~ノロイの魔女とノロイのサムライ~ 7
魔女の迷宮。
その不思議な材質で出来た床を、ブーツがコツコツと音を鳴らして三人は歩いていく。
通路は三人並んで歩いても余裕があるほどの幅があるが、サクラを先頭として歩いていた。色々と訳が有り、訳知りでもある彼女に任せ、リルナとルルはその後ろを付いていった。
しばらく通路を進むと最初の部屋が見えてきた。
部屋といっても扉がある訳ではない。通路の幅が広がり、四角い大きな部屋になっていた。
「お、敵がおるな」
「敵?」
サクラの言葉にリルナとルルはその肩から覗き込む。
黒いタイルに覆われたフロアの真ん中にポツンと何かがいた。いや、ポツンというよりネバネバといった方がピッタリだろう。
「な、なにあれ」
「スライムや」
半透明で不確定な塊。今は周囲が真っ黒なのでスライムの色も黒く見え、ときおり何かの形になろうとしてグニュグニュと震えていた。
「えっと……スライム。レベル1の魔法生物。魔法で作られた生物の失敗作で、形が不安定。何でも取り込もうとする。体内に取り込まれると溶かされるので注意。だって~」
森羅万象辞典の記述をルルは読み上げた。
「ほんまに便利やな、それ」
「えへへ~」
サクラに褒められてルルはご機嫌に笑った。
「そんな危険なモンスターじゃないのね」
レベル1と聞いて、リルナはフロアに入った。すると、スライムはリルナを感知したのか、ズルリとリルナに向かってくる。
「うわ、こっち来た」
「当たり前やん。ほら、実戦経験には丁度良いぞ」
「と言っても……」
フロアの中を小走りに逃げ回りながらリルナは困る。召喚士としての攻撃方法は全く持っていなかったりする。
いや、あるにはあるのだがスライムを相手にホワイトドラゴンを召喚して良いものかどうか。リルナは悩みながら、とりあえず魔方陣を描く。
「召喚! ハーベルク・フォン・リキッドリア13世!」
魔方陣から光が溢れ、召喚されたのは一匹のコボルトだった。
「ん? なんだ、いま仕込み中なんだが?」
「ハー君、前まえ!」
「え? うわぁ!?」
冒険者の店『イフリートキッス』のコック、ハーベルクは慌てて目の前に迫るスライムから距離をとった。
「どこだここ? で、なんだ? 料理で呼ばれたんじゃないのか!?」
「戦闘中よ、がんばってハー君!」
「人選ミスだぁ!」
ハーベルクはエプロンからナイフを引き抜き、スライムと対峙した。
「お~、コボルトやん。知り合い?」
「ウチのお店のコックですよ~」
フロアの隅で、サクラとルルは談笑していた。なぜかスライムからターゲッティングされないようだ。
「なんだこいつ、切っても切れないぞ!」
「うそぉ!?」
果敢にハーベルクはナイフでスライムに切りかかるが、不確定な塊の様にグニャリと歪むだけだった。
「ルル、弱点書いてない?」
慌てて隅に走ってきたリルナはルルの森羅万象辞典を覗き込んだ。
「えっと……魔法の核があるみたい。そこを突けばいいって」
「ハー君、核だって、核!」
「核ってどこ!?」
グニュグニュと動くスライムの核といわれても、リルナとハーベルクにはさっぱりと分からなかった。
「あはは、若い若い。リルナ嬢ちゃんはレベル1やな」
そんな様子をサクラはのんびりと見ている。助ける気はない様だ。
「ちょっと! そういえばなんで私が倒さないといけないのよっ!」
「いや、安全に経験が得られるのは良い機会やからな」
「もとはあんたが巻き込んだダンジョンでしょ!」
「むぅ。一瞬で終わってまうで」
「いいから!」
ほな、しょうがない。
サクラはゆっくりとスライムへと近づく。その自然な動きにハーベルクは思わず動きを止め、彼女の様子を見守った。
「いくで、よう見ときや」
サクラは腰の倭刀に手をかけ、右足を前にして構える。
「我流抜刀四十八手、一乃太刀『岩清水』」
まるで世界に宣言する様に呟いたかと思うと、刃を引き抜いた。
たったそれだけ。
鞘から倭刀を引き抜いただけに見えた。
だが、次の瞬間にはスライムがバッサリと二つに分断された。まるで下から斬り上げられた様に左右へと分かれる。
「すごい」
と、リルナが言った頃にはスライムは消滅していた。
「ほら、一瞬やろ」
「それが倭刀のちから……?」
「嫌やわ、リルナ嬢ちゃん」
「え、なにが?」
「ウチの実力も加えてや~。ちゃんと核を斬らんと一撃では倒せへんねんで」
「あ、うん。わかった……凄いねサクラさん」
「サクラでええで」
そう言うと、サクラは倭刀を振るい、鞘へと納刀した。
「サクラってやっぱり何者?」
「言うたやろ、旅人やって」
ますます分からなくなったサクラという存在に、リルナは少しだけ困った様な表情を浮かべる。
「まぁ、魔女にあったら全部話すわ。二度手間やしな」
「魔女……」
「この迷宮の一番奥におるはずやから。そうやんな?」
サクラは部屋の隅を見る。
釣られてリルナもそちらを見るが、何も無かった。
「さぁ、次々いこか~。敵がおるか罠があるか、それとも両方か。楽しみやな~」
サクラはお気楽に笑顔を浮かべるのだった。




