」
どうやらその喋り方も教育されたらしい。
豪華な貴族的生活も楽ではなさそうだ。
「妾の言葉もそうだが、サクラの言葉も独特よのぅ?」
「ん? ウチか?」
うんうん、とメロディ。ついでにリルナも頷いた。
「ウチはちょっとした田舎出身でな。森の奥深くの村やったから、独特の方言っちゅうんか、イントネーション? のままやねん。旅を続けても、こればっかりは直らへん。ま、言ってしまえば、これも教育の成果、かもしれへんね」
「そんなものか」
「そんなもんや」
貴族的言語と独自方言の二人が納得したので、共通言語を喋るリルナとしては苦笑するしかない。どちらにしろ、言葉は通じるので問題は無いのだろう
西へと続く道をドンドンと進んでいくと、段々と草木が濃くなっていった。
海から遠ざかるにつれ、植物が豊富になっていく。
「ふむ……」
先頭を歩くサクラが歩みを止めた。
「どうしたの?」
「見られとる」
「え?」
「なんと?」
リルナとメロディは思わず周囲を伺う。
しかし、見えるのは木々と風で揺らめく草ばかり。どこにも視線の主を確認する事は出来なかった。
「件の狼かもしれへんな」
「嘘?」
サクラに感じられる物が分からない二人はキョロキョロとするばかり。いつどこから狼が飛び出してくるか、と体を緊張させる。
「とりあえず殺気はあらへん。このまま進もか」
「だ、だいじょうぶ?」
「監視役かもしれへんな。狼は知能が高いし」
狼は魔物ではない。普通の動物だ。だが、彼らは雑食故に時に人間を襲う。狼にしてみれば、森の中の鹿と人間の区別は、逃げるか抵抗するかの違いでしかない。
もちろん、その知能があるからこそ深追いはしないだろう。だが、時に人間ほど簡単に狩れる動物は他にはいない。手痛い反撃を食らう事もあれば、たった一匹で小さな人間を狩る事も出来る。
個体差の激しい人間は、狼にとって博打の様な得物な訳だ。
「襲い掛かってくる様子もないけど、警戒しながら行くで」
サクラの言葉にリルナとメロディは頷く。
少しばかり歩む速度を落として三人は深くなっていく木々の間を進んでいった。段々と木々の感覚は狭くなり、林となり、森になっていく。それでも、道はしっかりと刻まれており、ヒカミ村へと真っ直ぐ続いていた。
幾度か小休止を挟んだものの、結局は狼の襲撃はなく、そのまま森の木々が少なくなり、建物が見えてきた。
「村だ!」
「は~、無事についたのぅ」
「ほれほれ、まだ村の中やないで。油断せんと」
サクラに言葉に、はい、と答えて村の入口へと急いだ。入口、といっても壁がある訳でもなく、ただ柵の様なものが並んでいるだけ。簡易的なものだが、無いよりマシ、という程度だ。
入口には青年が一人立っており、その手には槍が握られていた。
彼はリルナ達に気付くと、にこやかに手をあげた。
「ようこそヒカミ村へ。冒険者……かな?」
少女三人組をパッと見て冒険者と判断するのはそれなりに難しい。それでも、武器を携帯しているところから冒険者と判断した様だ。
「えっと、サー・サヤマから着ました。狼退治の依頼を受けて……」
リルナはバックパックからカーラからの手紙を取り出し、青年へと見せる。
「お嬢ちゃん達が? えっと……あ、ほんとだ。どうぞ、中へ。村長の家は、あの小高い場所に建っているあの建物です」
ありがとうございます、とリルナとメロディは腰を折って村へと入る。サクラは青年の肩をポンポンと叩いて、お疲れ様やな~、と声をかけて村へと入った。
ヒカミ村は、どうやら農村らしい。木材で作られた家と同じ数の畑があちこちに見受けられる。周囲を少しだけの木々で囲われているのもあってか、林業もそこそこは盛んな様子。あちこちにストックされている丸太がそれを証明していた。
村はどのかな雰囲気で、畑仕事をしている人々がリルナ達に気付き、手を振ってくれる。それらに応えながら村長の家へと辿り付いた。
他の家より少しだけ大きい家で、二階建ての様だ。扉をコンコンと叩くと、中から男の声が聞こえた。
「はいはい、どうぞ入って下さい」
リルナはサクラとメロディの顔を見てから、扉を開く。中は充分に広く、木材で作られた家具が並んでおり、石造りであるキッチンと暖炉が見て取れた。
「おや? どちら様ですか?」
その声にリルナは右手奥を見た。どうやら村人と勘違いしたらしく、村長はロッキングチェアから立ち上がる。
「狼退治の依頼を受けてきました、冒険者です」
「ほうほう、早速きて頂けるとはありがたい事です。どうぞ、こちらへ」
村長は、好好爺とした笑顔を浮かべる。
「これを」
ソファに座る様に勧められたリルナは座る前に村長へと手紙を渡した。
「ふむふむ。確かに。それではお嬢さん方が依頼を受けてくれる訳ですな。これはこれは可愛らしい冒険者達だ」
村長はにこやかに笑う。
冒険者、と名乗る為には最低限の実力が必要だ。しかも、冒険者の宿から派遣されたとなれば店の信用もある。年齢や性別で偏見は持たれない。仮に不満があるとすれば、それは依頼の内容に不必要な人数が来る、程度だろうか。
冒険者、という職業を改めてリルナはビシビシと感じたのだった。
「狼は相当な数がおるなぁ、村長さん」
ソファに座ったサクラが少しだけ体を前傾させ、村長に言った。
「えぇ。前まではこれ程の数が村へ来る事もなかったのですが。最近になって被害が増えて来ましてね」
「最近?」
リルナの質問に村長は頷く。
「以前から狼はいました。数は把握していませんが、幾つかの群れがありました。ですが、狼は狼で森の中で得物を取っていたはずなのです。ところがここ最近は、村の作物が荒らされるのです。まだ村の者に被害は出ておりませんが万が一を考えて」
「なるほどのぅ。子供が襲われては敵わんの」
「はい。追っ払って頂けますでしょうか?」
「任せて下さい。その為に来ましたので」
リルナが笑顔で言うと、少し不安そうな村長も顔を明るくさせた。
「よろしくお願いします。どうぞ、二階の空いている部屋を自由にお使い下さい。夕飯も用意しますので、滞在中の心配は何もいりませんよ」
村長の行為に三人は、ありがとうございます、と素直に笑顔を浮かべるのだった。




