~ダブルクエストみっしょん~ 5
サヤマ城下街北門。
商隊用の大きな門の隣の小さな入口を越えて、リルナ達は外へと出た。
「おや、嬢ちゃん。仕事かい?」
「あ、お爺ちゃん。パーティとしては初仕事よっ」
「そうかい、頑張ってな」
衛視である老兵に手を振って、草原へと進む。
「メロディの事気付かなかったね」
「ふむ。こんな所に姫がいる訳がないという常識に囚われている様だのぅ。柔軟な思考が大事と母上に進言しておこう」
「あはは」
「ほれ、行くでお姫様方よ」
先頭を行くサクラに、は~い、と返事をしてリルナとメロディは後へと続いた。
サヤマ城周辺は草原になっており、見通しが良い。所々には野生の動物の姿が見え、ノンビリとした雰囲気が漂っている。
西側がすぐに切り立った崖になっており、その下は海だ。かなりの高さがある為に潮風は感じず、ただただ水平線が遠くに見えるのみだった。
北門から続く道は真っ直ぐにハオガ山へと続いている。そこは以前、リルナがゴブリンの大群に襲われて駆け下りてきた道だ。
「それは怖いのぅ。妾ならばどう対処したじゃろう」
「逃げた方がいいよ。一匹だったら不意打ちで倒せたけど」
「ほう。やはり冒険者の話は面白い。どうやって不意を打ったのじゃ?」
そんな風にして雑談を交わしながらハオガ山に差し掛かる。
前を行くサクラはもちろんだが、リルナとメロディも少しばかり注意レベルを引き上げた。先ほどまでは見通しの良い草原であり、動く物の姿はすぐに分かったのだが、岩山となると話は別だ。
ゴツゴツとした岩は容易に隠れる場所となる。加えて、曲がりくねった道だ。ゴブリン達が隠れるのにこれほど適している場所はない。
「メロディ、緊張しすぎ」
「そ、そうか?」
山道を歩きながら、メロディの手は自然と背中のロングソードの柄を握っていた。
「大丈夫だいじょうぶ。気楽に行こっ」
「そうは言ってものぅ。妾は実戦経験なしじゃ。模擬戦闘ばかりで、あまり自信が持てん」
「へぇ~。誰が相手だったの?」
「母上じゃ」
「……マジで?」
「マジじゃ。一度も勝てない上、一本すら取った事がない。この前、ようやく母上の動きが何とか見える程度にはなったのだ。未熟ゆえ、足手まといは必至。迷惑をかけるのぅ」
「いやいや……それだったらわたしよりずっと強いかも」
レベル90の動きを、リルナはまだまだ追える気がしなかった。サクラとカーラの戦闘も、よく輪か分からなかったというのが本音でもある。
「そうは言っても、先ほどのサクラの剣も見えなかったぞ」
「あぁ、さっきの? サクラってば本気で斬ったの?」
リルナの声にサクラは振り返り、後ろ歩きで応えた。
「本気で抜いたけど、斬るつもりは無かったで。そやから見えへんだんやろ」
その言葉にリルナとメロディは頭の上にはてなマークを浮かべた。
「実戦したろ。行くで」
サクラは腰の倭刀に手を添えた。
その瞬間、リルナの背中がゾクリと震えた。
サクラが動く。
リルナに出来たのは、頭を庇う事。頭に手を添えて目をぎゅっと閉じる事しか出来なかった。
「……お姫様は合格。リルナは……後衛としてはええ方かな~」
サクラの言葉にリルナは目を開けた。
そして、隣を見る。
そこには頭を抑えてしゃがみこむメロディがいた。そんなメロディと目が合う。
「妾は、これで合格?」
「赤の他人の殺気を感じたのは初めてやろ。咄嗟に防御行動に移れるのは訓練された証拠や。一番いいのは後ろに下がる事やけど、初めてでそこまで体が動いたら充分やで」
「わ、わたしは?」
「リルナはギリギリ合格かってところやね。後衛なんやから、それこそ逃げなアカンけど。接近戦の訓練はしてへんやろ」
「う、うん。なぜか冒険者になってから接近戦ばっかりだった気がするけど」
「ぼっちやからな」
「うっ……」
リルナがスピリチュアルなダメージを受けたところで(何故かメロディも少しダメージを負った)一同は再び歩き始めた。
途中、岩山の少しばかり開けた所から水平線を眺め、小休止をはさみながら頂上付近へとやってきた。
頂上とはいっても、岩肌の平坦な場所を道にしている為、もう少し高い場所が本当の頂上だ。それでも、昇りきった達成感としては中々のもの。
「ふ~、やった~」
「うむ。なかなかの達成感じゃの」
リルナとメロディは笑顔で一息つくのだった。サクラは旅人らしく、山越えは慣れているらしい。特に感慨はない様だった。
「ん?」
