~ダブルクエストみっしょん~ 2
「はい、これ」
水浴びから帰り、朝食を食べる為にカウンターに座ったところで店主であるカーラさんが一枚のカードをサクラに差し出した。
「オキュペイションカード。リルナとパーティを組むんだったら、色々と不都合があるだろうし、特別に発行しておいたわ。それと店のピンバッチね」
「ほぅ、これが冒険者の証やな」
サクラはさっそくリボンの形をしたピンバッチを胸に付け、オキュペイションカードの中身を確認する。
「旅人……レベル90……剣士レベル1……なんやこれ?」
「だって職業訓練学校行ってないからね。あんたの実力は充分に分かったけど、決まりは決まりだからレベル1からやってもらうわ」
「そんなもんか。じゃぁ、しょうがないわ」
サクラがリルナのパーティに加入する事になり、冒険者の店『イフリートキッス』に所属する事となった。
その際に、正式な冒険者ではない為にサクラとカーラのちょっとした模擬戦闘が行われた。リルナにしてみれば片手のカーラさんとサクラの勝負はすぐに付くと思っていたのだが、恐ろしい程に長く続いた。
本人達曰く、
「楽しくなった」
らしい。
カーラも隻腕となり、冒険者としてリタイヤとなったのでストレスでも溜まっていたのだろう。久しぶりに全力が出せる相手ともあって楽しんでしまった様だ。
サクラはサクラで少し物事を楽しむ癖みたいなものがある。実力を全て発揮したのか、はたまた手加減したのか。リルナの目にはサッパリと分からなかったが、自己流の剣捌きのオンパレードを見せ、さながら曲芸染みた戦いを見せた。
そんな事もあり、サクラの事情もあり、無事に所属となった訳である。
「これでやっと普通の仕事が出来るわっ」
「一人で出来る仕事なんか、あらへんもんな」
「苦労したわよ~。学士のルルちゃんとコックのハー君とばっかり連れてた気がする」
「なんやそれ。めっちゃ楽しそうやん」
そんな話をしていると朝食が出来上がったらしい。
リルナの前にはこんがりと焼けたパンの上にベーコンと半熟の目玉焼きが乗せられたシンプルメニュー。それがミルクと一緒に並べられた。
サクラの前にはコッペパンとウインナー、数種類の野菜の盛り合わせとリンゴ。
「そんなのでいいの?」
「年とったらこんなのがええねん。なぁ、カーラ?」
カーラの無言のチョップを首を傾げて避けるサクラ。ツッコミもまともに入れられない様だ。
「むぅ。やっぱり所属させたのは間違いだったかしら」
「カーラさん、落ち着いてっ。じゃないと、わたしの仕事が一向に増えない」
「せいぜい名前を売る事ねサクラ。さもないと宿代を上げていくわ」
「横暴な店主やなぁ。まぁ任せとき。百年程は所属しとくから」
そう言ってサクラは右腕の枝を見せる。
それを見せられると、さすがの隻腕たるカーラも言葉がないらしい。肩を竦めて、カウンターに設置された自分の椅子に座った。
他のテーブルには所属している女性冒険者達のパーティがそれぞれ朝食後の予定を話し合っている。大抵のパーティは六人体制だ。
前衛が3人、後衛が3人となる。
前衛の職業は剣士や騎士などパーティによってバラバラだが、後衛職は似通っていた。まずは魔法使いと呼ばれる職業。魔法を使って敵を攻撃したり味方を援護する職業である。
そして盗賊職。いわゆる狩人もこの部類だ。ダンジョンなどの罠の感知や解除、弓やこっそりと相手の後ろに回りこむ等の攻撃を繰り出す職業となる。
最後の一人は、いわゆる神官。ヒーラーだ。冒険者にとって怪我は日常茶飯事だ。それを癒すのが神官の起こす神様の奇跡だ。この世で回復魔法を使えるのは神官だけなので、魔法使いとは区別される。
神官は必ず神様のシンボルを持っているので、一目で分かる。大抵の者は首からネックレスの様にさげており、証明の様にしていた。
理由は簡単、神様といっても複数いるからだ。
どの神様に仕えているのかを神官同士でも分かる様に、身分証明とは違う意味で示している。中には蛮族が信仰する神様もいて、危険な者もいるので注意が必要だ。
そんなパーティ達は相談が終わるとそれぞれ仕事に向かったり部屋に戻ったりと解散していく。
水浴びをしていた分、リルナ達より早い様だ。
「いいな~。神官の仲間」
「ん? この国には神殿はないん?」
「あるけど……」
あむ、とリルナはパンを目玉焼きごと齧る。トロリと黄身が零れだしたのをペロリと舐めた。
「ん。冒険者ばっかりの街だから、勧誘が酷いんだって。で、神官の人達が警戒しちゃって、神殿に近づいただけで睨まれるの」
「難儀やのぅ。自業自得というか何というか。まぁ、神様の奇跡なんて無くても、大丈夫やろ」
「どうして? 怪我とかしても治してもらえるよ?」
「そんな考えやからアカンねん。逆や逆」
「ぎゃく?」
「そう。怪我をせえへんだらええねん。無傷やったら回復魔法なんかいらへんで」
「サクラの体、傷いっぱいあるよね」
「……このリンゴ美味しいなぁ。カーラの目利き?」
物凄い誤魔化し方にリルナはため息。カーラはケラケラと笑った。
「そのリンゴはウチのコックの目利きだ。褒めてやると尻尾を振って喜ぶぞ」
「ワン公は素直やなぁ。リルナも見習ったら?」
「なんで――ど、どうしたの?」
リルナが文句を言おうとした瞬間、サクラとカーラが同時に店の入口を見た。まるで何かを警戒したかの様な動きに、リルナは思わず手に持っていたパンを置いた。
「妙や。なんか静かというか、ざわついとるというか。なんか、そんな感じがするねん」
「この感じはアレだわ。アレが来るわ」
カーラが何やら渋い顔をした。
「アレ?」
リルナがカーラの言葉である、アレ、と言ったところで店の入口が開いた。
木製の扉を押し広げて入ってきた人物。
それを見て、カーラはやっぱりと呟く。
サクラは見覚えが無いらしく、少しばかり眉根を寄せた。
そして、リルナは思わず声で出して言ってしまった。
「さ、サヤマ女王様……」
威風堂々と、女王陛下がやってきたのだった。