そんなサクラが耳を澄ます。
「どうしたの?」
「風を打つ音が聞こえる」
サクラの言葉に、二人も耳を澄ました。
風が流れる音。
それに混じって、何かバサリと羽ばたく音が聞こえた。
「鳥かのぅ?」
「いや、違う」
メロディの言葉を否定したサクラは瞬時に倭刀に手を添え、頂上の岩を見た。正確には、頂上の岩のその向こう。
「ハーピーや!」
バサリと空気を打って現れたのは、魔物の一種『ハーピー』だった。人間の女性を模したかの様な、それもとびっきりの美人の上半身に、両手と下半身は大型の鳥。
「わわわ」
「は、ハーピーとな」
リルナとメロディは慌てて下がり、戦闘態勢を整える。リルナは指先にペイントの魔法を宿し、メロディは背中のロングソードを引き抜いた。
「キイイイイイイィ!」
甲高い声をあげるハーピーは一直線にサクラを狙う。真上からの攻撃は、抜刀するサクラの攻撃範囲外。それでも牽制にはなったのか、ハーピーは上昇し、こちらをやぶ睨みしてきた。
「気をつけや。ハーピーの歌声は眠りを誘う効果があるで」
その言葉を待っていた様にハーピーの口から歌が紡がれる。青白い肌の美人の歌声は、まるで甘美な誘いの様に聞こえた。
「うわっと」
リルナは慌てて耳を塞いだ。そして、フラフラとしているメロディのブーツを軽く踏んでおく。
「す、すまぬ。両手が塞がっておるので」
両手でロングソードを構えているメロディは耳を塞ぐことが出来ず、まともに歌声を聴いてしまった様だ。
「って、サクラー!?」
気が付けばサクラがかっくんと船をこいで、そのまま倒れてしまった。サクラも両手で倭刀を持っていた為、歌声が直接耳に入ったらしい。
「レベル90の旅人か、ほんとに!」
慌ててリルナがサクラを起こしに行こうとするが、目の前にハーピーが降りてきた。
「うわっ!?」
「今じゃ!」
リルナに割り込む様にメロディはハーピーに接敵する。細かく折り畳まれた腕を伸ばす様にして長剣を横に振るった。剣はハーピーの脇腹を直撃する。
「くっ、鈍か」
それでも致命傷にはならず、ハーピーは再び上空へと舞い上がった。
「姫を前にして頭が高いぞ!」
もちろん、そんなお姫様の言葉を魔物が解する訳もなく、再び歌声を響かせ始めた。
「メロディ」
「なんじゃ?」
「引き摺り下ろすから、お願いね」
「ふむ。何だか知らんが、引き受けた」
リルナは身体制御呪文『マキナ』を発動させる。途端に微動だにしなくなったリルナの腕は、正確に中空へと真円を描いていく。それは三重の円となり、その間に複雑な神代文字が描かれていった。
最後に一番内側に刻まれるは『魔』を表す文字。
「できた! 魔女『レナンシュ』召喚!」
リルナが叩きつける様に魔方陣の円を起動させる。文字をなぞる様に光が走り、呼び出されたのは、ちっちゃな魔女だった。
「呼ばれた……」
「お願いレナちゃん、ハーピーを引きずり下ろして欲しいの」
「うん、分かった。ところでサクラは?」
「あっちじゃ」
メロディがサクラを指差す。
「……高感度が5下がった」
レナンシュがそう呟いてからハーピーに向かって手を伸ばす。何か呪文を唱えると、彼女の腕から蔦が伸び、ハーピーの足に絡まった。
「つかまえ……あれ?」
しかし、ちっちゃな魔女。体重は軽いらしく、ハーピーの引っ張られて体が浮いてしまう。
「レナちゃん!?」
リルナは慌ててレナンシュの体を掴み、引っ張った。
「わ、妾も手伝おうか?」
「い、いいから、メロディはトドメを、おおおぉぉぉぉ!」
「う、うむ。任されよ」
リルナが全力でレナンシュの体を掴み、レナンシュから伸びている蔦は徐々に短くなっていきハーピーの体を引き寄せていく。
ある程度引き摺り下ろされたハーピーは抵抗をやめた。どうやら逃げるのは無理だ、と判断したのだろう。リルナとレナンシュに向かって飛びかかってきた。
「うわっ!?」
「うむ。なるほど……」
そこでメロディが呟く。冷静に剣を構え、飛びかかってきたハーピーの胸へとロングソードを突き刺した。あとは勢いそのままにハーピーは貫かれる。
「サクラの殺気に比べると大した事がない……って、重たい!?」
串刺しになったハーピーはそのままリルナとレナンシュ、そしてメロディに覆いかぶさる様にして絶命したのだった。
「ぎゃあ!?」
「むぎゅ!?」
「すまぬ!?」
何とも最後が締まらない結果となってしまったが――
初陣を飾れたお姫様はとても良い笑顔で笑うのだった。




